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迫られる決断


 その日、裄人はいつもより早く帰宅した。そのおかげで帰宅早々に麻知子から、

「あらあら、ずいぶんお早いお帰りね! 明日は空から槍でも降ってきちゃうんじゃないかしらぁー?」

 と皮肉が混じった嫌味の洗礼を受ける。だが、本日の桜子との交渉でダメージを受けている裄人に反論する気力は残されていなかった。

「あぁ母さんの言う通り、たぶん明日はこの世の終わりだよ」

 と答えて自分の部屋に戻った裄人はそこである事実に気付く。



( 分かった 俺なんで桜子さんが苦手なのか )



 桜子の少々きつめの性格やベリーショートの髪型が、母の麻知子にどことなく似ているせいで無意識に恋愛対象から外し、敬遠していたのだ。


( 冬馬を合コンに参加させろ、か……)


 裄人はベッドに寝転がり、突然我が身に突きつけられたこの難題を解決する妙案は無いかと模索し始めた。

 今回の合コンがご破算になれば、真里菜を狙っている自分はもちろん、女性陣との楽しい一時を待ち焦がれている孝太郎達も皆一様にガッカリするだろう。


 ── そうかといって冬馬を誘い出す上手い口実も思いつかない。


 しかも今の冬馬には桃乃という彼女もいる。二人の今までの経緯を知っている身としては、できれば冬馬を合コンには出したくなかった。

 それにこんなことを頼んでも冬馬も多分承知しないだろうということは、今までの桃乃への並々ならぬ想いを見てきている裄人には充分過ぎるほどよく分かっている。


( どうしたもんかなぁ…… )


 窓の外に広がる藍色の空を眺め、色々と考えている内にうたた寝をしてしまっていたらしい。

 誰かがそっと自分の肩をゆさぶっていることに気付いた裄人は目を開けた。


「起きたか兄貴」


 薄暗い室内に部活を終えて家に戻ってきたばかりの冬馬が立っている。

「メシだから兄貴を呼んで来いって言われたんだ。兄貴疲れているみたいだから寝かせとこうかとも思ったけどさ。電気つけるぜ?」

「あ、あぁ」


 部屋の照明が冬馬の手でつけられる。

 暗闇に慣れきっていた視界を上空から光の洪水が襲い、裄人は片手を顔の前にかざすと眩しそうに瞬きを繰り返した。


「でも珍しいな、兄貴がこんな時間に家にいるなんてさ」

「お前まで母さんみたいな事言うなよ。帰ってきて考え事してたら眠っちまったみたいだな」

「今日は兄貴の好物ばかりテーブルに並んでるぜ? 久しぶりに兄貴が早く帰ってきたから、母さん張りきったのかもな」

 それだけを伝えると、冬馬は部屋を出て行く。

 裄人もすぐにベッドから立ち上がったが、そのまま一階には下りずに冬馬の部屋へ足を踏み入れた。

「どうした兄貴? 俺もメシ食いに下りるぜ?」

 室内に入ってきた兄に、冬馬は背負っていたスクールバッグを下ろしながら振り返る。


「冬馬ッ! 済まないがお願いがあるっ!」


 ── 裄人が選んだ戦法は弟の温情を期待した泣き落としスタイルだった。

 思いつめた顔で両手を合わせ、悲痛な声を出す。


「な、なんだよ急に!?」

 いきなり自分を拝み出した兄を見て、冬馬はかなり驚いた様子だ。

「頼むッ! 悪いが何も言わずに来週俺の大学仲間でやる合コンに出てほしいんだ!」

「合コン? 俺が?」

「あぁ、実は相手の女の子達がどうしても俺の弟が見たいってきかないんだ。で、連れてこないなら合コン取り止めるって言い出しててさ。合コンが中止になると、俺もそうだけど仲間も皆ガッカリするし、正直なところ、両方からの板挟みですごく困ってるんだよ。だからここは一つ、俺を助けると思って! 頼む、冬馬!」


 部屋の中に一つ、パシンと柏手を打つ音が景気良く鳴り響く。

 明神さながらに恭しく拝まれた冬馬はしばらく動きを止めて沈黙した。そしてその数十秒後、制服のジャケットを脱いで椅子の背にかけ、ブルーのネクタイを外しながら口を開く。


「……別に出るだけでいいんなら、それに出てもいいんだけどさ。兄貴には最近色々と世話になってるし、兄貴が俺に頼み事するなんて滅多にないしな」

「マジで!?」

 思っても見なかった色好いその返答に裄人の声が弾む。



「でも兄貴。今の俺には桃乃がいる」



 冬馬は言葉の一つ一つにはっきりと自らの意思をこめる。

「兄貴、俺のポリシーの一つに “ 自分がされて嫌なことは自分も絶対にしない ” っていうのがあるんだ。もし、桃乃が誰かに頼まれて仕方なくでも合コンに出たとしたら、俺はやっぱりそれは絶対に嫌だし、許さないと思う。兄貴を助けてやりたいのは山々だけど、だから俺は行くわけにはいかない。悪ィ、兄貴。役に立てなくて」


 結局ほぼ予想通りだった弟の答えに裄人は力なく微笑んだ。


「そうか……。いや、無理な事を言い出した俺が悪いんだよ。済まなかったな……」

「元気出せよ兄貴!」

 冬馬は力づけるように裄人の左肩を強めに叩く。

「今回が最後の合コンってわけじゃないんだろ? 兄貴ならまたいくらでもそんなモン出るチャンスあるんだろうし、そんなに落ち込むなって! さ、メシ食いに行こうぜ!」

 冬馬は先に一階に下りて行き、一人残った裄人はその場でしばし思案に暮れる。そして冬馬の後を追って部屋を出て行く間際、独り言を呟いた。



「……仲間に責められるのを覚悟して潔くすべてを諦めるか、それとも奸計を巡らせて何とか冬馬を担ぎ出すか……。いずれにしてもどちらかを選ばないとなぁ……」



 部屋の照明が静かに落ちる。

 蒼ざめた室内の中で、迷う裄人の残した言葉が漂いながらゆっくりと消えていった。



     

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