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それぞれの明日



 一夜が明け、まだ日が昇り始めたばかりのこの時間、霧里高原の澄み切った空気はとてもひんやりとしている。

 早朝の高原を歩く桃乃はすぐ隣にいる背の高い幼馴染の横顔を見上げた。

 ほんの少し強引で、ほんの少し嫉妬深くて、でも誰よりも自分を大切にしてくれる人。

 そしてずっと自分だけを見ていてくれた人。

 繋いでいる手から伝わる温もりがそれを教えてくれている。


「冬馬、歩くのちょっと早すぎっ」


 そう口を尖らせると、「そうか?」という声が上から降ってはきたが、すぐに歩調を合わせてくれた。

 高原を吹き抜ける朝の風に頬を撫でられ、すぐ側を流れる川のせせらぎの音に耳を澄ませながら歩いていると、目の前の風景が急に開ける。


「この辺、結構いい景色じゃん」

「うん。座ろっか」


 二人は白い花が咲き乱れる草原の上に腰を下ろす。


「さすがにこの時間は涼しいな」

「冬馬、まだ声がおかしいよ。喉大丈夫?」

「そんなにひどいか?」

「うん。風邪を引いたみたいな声してる」

「あの時全力で叫んだからな……」


 桃乃を引き止めようと必死に叫んで喉を潰してしまった冬馬は咳払いをした。


「そうだ、さっき携帯見たら兄貴からまたメール来てたぜ」

「あ、どうだったのかな?」

「一晩話し合って遠距離恋愛することになったってさ」

「じゃあ真里菜さんとうまくいったんだ!? 良かった!」

「でも半端ない距離だよな。そうそう簡単には会えないじゃん」


 たぶん大丈夫だよ、と桃乃は自信ありげに答えた。


「だって裄兄ィがあそこまで言っちゃたぐらい大好きな人だもん! あっ、でも葉月はきっとショック受けちゃうだろうな……」

「あいつは兄貴命だからなぁ」

「うん。それにあの子、将来は裄兄ィと結婚するつもりでいるもん」

「つーことは失恋確定ってことだよな。帰りにあいつに何か土産買っていってやるか。なぁ桃乃、何がいいと思う? やっぱ食いモンだよな?」

「またそうやってすぐ物で……。そういう所が葉月に嫌われるのよ?」

「チェッ、女って面倒くせぇよなぁ」


 とわずらわしそうに愚痴こぼした冬馬だが、その言葉の最後に「ただし桃乃以外な」とすかさず注釈を付け加えた。


「ふふっ、今回はフォロー早かったね!」

「だろ?」


 笑う冬馬の表情は若干誇らしげだ。


「あのね、今ので思い出したんだけど、実は前からずっと冬馬に聞きたかったことがあるの」

「なんだ?」

「えっとね、どうしてそんなに私がいいの……? だって私以外にも冬馬のことが好きっていう女の子はきっといると思うから」

「なんでって言われてもなぁ……」


 投げかけられた問いの答えを探すべく、冬馬は空中に視線を漂わせる。


「……確かに俺のことが好きだっていう女はいたよ。中学の時、部活が終わるまで俺のこと待ってて、俺が帰ろうとすると決まって現れて一緒に帰ってた子とかさ」

「杉下さんのことでしょ?」

「あいつと帰ったこともあるけど、ひつじとは別の女子もいた」

「まだそんな女の子いたの!?」

「あぁ。もう暗くなってるし、待ってたのを追い返すわけにもいかないからさ、結局その子を毎回家まで送ってやってた。もう待つなって何度も言ったんだけど、しょっちゅう部室の外で俺のことを待ってたんだ」

「ふ、ふぅん」


 胸がチクンと痛み出す。


「それでよく一緒に帰るうちにだんだんその子と打ち解けてきてさ、その内にその子といると楽しい、と思うようになってた」

「…………」


 今度はハッキリと胸の中心が痛んだ。


「そんで俺、その子から告られたんだ。付き合ってほしいって」


 冬馬のことを信じると昨日宣言したばかりなのに、こうして詳しく話を聞かされると過去の話しでもこんなに胸が痛い。もういいよ、と言おうとしたが、冬馬の言葉の方が一瞬早かった。


「でも俺が断ったらさ、すぐに理由を聞いてきたよ。だから他に好きな奴がいるからって答えた。そしたらその子は『その人って倉沢さん?』って聞いてきたから『あぁ』って答えた」


 ズキンズキンと痛み続けていた桃乃の胸が冬馬のその言葉で和らぐ。


「その子に『やっぱりね』って言われてさ、その日の夜、家に戻って考えたんだ。なんで俺は桃乃じゃなきゃダメなんだろうってさ。朝方まで考えた」


 冬馬は左の手を桃乃の右頬に当て、その小さな顔を自分の方に向けさせる。


「……でもちゃんとした理由は今もよく分かんないんだ。だからそうやってどうしてなのかって理由を聞かれても、俺はお前のことがメチャクチャ好きだからとしか言えない。それじゃダメか?」


 冬馬らしいその答えに満足できた桃乃は「ううん」と穏やかに首を振る。


「今、周りに誰もいないからいいよな?」


 冬馬は小さく笑うと桃乃の頬に手を触れたままで口を寄せてきた。桃乃もゆっくりと瞳を閉じてそれを優しく受け入れる。

 唇が触れ合うと頬から大きな手が外れ、代わりにしっかりと身体を抱きしめられた。



「冬馬、大好きだよ」



 お互いの唇が離れると桃乃は冬馬の胸に顔を埋める。


「桃乃が俺に大好きって言ってくれたの、これで二回目だな!」

「えっ、私もっと言ってるよ?」

「いや、“ 好き ”はあるけど、“ 大好き ”はこれで二回目だぜ?」

「そ、そうだっけ?」

「あぁ、絶対に間違いないって!」


 冬馬は桃乃の頭をグイと抱えこみ、悪戯っ子のように笑う。



「それに桃乃は俺のことをテツだと思ってくれてんだよな?」



 抱きしめられ、安らかな気持ちで冬馬の言葉を聞いていた桃乃はそれを聞いて慌てて身を離した。


「ちょっ、なんで今あの映画の話が出てくるのよ!?」

「前に桃乃、俺に泣きながら言ったじゃん。“ 俺がテツだって分かった ” ってさ。俺、あの意味が全然分からなくってさ、兄貴に聞いたことあるんだ。そしたら兄貴は “ 映画をもう一回観たら分かる ” しか言ってくれなかったんだよ。でも昨日兄貴が俺の荷物を俺らの部屋に持って来た時に、その言葉の意味をこっそり教えてくれた。俺、マジですげー嬉しかったよ」

「もっもう! 裄兄ィってば勝手に喋って!」

「別にいいじゃん。なんでそんなに恥ずかしがるんだよ?」

「だって恥ずかしいものは恥ずかしいの!」


 恥らう桃乃の身体は再び抱きしめられ、その耳元に優しげな声が響く。


「……桃乃、俺やっと吹っ切れたよ。兄貴とかもう関係ない。この先何があっても俺はお前のことを信じるよ」

「うん。私も冬馬のこと信じるからね」

「これから色んなとこに行こうな。海に行ったりまた花火見に行ったりさ。この間の伝説の花火ってやつも一緒に見られなかったじゃん」

「ロマンスフラワーのことでしょ? あれは来年まで見られないけど、沙羅と要くんもうまくいってよかったよね」

「まぁな。だけどまさかあそこからあいつらがくっつくとは思わなかったよ。要も椎名さんと付き合うことになったなんて嘘つきやがって、俺らまで騙したからな」

「でもその事に関してはもう要くんもすっごく反省してるみたいだし、肝心の沙羅が許したんだからいいんじゃない?」

「そうだな、俺らには関係ないか」


 冬馬は自分たちの足元に咲いていた丸く白い花に目を留める。


「桃乃、これなんて名前だっけ? 度忘れした」

「シロツメクサでしょ?」

「子どもの頃、よく桃乃がこれで冠作ってたよな」

「そうね、よく作ってたわ」

「そういや俺、冠の作り方お前に教えてもらったんだよな……。まだ作れっかな」


 そう言いながら冬馬は側に咲いていたシロツメクサを何本か摘み、冠を作り始める。


「桃乃、こうだっけ?」

「ううん、違うわ。まずシロツメクサを何本か束ねるでしょ、そして新しくもう一本をこうやって束の部分にクルッと回して……、そしてこっちの茎はここに差し込むのよ」

「あぁそうか、これを繰り返してドンドン伸ばして最後は輪にすればいいんだったな」


 大きな手で小さなシロツメクサを編みこんで真剣に冠を作るその姿は似合っていないようなのに不思議と違和感は無かった。そんな冬馬を桃乃は横で見守る。


「よし出来た! 大きさはこんなもんか?」


 出来上がった冠は桃乃の頭に乗せるのにちょうど良い大きさだった。

 冬馬はその花冠を桃乃の頭に乗せ、「子どもの頃さ、それを載せて笑ってたお前を見て、お姫さんみたいだって思ったことがある」と呟いた。

 そんな冬馬の優しい視線を受けた桃乃の中で、いつかのエリザの声が聞こえたような気がした。



 ── きっとトウマにとってモモは大切なリトルプリンセスなのね



「い、今もそう思う……?」


 恥ずかしさをこらえてそう尋ねると、冬馬は少しずれた冠の位置をきちんと直し、「あったり前じゃん!」と朗らかに笑う。

 心の中が言葉に表せないぐらいの幸せでいっぱいになった。

 すると突然、冬馬は何かを思い出したように「そうだ」と声を上げる。


「あの映画まだやってんならもう一度観にいかないか? 俺も今度は真面目に観るからさ」

「いいよ。でも途中で寝ちゃったりしたら許さないからね?」

「大丈夫だって。俺もそのテツって奴がどんな奴か知りたいしさ」

「どんな人かって……。じゃあもしかしてあの時まったく観てなかったの?」

「あぁ、最初っからまったく観てなかった。横目でお前ばかり見てたよ」

「……バカ」


 顔を赤らめた桃乃を見て、冬馬は楽しそうに笑う。


「なぁ桃乃。今度は二人きりでここに来ような!」

「うん。私も二人きりがいいっ」


 そう答えた桃乃を頬に冬馬が手を当てる。

 その顔が近づき、桃乃はまたキスをされる。体中から溢れ出る幸せに身を任せ、桃乃もその広い背中にしがみついた。


 これから先、また何か小さな、漠然とした不安を抱える事はあるかもしれない。

 でもそんな感情も、この単純で、強引で、そしてほんの少しケダモノな背の高い幼馴染はその度にこうして払いのけてくれるのだろう。


 頭上に白い王冠を載せた桃乃は冬馬に抱きしめられながらそっと思う。

 大好き、大好きだよ冬馬、と何度も何度も心の中で。





                挿絵(By みてみん)




                    ※8/30日に「エピローグ」をUPしました



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