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ドアは静かに閉められた 【 前編 】


 もうすぐ甘い香りが漂う予定の家庭科室。今は調理実習の時間だ。

 今回の実習は菓子作りとあって、室内は和気藹々な空気で満ち溢れている。 


「ねぇモモ、いい加減に元気だしなよ! 落ち込んでも状況は変わらないんだよ? ほらっ、気を取り直してホイップ、ホイップ! しっかり混ぜる!」


 銀のボウル。中にはバター。

 沙羅の声に後押しされ、桃乃はバターをホイップする作業に集中する。すべて手作業で行う今回の製作工程の中で一番負担がかかる作業だ。ホイッパーで攪拌するに従って、室温で柔らかくなっていたバターは少しずつ白くなってゆく。

「そうそう、その調子、その調子! んっと、次はこれだね」 

 材料の分量をそれぞれスケールで量っていた沙羅はココアに手を伸ばす。

「あ、沙羅。ちょっと待って! ココア入れないで作ってもいい?」

「どうして? だって今日の実習ってショコラクッキーだよ?」

「全部じゃなくて、ちょっとだけでいいからココア抜きで作りたいの」

「いいけど……」

 勘の良い沙羅は二度大きく瞬きをした間に、その理由を察したようだ。

「もしかして、冬馬ってホワイトクッキーが好きとか?」

 桃乃は小さく頷いた。

 今回の実習は二人一組で生地作りを進めているので、ある程度の融通が効く。

「OK~! 仲直りに甘いスイーツは絶対に有効だよ! じゃあ半分ずつ作ろっか?」

「うん!」

「でもその代わり、もうあんまり落ち込んだ顔しないのっ! 大丈夫、きっとすぐに仲直りできるって!」

 朝に桃乃の様子がおかしい事をすぐに見抜き、現在の二人の事情を知った沙羅は、精一杯元気付ける。

「ありがと沙羅……」

「でもさーモモ、問題は要よ! ちょっとヒドいと思わない?」

 何を思い出したのか、急に沙羅はむくれだす。

「牟部神社の七夕祭りで四人で遊ぼうって話しになった時、要ってば “ 日曜は用事がある ” って言ってたじゃない? あれってその合コンに行くからだったんだね! まったくもう!」

 桃乃の手からボウルとホイッパーを取り上げ、ふくれながら沙羅は豪快に粉糖を投入する。

「ちょっと沙羅、もっと丁寧に入れないと……。粉が飛んでるよ?」

「あらら、ごめんね!」

 沙羅は慌てて手を止めた。しかし粉糖を混ぜ終わった後もアバウトな性格の沙羅はボウルに次の材料をどさどさと足していく。そして大量のグラニュー糖を投入しながら沙羅は歌うように誘った。


「ねっモモ。今日は中庭で冬馬や要とランチできないからさ、昼休みに男子校舎に行ってみない~?」


「え!?」

 動揺したせいで手にしていたタマゴにぐしゃりと大きなヒビが入り、綺麗に割りそこなった。

「ダ、ダメだよ!」

「どうして? だってお昼休みなら男子校舎に行ってもいいはずだよ?」

「だって……」

「怖いんでしょ、モモ? 冬馬が怒っていたらどうしようって思ってるんでしょ?」

 卵黄を溶きながら桃乃はわずかに目を伏せた。

 沙羅は手首のスナップを効かせ、そんな桃乃を煽るように宙でホイッパーを クルクルと回す。

「だからこそ確かめにいくんじゃない! だってこのままじゃ何も進まないよ?」

「あのね、今晩、冬馬の家に行って謝るつもりなんだ」

「あ、そうなんだ! でもさモモ、そういう些細な誤解が生じた行き違いは少しでも早めに解決しておいた方がいいんじゃない? 後に延ばした方がこじれるような気がするんだけど」


 裄人とは正反対の意見が出た。どちらの意見が正しいのかが今の桃乃には分からない。

 

「じゃあモモ、お昼休みは行かないんだね? あーあ、要に会って確認したいことあったんだけどなぁ……」

「確認って?」

 空中のホイッパーの回転速度と声量が同時に上がる。

「もっちろん、要がその合コンで彼女をゲットしちゃってないかどうかよ!」

「それは大丈夫だと思うよ。今朝裄兄ィが言ってたけど、顔を出せば良かっただけだから、柴門くん、一次会の途中で帰ったんだって 」

「そうなの? う~ん、でも本人に直接確認取らないとな~。だって要ってモテそうだし! あ、それとね、モモも要のこと、名前で呼ぼうよ? 要ってばまだあたしやモモの事、苗字で呼ぶでしょ?  あたしなんかもう何回も名前で呼んで、って頼んでるのにさ、いまだに “ あんた ” なんだよ? まったく失礼しちゃう!」

「そういえば初めて会った時は “ 沙羅ちゃん ” って言ってくれてたよね 」

「あの時は何かに取り憑かれてたんだって! 失礼しちゃうと思わない!? だからさ、モモも要のことを名前で呼べば、そのうち要もあたし達のことを名前で呼んでくれるようになると思うんだ! 周りから固めていこうよ! ね!?」


 ぶんぶんと振り回されているホイッパーの速度がまた上がった。そのうち沙羅の手元からすっぽ抜け、そのまま宙を飛びやしないかという勢いだ。


「う、うん。いいけど…………あのさ沙羅、それ、振り回すの止めない?」

「あ、そっか。これ使うのはここまでだもんね!」

 沙羅は素直にホイッパーを調理台に置き、木ベラに持ち変える。

「よ~し! じゃあ張り切って作っちゃおう!」

「あっ今度は私にさせて!」

 桃乃は沙羅からボウルと木ベラを取り返す。


(美味しいクッキーを作って今夜冬馬に持っていこう)


 そんな気持ちを握り締めた木ベラいっぱいに込め、桃乃はボウルの中の材料をサクサクと切るように軽快に練りだした。





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