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彼と彼女の危険な遊戯 【 前編 】



 長雨が上がった後の夕暮れの空は、夜空に移行する前に少しずつ本来の色を取り戻し始めていた。

 室内に茜色の夕日が弱々しく差し込み出し、それに合わせて桃乃と冬馬の横顔もゆっくりと暗赤色に染まってゆく。


「どうするんだ桃乃? 早く決めろ」


 畳み込むように三度目の返答をせまられ、冬馬の真剣な眼差しに捉われていた桃乃はようやく自分を取り戻した。

「そ、それってどんなゲームなの……?」

「じゃあ先に説明してやるよ」


 だが説明はすぐに始まらなかった。

 桃乃を凝視し、冬馬は目で何かを数えだしている。


「な、なに?」

「…………」

「何を数えてるの冬馬?」

「……六か。じゃあゲームの説明をする。一度しか言わないからよく聞けよ?」


 不安げな表情の桃乃からわざと大きく視線を逸らし、何かの確認を終えた冬馬は淡々と内容を話し始めた。


「今、お前の着ているそのシャツあるだろ?」

 桃乃は自分が着ている服に目をやった。

「これがどうかしたの?」

 フロント部分にギャザーの寄った、淡いピンク色のコットンシャツ。

 三週間前に沙羅とウィンドウショッピング中に気に入って、つい衝動買いしてしまった服だ。

「そのボタン、全部で六つあるよな?」

「うん、あるけど……?」

「これから六つのクイズを出す。クイズが分からなかったり間違えたりした時は、一つずつそのボタン外せ。いいな?」

「えぇっっ!?」

 驚いた桃乃は両腕で大きく胸を覆い隠した。だがそんな桃乃の様子などおかまいなしに、冬馬は説明を続行する。

「もし最後のクイズに行くまでに一つでも桃乃が正解できたらそこでゲーム終了。お前の勝ちだ。でも全問不正解だったら……、その時は分かるよな?」

 冬馬は一瞬だけ、横目で桃乃の顔に鋭い視線を飛ばす。



「その後どうなるかは一切保証しねぇからな」



「そ、そんなのって……」

 そのいきなりの通告に、桃乃は小さな声で抵抗した。

 しかし冬馬はにべもなく、

「別に嫌ならやらなくてもいいぜ? ただし、今すぐここから出てってくれ」

 そう言い放ち、硬い表情で口を閉ざした。



 ── このゲームを受けるのか、受けないのか。



 桃乃の前に突然提示されたこの究極の二者択一。

 しかしゲームを拒めばこの部屋を出て行かなければならない。それはつまり冬馬に許してもらえないということになる。


「……ひ、一つでも正解すれば、いいんだよね?」

 うなだれるように俯き、桃乃は確認する。

「あぁ」

「それで冬馬は私を許してくれるんだよね?」

「あぁ」

 素っ気無い返事が二度返ってきた。

 一つ深呼吸をし、ためらいを残しつつも桃乃は小さな声で答える。


「……ゲーム、するよ……」


 桃乃の決断を聞いた冬馬は急に椅子から立ち上がった。

「ど、どこに行くの冬馬?」

 しかし冬馬は無言で窓の方に歩み寄り、二重吊りになっているカーテンの薄手の方だけを素早く閉める。



「全問不正解の時、外から見られたら困るだろ」

 


 振り返り、クールな表情で冬馬はそうあっさりと告げる。

「あ……」

 その言葉に、もし負けた場合は自分の身に何が起こるかをあらためて思い知らされる。

 桃乃の表情が強張った事に気付いた冬馬は、ベッドの側にまで戻ってくると再度念を押した。



「桃乃、本当にいいんだな? 途中で “ やっぱり止める ” なんていうのはマジで認めないぞ?」

 


 カーテンを閉めたせいで薄暗さを増した室内。

 最終確認をされた桃乃は俯いていた顔をそっと上げた。


 見上げた視界の大部分を広い肩幅が塞いでいる。

 さらに視線を上げると、身体の向こう側まで射抜かれるような、鋭くて真っ直ぐな視線とまたぶつかった。

 その熱い眼差しは十歳のあの頃と同じでも、自分を見下ろしている長身の幼馴染はもう小さな少年ではない。窓を背にして立っているため、半分シルエット化した姿が余計にそれを強く感じさせる。

 返答を待ち、じっと自分を見つめているその表情は、桃乃が今まで見てきた中で一番大人びて見えた。そして同時にその事に対し、わずかな恐れも感じる。


 しかし、だからといってこのゲームを断ることなど今の桃乃に出来るはずもない。


 確かに選択肢は二つ用意してもらった。

 だが、冬馬に許してもらうためにはこの台詞を言うしかないのだ。

 今佇ずむこの先に、決して引き返せない道が長く伸びていたとしても。



「……うん、いいよ……」



 桃乃は囁くように答える。

 その返事を聞いた冬馬は制服のジャケットを乱暴に脱ぎ捨てた。放り投げられたジャケットは机の上にバサリと落ちる。

 青いネクタイの結び目を乱暴に緩め、Yシャツの襟元を大きく開けると冬馬は再び正面の椅子に逆向きに座った。


「じゃあ早速第一問だ」


 赤く染まる室内で、大切なものを賭けた二人きりの危険なゲーム。

 冬馬が主導のこの遊戯は、奇妙な空気漂う中で静かに始まろうとしていた。




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