悪役令嬢たちのお休み処〜破滅をねじ伏せた悪役令嬢たちの最初の夜〜
こちらは短編版の「悪役令嬢たちのお休み処」です。
よろしければ連載版もあわせてどうぞ!
都会の片隅、水曜日の深夜。
ひっそりと明かりを灯した和カフェ まおりには、この世のものではない客が訪れる。
店内では、きらびやかなドレスを纏った令嬢が上品に抹茶を口にしていた。
エレシャ・ウィング。
かつて悪役令嬢と呼ばれた女である。
「今夜だったかしら。 悪役令嬢が二人いらっしゃるって」
カウンターにいる店主の結城閑が「ああ、もうそろそろだと思うよ」と穏やかに言った。
すると虹色の扉が明滅して、扉の向こうから二人の令嬢が現れた。
「あ、あなたはもしかしてエレシャ・ウィング!?」
店内へ入ってきてエレシャを見るや思わず声を上げた。
「そういうお前は……ティア・ランカスターではないか!?」
「あなた……ナディル・ヴィリアじゃありませんの!?」
結城がナディルとティアを席へ案内する。
「まあまあ落ち着いて。 驚くのも無理はない。 簡単に言うとここは悪役令嬢たちがお茶する場所だよ。 俺はここの店主の結城だ」
「なるほど。 おもしろいじゃありませんの。 前世でプレイしたことがある乙女ゲームの悪役令嬢に転生、そして時空を超えてお茶会……楽しみができましたわ」
エレシャが静かに頷いた。
「私も転生よ。エレシャ・ウィングって『ウィング王国の華麗なる終焉』の悪役令嬢ですよね。 最後はヒロインの光の魔法で制裁され処刑……」
「もう回避済みですわ」
「そうなんですか!?」
「あなた……ナディル・ヴィリアは『星屑のレクイエム ~さよなら、孤独な公爵令嬢~』の悪役令嬢ですわね」
「ああ、私も回避済みだ。 お前は『プリズム・ガーデン ~偽りの愛と泥だらけの令嬢~』の悪役令嬢だな。 前世でプレイしたことがあるぞ」
「私も回避済みよ」
三人は結城が淹れたお茶を飲んで息をつく。
「……なんだか変な感じですわね」
エレシャがポツリと漏らす。
「画面の向こうで、どうやって破滅を回避しようか頭を悩ませていた相手とこうして向かい合ってお茶を飲んでいるなんて」
湯気の向こうでナディルとティアが小さく笑った。
「エレシャ様、どうやって破滅を回避したのか知りたいわ」
ティアが興味津々な目をして言う。
「卒業パーティーで、聖女が魔道具で『光』を偽造していた証拠と彼女が国費を私的に流用していた帳簿を全出席者のテーブルに『ギフト』として配っておいたのよ」
「ひゃ〜〜」
ティアが戦慄しながらも、どこか尊敬の眼差しを向ける。
「あなたはどう回避をしたの?」
エレシャがナディルに目を向ける。
「卒業パーティーに乱入してきた暗殺者ギルドの連中をその場で全員叩きのめして、黒幕である第二王子の喉元に剣を突きつけてやった」
「まあ、武闘派ですのね」
「お前はどう回避したのだ?」
ナディルがティアに目を向ける。
「ヒロインを唆していた宰相の不正を、教皇様に匿名で告発したの。 今頃、あの家門は神殿の地下牢よ」
エレシャがお茶を一口飲み、茶器をコトンと置く。
「なんだか私たち、まるで勝利のお茶会をしてるようですわね」
「……勝利、か」
「私……正しかったのか、今でもわからないの」
ナディルとティアが、ふと伏せ目がちに呟く。
勝利を掴んだはずの彼女たちの瞳には、どこか帰る場所を見失ったような色が滲んでいた。
「(……なるほど、そういうことか)」
カウンターの奥でそのやり取りを聞いていた結城が静かに立ち上がる。
「勝利なんて大層なものじゃなくていいと思うよ」
結城の声に、三人の令嬢が顔を上げた。
「あなたたちがやったのは誰かを叩き潰すことじゃなくて、自分が生きたい道を通るために石ころをどけただけだ。 自分を責める必要なんてない」
結城がカウンターにそっと置いたのは艶やかな粒あんがたっぷりと乗った、できたてのおはぎだった。
小豆の優しい香りが店内の張り詰めた空気をふわりと解いていく。
「うちの自慢のあんこだよ。 少し甘めにしてある。 これを食べている間くらいは王国の未来も正しさの証明も忘れていい。 あなたたちは今、ただの客なんだから」
「……結城さん」
ティアが恐る恐るおはぎを口に運ぶと、上品な甘さと小豆の温もりが口いっぱいに広がった。
「……おいしい。 私あんこ大好きなの」
「ふふ。 知略も剣も、この甘さには敵いませんわね」
「甘い……懐かしい味だ」
エレシャもナディルも柔らかな表情で頬を緩める。
「結城さん」
「ん? どうしたティア嬢」
「リクエストしていいかな」
「ああ、なんなりと」
「来週は柏餅が食べたいわ」
「じゃあ、とびきり甘いあんこを炊いておくよ」
「ほんと? ありがとう」
ティアに続いてエレシャとナディルもリクエストをする。
「私は芋羊羹が食べたいですわ」
「私はみたらし団子を頼む」
「もちろん。 承りました」
結城の頼もしい返事に、三人の令嬢たちは今日一番の明るい笑顔を見せた。
こうして三人の悪役令嬢が毎週水曜日の深夜に和カフェ まおりに集まり、お茶会を開くことがいつしか彼女たちの日常となった。
虹色の扉が明滅し、名残惜しそうにそれぞれの世界へと帰っていく背中を見送りながら、結城は静かに茶器を片付ける。
都会の片隅。
かつて孤独だった悪役令嬢たちが、ただの自分に戻って笑い合い、明日を生きる活力を得る場所。
深夜の和カフェ まおりの灯りは、今夜も彼女たちの明日をそっと照らしていた。
――また来週、美味しいお茶と和菓子と共に、この場所で。




