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初恋 + 一目惚れ


「桃乃さ、五日は空けといてくれてるんだろ?」


 家路につく二人の背中を橙色の夕日が同じ色に染めている。

「う、うん。何も予定ないけど」

 つぶらな瞳で佇むピンクのミニテディベアを抱えながら桃乃は頷いた。UFOキャッチャーで冬馬が取ってくれた本日のキュートな戦利品だ。

「俺、明日から用事あるんで五日まで会えないんだけどさ、夕方五時に百合ヶ丘(ゆりがおか)公園の噴水のとこで待ってるからさ。会う時間遅くなっちまうけどゴメンな」

「ずいぶん長い用事ね。家族でどこか旅行に行くの?」

「ん? いや違う違う。部活とか色々」

「そう……」

 そう答えた桃乃の顔を見た冬馬の声が弾む。

「お! “ ちょっと寂しいな ” なんて思ったなっ、その顔は!」

「えっ?」

 冬馬の指摘で心の奥底にある気持ちがストレートに表情に出てしまっていたことを知った桃乃は、恥ずかしさのためにわざと素っ気無い返事をする。

「べっ、別に?」

「おい、あっさり否定すんなよ……」

 映画館内に引き続き、またしてもつれない返事をされた冬馬は小さく諦めの吐息を吐く。明らかに気落ちしているその口調に、素直になりきれない桃乃の胸がチクリと痛んだ。

「ホント冷てぇよなぁ。大体…」


 そこまで言いかけた冬馬は前方にいる人影に気付くと急に足を止め、桃乃の右腕をグッと強く掴む。


「ど、どうしたの? 冬馬」

 桃乃が声をかけても冬馬は険しい顔で前方を見たままだ。不思議に思った桃乃はその視線の先を追ってみた。

「あっあの人……!」

 西脇家の塀に寄りかかっていたその人物も帰ってきた二人に気がついたようだ。


「桃乃、お前ここにいろ!」


 冬馬はそう叫ぶと桃乃の腕から手を離し走り出す。

 塀に背中を預けていた細身の男はジャケットの両ポケットに突っ込んでいた手を出し、駆け寄ってくる冬馬を見ると塀からゆっくりと身を起こした。

 つい数週間前のカノン正門前での小競り合いのように、冬馬は声を荒げて詰め寄る。

「おい! 何しに来たんだお前!? なんで俺の家知ってんだよ!?」



「……学校じゃなかなか言う機会が無くってな、だからお前の住所をクラス名簿で調べて来た」



 夕日を真正面から浴びる立ち位置になった要は、眩しいのか伏し目がちに答える。

 背後に桃乃が追いついてきた気配を感じ取った冬馬は、左腕を後ろに下げて桃乃をガードする姿勢を取り、要を威嚇する。

「俺、言ったよな? 今度桃乃に近づいたらぶっ飛ばすぞって」

 背中越しにその言葉を聞いた桃乃は驚き半分、呆れ半分で冬馬の後姿を見上げた。



(冬馬ったらやっぱりこの人を呼び出してそんな事言ったんだ……。月曜日に話した時は「分かった」って言ってたのに嘘ついたのね)



 要は冬馬の方に体を向け、少しだけ頭を下げると「悪かった」と静かな声で告げる。

「済まない。全部俺の勘違いだった」

 いきなり要が謝罪してきたので冬馬は呆気に取られた顔をする。

「勘違い!?」

「あぁ……」  


 下降気味の視線を三十度程上昇させて要はその先を話そうとしたが、冬馬の後ろに桃乃がいるのに気付くともう一度さっきよりも深く頭を下げた。


「君にもヘンな真似して悪かった。もうつきまとったりしない、約束する」

「……それ本当だろうな?」  

 桃乃の代わりに冬馬が返事をし、まだ疑惑の残る目で要を見る。

「あぁ、もちろんだ。それで西脇、お前にちょっと話しがあるんだけどさ……」  

 要はそこで一度言葉を切り、桃乃の方を気にかけながらその先を言い淀む。

 冬馬は何秒か黙考していたが、やがて親指を立てて自分の家を指した。


「……あぁ、じゃ俺ン家に入れよ」


「いいのか?」

「話しがあるんだろ?」  

 冬馬はそこで後ろを振り返り、心配顔の桃乃の方に視線を移すと安心させるようにニッと笑った。

「じゃ桃乃、次は五日な!」

「う、うん……」

「そんな顔すんな。大丈夫だって!」

「うん……」

 



  



「……あの子向かいに住んでたのか」  


 向かいの自分の家の門を開け、心配そうに冬馬の方を振り返りながら中に入っていった桃乃を見て、要が呟く。

「あぁ、幼馴染なんだ」

「ふぅーん……」

「じゃとにかく入れよ」  


 冬馬が玄関を開けると、出かける様子の裄人が二階から下りてきたところに出くわす。


「お、冬馬の友達か?」  

 裄人の声を聞いてリビングから麻知子も出てきた。

「あら、冬馬やっと帰ってきたの。柴門くん、ずっと外で冬馬が帰ってくるの待ってたのよ。中に入って待ってればって言ったんだけど、どうしても表で待つって言うから……。じゃ、今なにか飲み物持っていってあげるわね」

「あぁ。こっちだぜ」


 冬馬と要が連れ立って二階に上がっていくのを見送ると、麻知子は側にいた裄人に話しかける。


「ね、裄人、今の男の子カッコイイでしょ?」

「うん。名前なんだっけ?」

「柴門要くんだって。ねぇ柴門くんってさ、なんとなく見た感じアンタに似てない?」

「確かに雰囲気はちょい似てるかもな」

 要の姿を思い返し、裄人が頷く。

「その点、俺と冬馬は微妙に違うんだよなぁ。いい男に向かうベクトルの進む方向がさ」

「しかも冬馬は真面目だしね、誰かさんとは違って!」

「母さんはすぐそうやって俺をけなすんだから……」

「そうそう、それに夜遊びもしないしねー!」

「またまた……キツイな母さんは」


 ここは一発大きな話題を出さないと今から夜遊びに出かけにくいと判断した裄人は、とっておきの話題を出すことにした。


「母さん、実はここだけの話しなんだけどさ」

「なによ、急に小声になって」

「……冬馬さ、桃乃ちゃんに告白したらしいよ」

「エッ!? 桃乃ちゃんに!?」

「シーッ! 母さん声がでかいよ」  

 麻知子は慌てて自分の口元を手で覆った。

「ゴ、ゴメン。……で、どうなったのよ?」

「桃乃ちゃんOKしたらしいぜ。今日二人で映画観に行ってきたみたいだよ」

「本当!?」

「本当本当。だって俺チケット取ってやったもん」

「あらまぁ……じゃあ近いうちに倉沢さんのお宅にご挨拶にいかなくっちゃ!」  


 麻知子の返事を聞いて裄人は呆れた声を出す。


「母さん、別に結婚するわけじゃないんだぜ? ただ付き合うことになったぐらいでなんでわざわざ桃乃ちゃんの家に挨拶に行くんだよ?」

「だって千鶴ちゃんのお宅とはもう近所付合い長いしねぇ……」

「ちょ、ちょっと待てってば母さん! それじゃ俺が喋ったこと冬馬にバレちゃうじゃん! それならせめて冬馬から母さん達にその話しが出てからにしてくれよ、な?」

「……そうね。冬馬からきちんと話しがあってからの方がいいわね」

「そうそう! じゃ、俺ちょっと出かけてくるから……。あ、晩御飯はいらないよ」

「まぁーた夜遊び!?」

「夜遊びって……俺も冬馬達が観てきた映画を観に行くんだ」

「あっ、もしかして【魂が魅かれあう彼方で】!?」

「そうそれ」

「いいな~! 私もそれ観たいのよね~」

「オヤジと行けばいいじゃん」

「あの堅物男があんな恋愛映画を一緒に観に行ってくれると思う?」  

「ハハッ、天地がひっくり返ってもありえなさそうだな」


 裄人は軽い笑い声を上げながらシューズボックスから綺麗に手入れされた茶色のローファーを取り出すと、靴べらを手に取る。


「じゃちょっと出かけてくるよ」

「家の前で空ぶかしは絶対ダメだからね!」

「はいはい。了解です」

 外に出た裄人は胸ポケットからチケットを取り出し、自分も間違いなくペアシートチケットなことを確認すると満足そうに車に乗り込んだ。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 その二十分後、夕日が斜に差し込む西脇家の二階で、自分の勘違いの顛末を要がようやく説明し終わる。


「……というわけなんだ」


 話を聞き終わった冬馬は椅子の背に大きく寄りかかり、片膝を立てて床に座っている要にあらためて確認する。

「じゃ椎名さんは別に俺のこと好きでもなんでもなかったってことなんだな?」

「そうだ。お前の名前借りただけだって言ってた。ホントに済まん」

「ったく勝手に勘違いされて、勝手に恨まれてか。いい迷惑だぜ」

「……俺は完全に悪いが、椎名に悪気は無かったんだ。それは分かってくれ」


 冬馬は不機嫌な表情でしばらく黙っていたが急に椅子の向きを大きく変え、正面から要を指差した。


「柴門、念のためにもう一度確認していいか?」

「何をだ?」

「桃乃に近づいたのは俺に嫌がらせをするためだけで、お前は桃乃のことを別に好きでもなんでもないんだな?」

「ああ。その通りだ。そりゃもちろん、すごく可愛い子だとは思うぜ? こんなことがなけりゃ普通に声かけて口説いてたかもな」  

 この最後の言葉に瞬時に反応した冬馬は固い視線を要に向ける。



「やっぱり気があるんじゃねぇか……」



「いやだから、それは気があるっていうか、普通に出会っていればそういうこともあったかも、っていうレベルの話しだぜ? 今は西脇の彼女なんだし、もう俺は一切手出しする気はない。本当だ」

「……信じていいな?」

「ああ、もちろんだ。……そういえばあの子、どうかしたのか?」

「何がだよ?」

「目元が泣いた後のような感じがしたからさ。ケンカでもしたのか?」


 冬馬の左肩がピクリと小さく動く。

 不機嫌の度合いをさらに大きく増した顔で、冬馬は一言「違う」とぶっきらぼうに答えた。


「……俺、なんかマズイ事言ったか?」

「いや」

 しかし態度にはしっかりと出ていた。

 椅子がギシギシと鳴り出し、冬馬はイラついた様子で貧乏ゆすりを始める。

「なぁ柴門」

「なんだ?」

「お前、この間屋上で俺の事を “ いけすかない奴だ ” って言ったよな?」

「あ、あぁ……。済まない」

「いや、構わねぇよ。俺も似たような感情をお前に持ってたからな。理由ははっきりと分からなかったんだけどさ。でもその理由が今分かったよ」

「へぇ。で、理由は何だよ?」

 冬馬は短く断定的に言う。



「お前、兄貴に似てるんだ」



「兄貴? さっき下で会ったあの人か?」

「あぁ」

「なんだ、お前実の兄貴が嫌いなのかよ」

「そういう意味じゃねぇっての!」


 映画を観終わった直後に会った野々山達ですら誰も気付かなかったのに、と思いながら冬馬は仏頂面で続ける。


「なんていえばいいんだろうな……。お前、桃乃が泣いたことに気付いたろ? あんなわずかしか顔を合わせてなくて、しかも桃乃は俺の後ろにいたのにさ。なんつーか、お前のそういう細かい事にすぐ気付く部分がさ、似てるんだよ、俺の兄貴に」

「ふぅん……」


 要は曖昧な返事をした後、立て膝を崩して姿勢を変える。


「正直お前の言いたいことはよく分からないが、でも西脇は本当にあの子のことが好きなんだな。俺もそれはよく分かった」

「まぁな。昨日、今日で急に好きになったわけじゃねぇし」

「あの子のこと、いつから好きなんだ?」

「今年で十一年目だ」

「十一年!?」  

「あぁ。あいつとはお互いここに引っ越して来た時からの幼馴染でさ、幼稚園から今までずっと一緒だったんだよ」

「じゃ当然初恋もあの子なんだ?」

「あぁ。プラス一目惚れ」

「……なるほど。そりゃ大したもんだ」  


 要はひとしきり感心した後、「本当に済まなかった」と頭を下げた。  

 再度の謝罪を聞いた冬馬はフゥと息を吐き、感慨深げに呟く。


「……まぁ今となってはお前に感謝しなきゃいけない面もあるんだけどな……」

「どういう意味だ?」

「本当はあの日にするつもりじゃなかったんだけどさ、お前がああやって桃乃にちょっかい出してきたから俺、焦ってすぐに桃乃に告ったんだ。その後結局桃乃はOKしてくれたからさ、ある意味お前のおかげで今俺は桃乃と付き合えているんだよな」

「そう言ってもらえれば迷惑かけた俺としては少しは心が軽くなる」

「ところでそっちはどうなんだ? その椎名さんにもう一度告ってみたのか?」

「……あぁ」

「で、どうだったんだよ」

「見事玉砕だ」  

 男子校舎の屋上で杏子に携帯電話で告白したあの夜のことを思い出したのか、要は少し寂しそうな顔になった。

 そんな要を見た冬馬は、悪いことを聞いてしまったという表情で「……そうか」と呟く。

「おいおい、同情はやめてくれよ?」

「いや、そういうつもりじゃないんだけどさ……」

「俺さ、今すごくスッキリしてるんだ」


 要はあの屋上の時とは一変して清々しい表情で言った。


「前に椎名に告った時な、軽い調子で告って失敗したからさ、それがずっと心残りだったんだ。あの時ちゃんと真面目に告っていたらもしかしたら……っていう考えがいつまでも消えなくってな。でもこの間屋上でお前に言われてよ、思い切ってもう一度、マジで椎名に告ってそれで玉砕したから完全にふっきれたよ」

「そうか……。でもお前、あの沙羅って子に気に入られてんだろ?」

「なんで西脇が知ってるんだ?」

 要がわずかに驚いた様子を見せる。

「桃乃がその沙羅って子から聞いたらしくって俺もそれで知った」

「あぁそういうことか。あいつ、すげぇ積極的でさ。話してるとペース乱されっぱなしになる」

「でもしっかりした感じの子だったじゃん」

「俺はああいう常に喋り捲っていそうなタイプが一番苦手なんだよ」  


 厄介事を抱え込んでしまったと言わんばかりの要を見て、杏子の雰囲気を思い出した冬馬は一人納得する。


「お前、どっちかっていうと物静かなタイプが好きなんだろ?」

「あぁ」

「そんでどこか控えめでつつましくて」

「それに加えてミステリアスな雰囲気を持っていると最高だな」

「ふーん、ミステリアスねぇ……」


 色鮮やかな西日が深く差し込む部屋で、ついこの間まであんなにいがみ合っていた両名はそのまま長々と話し込み、結局要が西脇家を辞したのは麻知子の強い誘いで夕食を共にした一時間後の事だった。




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