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四人の約束


 カノン周辺の新緑もますます色鮮やかになってきた七月第一週、金曜の昼休み。


「あ~早く夏休みにならねぇかなぁ」


 中央塔中庭の大木に寄り掛かりながら冬馬がぼやいた。右隣に座っている要がすぐに「同感だ」と相槌を打ち、

「でもそんなに待ち遠しい予定があるのか?」

 と尋ねる。

 すると冬馬はニッと笑うと反対隣に座っている桃乃を親指で指した。

「いや別に大きな予定はないけどよ、夏休みになったら桃乃と目一杯一緒にいられるからさ!」

「あ~らら、またまた冬馬のノロケが始まっちゃったみたいよ~?」

 沙羅が呆れたように言い、桃乃は頬を朱に染めてその場で小さくなる。


 中庭に降り注ぐ初夏の日差しが眩しい。

 五月中旬に行われた「グリーン・スケッチ」で行動を共にして以来、昼休みはこの場所で四人一緒に昼食を取るようになっていた。


「今さらだが、お前って本当に倉沢さんが好きなんだな」

「ホントホント! あたし、男の子にこんなに好かれるモモが羨ましいよ!」

 恥ずかしがる桃乃とまったく照れない冬馬を交互に見ながら、要と沙羅が感想を漏らす。

「ハハッ悪ィ悪ィ、ついまた本音が出ちまったなっ」

「冬馬はいつでも本音が出すぎなのよねっ」

「それでいつもその場の空気が読めてないのが特徴だ」

「Wao! 要、良い事言う~!それ冬馬を表すのにピッタリの表現だよ! ね、モモもそう思わない?」

「……うん、同感」

「おい、桃乃までなんだよ!?」


 笑い声が一気に湧き起こった。

 その声が収まると沙羅が目の前の冬馬と要を見てしみじみと言い出す。


「でもあたしね、ここに入学する前はカノンの男の子達とこんなに仲良くなれるとは正直予想していなかったよ」

「まぁな、ここは校舎もグラウンドも完全分離だし男女の交流に厳しいからな」

 目にかかる前髪を要が邪魔そうにかきあげる。

「しかもよ、ここの男女交流の規則って下らないことばかり細かく取り決めてあるんだよな。休み時間に互いの校舎に行くのは禁止で昼休みのみOKとかよ。あとノートの貸し借りも確か駄目だったな。意味分かんねぇよ」

「でもさ、今こうやって四人でお昼にここでランチ食べるの、すっごく楽しいよねっ?」

「そうだな!」

「もうっ! 今のは冬馬に聞いてないんだけど!?」

 要に相槌を求めたのに、先に冬馬に返事をされてしまい、少々むくれた沙羅が突っ込む。

「それに冬馬は単にモモに会えるから楽しいんでしょー?」

「分かってんじゃん!」

 パック牛乳のストローの袋を破りながら冬馬は清々しい顔で答える。まったく動じる事のないその様子に沙羅は肩をすくめ、完全に降参しました、というジェスチャーを出した。

「“ 恋の病につける薬なし ” とは昔の人はよく言ったものだよね~。……それにしても冬馬、今日はいつにも増して随分ご機嫌じゃない?」

「相変わらず鋭いな沙羅は」

 ストローを口に咥えているせいで返ってきたその声は少々くぐもっている。

「うん、だって妙にテンション高いんだもん。なんかいい事あったの?」

「ここに来る前に保健室に寄ってから来たんだ。で、保健室に身長測定器あるだろ? それで身長測ったらさ、背が伸びていたんだよ」

「へ~、何センチになってたの?」

「やっと百八十のライン到達だよ。あともう一息だ」

「あと一息?」

「あ、いや、なんでもねぇ。こっちの事」

 冬馬は少し慌てたように沙羅に向かって手を振った。

「それより冬馬、保健室に用事って何だったの?」

 そう尋ねた桃乃の表情には少し心配げな色が浮かんでいた。

「ん? いや大した用事じゃないんだ。さっきの体育、サッカーだったんだけどさ、ちょっと腕にかすり傷出来たからバンドエイドもらいにいっただけさ」

 冬馬は左肘を桃乃に向けて見せる。バンドエイドで覆い切れていない、赤く擦れた傷口が痛々しい。

 桃乃はそっとその部分に軽く手を触れた。

「……痛くないの?」

「全然」

 そのやり取りを乙女モードに入った沙羅が目をきらきらさせながら見つめ、はしゃいだ声を上げる。

「Wao! モモは冬馬の背が伸びたことより、なんで保健室に行ったかの方が気になったんだ? さすが彼女になった女の子は気の付くポイントが違うねー!」

 その沙羅の指摘に冬馬まで顔をほころばせ、同じように目を輝かせる。どうやら伝染したようだ。

「なるほどな! 桃乃は俺が心配だったってことか!」

「良かったね冬馬! それって愛だよ、愛!」

「そうだよな、これって愛だよな!」

「ちょっ、ちょっと……!」

 と赤くなる桃乃。


(しっかしこいつら三人を見てると本当に飽きねぇな)


 目の前に展開される三者三様の光景に、要は笑い声を殺すのに必死だ。


「それで冬馬、今週末はモモとどこにデートに行くの?」


 新たに湧いて出た次なる好奇心に、再び目を輝かせた沙羅が胸の前で手を組み合わせる。これは毎週金曜日に必ず沙羅が冬馬に尋ねる、もはや恒例と化しつつある質問だ。

「お前毎週同じ事聞いてくるよな」

 と半分苦笑しながらも冬馬はその問いにすぐに答えた。

「土曜は牟部(むべ)神社の祭りに行くぜ。な、桃乃?」

「あーっいいなぁ! そっか、明日は七夕だもんねっ」

「ねぇ沙羅も一緒に行かない?」

 と桃乃が誘う。

「えぇっ!? いいよいいよ! デートのお邪魔になっちゃうもん! ねーっ、冬馬?」

「いや、別に構わないぜ?」

 飲み終えた牛乳パックを潰していた冬馬はあっさりと答える。まったくの予想外だったその言葉に、沙羅はポカンと口を開けた。

「うわぁ~……」

「なんだよ沙羅?」

「だって冬馬がそんな事言うなんて信じられないよ! 絶対モモと二人きりになりたがると思ったのに! 一体どういう風の吹き回し!? 何か悪いものでも食べた!?」

「食べてねぇよ」

 遠慮のない沙羅のストレートな疑問に冬馬は再び苦笑する。

「実はこの間桃乃と話してたんだけどさ、俺らってまだプライベートで遊んだことないだろ? だからちょうどいい機会だと思ってさ。だから要も来いよ。明日の夜、都合つくか?」

 要は少し考える素振りを見せる。

「明日か……。一応空いてるけどな」

「じゃあ決まりだな」


「あっ、ちょっと待って冬馬!」


 沙羅が慌てて手を上げる。

「ごめん! 実はあたし明日予定あるんだ。久しぶりにパパとデートなんだよね。でも牟部神社の七夕祭りって確か明後日もあるよね? みんな日曜日はダメなの?」

 すると桃乃が申し訳無さそうに言う。

「ごめんね沙羅。私、日曜は予定があるの」

「モモ、どっかに行くの?」

「うん。日曜は日帰りでお母さんの実家に行かなくちゃいけないの。お爺ちゃんの七回忌で」

「そっかぁー……」

「あ、日曜なら俺も予定があるからパスだ」

 と要も口を挟む。

「え、要も日曜ダメなの? うーん……。じゃすっごく残念だけど、あたし今回は諦めるよ! 土曜は三人で楽しんできたら?」

「いや、それなら俺も遠慮しとく。二人で楽しんでこいよ」

 沙羅と要にそう言われ、冬馬は考え込んだ。


「今回はダメか……。じゃあよ、比良敷(ひらしき)の花火大会はどうだ?」


 沙羅がパチンと指を鳴らす。

「あっ、冬馬それナイスアイディア! あの花火大会っていつだっけ?」

「八月に入ってすぐじゃなかったか?」

「確か土曜日だったよね?」

「じゃ、今度こそ決まりだな。要、そこの予定空けておいてくれよ?」

「あぁ分かった」

 要が参加する事になり、沙羅のテンションがますます上がった。

「やった~! あたし絶対その日は浴衣着ていこうっと! モモも着るでしょ?」

「うん。楽しみだね、沙羅」

「ホントだね! でもモモはまず明日に全力投球しなくっちゃ! 明日も浴衣着ていくんでしょ?」

「うん。そのつもりだけど」

「そうだよね~」

 と言いながら沙羅はエヘヘと笑い、意味ありげな視線を冬馬に送る。

「ねっ、冬馬! 明日、モモの浴衣姿を見るの、すごく楽しみでしょっ?」

「あぁ。明日が待ち遠しいよ」

 照れない男は未だ健在だ。

「あははっ、相変わらず正直だよねっ冬馬は! ねっモモッ、こうなったら明日はヘアスタイルにもメイクにもしっかり気合入れてさ、冬馬を思いっきり悩殺しちゃうといいよ!」

「のっ、悩殺って……」

「いいね悩殺! 俺、明日すげー楽しみにしてるぜ桃乃!」

「バ、バカじゃないの!? 悩殺なんてするわけないでしょっ!」


(こいつらのやり取り見てるとマジで面白い。インスピレーションが刺激されるな)


 冬馬と沙羅にからかわれ、真っ赤になって否定している桃乃の正面で、要は声を殺して笑う。そして脳内にいくつか浮かんできた今の詞のフレーズを忘れないよう、次々に海馬の中に叩き込みだしていた。




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