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錯綜する恋模様 【 後編 】



 カノンの正門前は沢山のライトが設置してあり、この場所だけは夜でもとても明るい。

 一人残された桃乃は言われた通りにここでおとなしく冬馬が戻ってくるのを待つことにした。


 しかし冬馬ときちんと話をしたいとあんなに思っていたのに、いざその時が近づくとどうやって話しをすればいいのか分からない。時を追うごとに増してくる緊張と不安に、桃乃の心の中心は大きく揺れだしていた。

 どきどきと鳴り続ける心臓の拍動を感じながら正門の前で冬馬を待つ桃乃の視界に、中央塔の方角から歩いてきたジャージ姿の誠吾が映る。


「あ、矢貫先生!」

「ん? 倉沢じゃないか。こんなところでどうしたんだ?」


 別の方角に去ろうとしていた誠吾が足を止める。


「今帰るところか?」

「はい」

「一人で帰るのか? ここから駅までの夜道は人通り無くて危ないぞ? 倉沢、俺の車で駅まで送ってやるから一緒に行こう」

「あ、あの先生……」

「ん? どうした?」

「こ、これから送ってもらうところなんです……」


 状況を察した誠吾はニッと笑うと男子校舎を親指で指す。


「もしかしてこっちの校舎の奴にか?」  

「は、はい……」  


 誠吾はその返事を聞くとからかうようにわざと大きな音を出して両手を叩いた。


「いやぁ、結構、結構! 若者は大いに恋をしなくっちゃな! そうでなくっちゃ!」  

 その言葉で赤くなりつつも、今日の体育の事故のことで聞きたいことがあった桃乃は誠吾に尋ねる。

「あの先生、笹目さんの様子はどうだったんですか?」  

「あ、あぁ……」


 梨絵の名前を聞いた誠吾の顔が唐突に曇った。

 そんな誠吾を見て今の陽気な態度は無理をして作っていた空元気だったことを桃乃は察する。


「……笹目はまだ検査の結果がでていないんだ。でもとりあえず命に別状は無いからお前達はなにも心配するな」  

「そうですか……」


 本当はもっと詳しく梨絵の様子を聞きたかったが、誠吾が男性だということもあって桃乃はそれ以上深く尋ねる事を止める。


「……皆、大変だよな色々と」

「えっそれどういう意味ですか?」

「あぁただの独り言だ。気にすんな」


 誠吾は急に疲れきったように大きく息を吐き、ジャージのポケットから煙草を取り出すと噴水の石垣にドサリと腰をかける。


「じゃあ俺は倉沢の彼氏のツラでも見てから帰るとするか」

「あっあの、別に彼氏とかそういうんじゃ……」

「照れるな照れるな」

 

 誠吾は笑いながら煙草に火をつけ、フゥッと煙を吐く。

 しばらくすると男子校舎の方から軽快に駆けてくる足音が聞こえてきた。


「待ったか?」  


 制服に着替え、息を切らした冬馬が現れる。そしてその場に誠吾がいることに気付くと不思議そうな顔になった。


「あれ? 矢貫先生、ここで何やってんスか?」

「おぅ西脇か。倉沢を駅まで送ってやろうとしたらすげなく断られちまったところだよ。なんだ、倉沢の彼氏って西脇だったんだな」

 

 緑が正門チェックをしていた週に朝早くこっそりとカノンに来ていたことを隠し、誠吾はわざと今初めて知ったふりをする。そして冬馬を見て笑いかけた。


「なぁ西脇……、お前、倉沢のこと大事にしてやれよ? 特にお前はそんなにでかい背丈を持ってるんだ。それと同じ位、ハートもでっかく持ってろよ」

「な、なんスか先生? もしかして酔っ払ってるんですか!?」  


 誠吾は「そうだったらいいんだけどな……」と呟くと、咥え煙草のまま立ち上がった。


「あぁそれと西脇。柳川先生を毛嫌いしないでやってくれな」

「は?」

「……じゃ、俺ももう帰るわ。二人とも気をつけて帰れよ」  


 そして誠吾は職員専用の駐車場の方へゆっくりと歩き去って行った。

 背中を丸め、どことなく哀愁を帯びたその後姿を見た冬馬が目を瞬かせる。


「矢貫って授業の時と普段とじゃ全然感じ違うな……。そう思わねぇ?」

「う、うん……」

 

 とりあえずそう相槌は打ったが、それはきっと今日の体育の授業中に事故があったせいだ、と桃乃は直感していた。しかしあの事故の内容を考え、敢えて冬馬には何も言わないで黙っておくことにする。


 救急車がけたたましいサイレンを鳴らしてカノンから出ていった後、笹目梨絵は妊娠しているらしいという噂はすでに今日一日で一年女子の間では公然の秘密だったのだ。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆   




「……ったく、なんで俺があんたを送んなきゃいけないんだよ?」


 カノンを出て駅までの帰り道、要は口から出る言葉はすべて不満気な言葉ばかりだった。


「まぁまぁいいからホラもっと早く歩こ!」

「俺に命令すんな」

「だってのんびり歩いていたらモモ達に追いつかれちゃうよ? 要だって今はモモ達とまた顔を合わせたくないでしょ?」

「だからってなんであんたと一緒に帰んなきゃなんねぇんだっての」


 沙羅は横で文句を言い続ける要をチラチラと横目で見る。


「なんだよ、ジロジロと」

「……ふ~ん、これがきっと本当の要なのね」

「どういう意味だよ」

「だってさっきの要と今の要って全然感じが違うもん」

「あぁその通りだよ。さっきは思いっきり自分を作っていたからな」  


 今の要はニコリともしていない。


「……なぁ、いつもあの子と一緒に帰ってるのか?」

「うん。入学式の次の日に知り合ってからずっと」

「俺、あの子を落とすためにここんとこずっと正門のあたりで帰るの張ってたんだけどさ、全然捕まらなかったんだよな。いつもこんな時間まで残ってたのか?」

「うぅん違うよ。今日はあちこち部活の見学をしていたから遅くなったの。いつもはホームルームが終わったらすぐ帰ってたよ」

「じゃあ、俺が正門に行った時にはもう帰っていた後だったのか……。どうりで毎日張っても見つけられなかったはずだ」

「要ってば毎日こんな時間まで待ってたの?」

「ああ」

「すごいガッツだね……」


 そう言いながらも沙羅はそこでさきほどふと気になったある光景を思い出す。


「ねぇねぇ要」

「なんだよ」

「あたしちょっと思ったんだけどさー、要って本当は別にモモのこと好きじゃないでしょ?」

「……なんでそう思うんだよ」

「だってさっきモモがあの男の子と帰ることになった時、要ってば舌打ちしてたじゃない。大好きな女の子に振られて舌打ちするなんておかしいもん」  


 いぶかしそうに沙羅を横目で見ていた要は一転して驚いた表情になる。


「へぇ~、あんた意外と鋭いじゃん!」

「もうなによ要ってば! さっきは『沙羅ちゃん』なんて猫撫で声出してたくせに~!」


 要はフンとそっぽを向く。


「ね、あの男の子とモモってどういう関係なの?」

「さぁな。今日俺があの子と話したの、西脇の奴があの子と一緒に登校してきたの見た日以来、まだ二回目だしな」

「なんかお互い名前を呼んでたし、昔からの知り合いっぽいよね」

「俺にとっちゃそんなことはどうでもいいことだがな」

 

 その言い草に沙羅は小さく両肩を竦める。


「要ってさ、あのトーマっていう背の高い男の子となんかトラブルがあるの?」

「あんたに関係ないだろ」


 要はこれ以上以上ないくらいの冷たい言い方で沙羅を突き放した。

 しかし沙羅はそんな要の態度などまったく意に介せずに明るく答える。


「だってすっごく気になるんだもんっ!」


 予想外の沙羅の反応に要は眉間に皺を寄せた。


「なんであんたが気になるんだよ?」

「うんっ、あたしさ、要のこと気に入っちゃった! 要はモモに振られちゃったみたいだし、じゃあ、あたしが要の恋人候補に立候補しちゃおっかな!」

「ハァ!?」

 

 理解不能、と言わんばかりの要の声が夜空の下で響く。


「そこで要にお願いがひとーつ! あたしのことはさっきみたいにちゃんと沙羅って呼んでよね!」  


 沙羅はそう言うと呆気に取られている要に向かって明るくウィンクをした。



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