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4話 不審な子ども

俺は子どもには優しい男だが、これを無視しろというのには限界がある。


人気のない路地裏に入ったところで、俺はわざと足音を消して振り返り、路地の入り口に立つ影に声をかけた。


「なぁ、俺になんか用?」


ビクッ、と。 フードを被った小柄な人物が立ち止まる。背丈からして子供だろう。


「……いえ、何でも」


鈴を転がすような、しかしひどく警戒した、底冷えするような声だった。

声変わりもしていない少年のようにも、少女のようにも聞こえる。


「んー? さすがに『何でもない』は無理があるんじゃないか? わざと何回も角曲がったり、立ち止まったりしたけど、ずっと着いてきてたよな」

「…………」


フードの子供は沈黙した。 だが、その視線が俺の顔ではなく、俺の右手——『幻影の指輪』を嵌めた指に注がれているのを見逃さなかった。


……スリか? いや、それにしては気配の消し方が堂に入りすぎている。それに、フードから僅かにみえるこの世界では珍しい金髪。


「まぁ、いいけど」


俺はため息をついて、頭を掻いた。


「なら、ついでに案内してくれないか? ここら辺、詳しいだろ? 王都に行く馬車を探してるんだが」


俺がそう言うと、子供はわずかに肩を揺らし、深くフードを被り直した。


「……広場を抜けた先の、東門。そこに王都行きの乗合馬車が来る」

「おっ、ありがとな」

「……」


子供はそれだけ言い残すと、ふっと路地の影に溶け込むように消えてしまった。

見事な身のこなしだ。

スリの才能があるんじゃないか、あいつ。


(……はっ!?)


そこで、俺はとんでもない失態に気がついた。


(失敗した! この『儚げでミステリアスな青年』の見た目で、一人称『俺』はないだろ!!)


水溜まりに映った自分の姿を思い出す。

風が吹けば倒れそうな銀髪の美青年が、ガサツに「俺になんか用?」なんて、キャラ崩壊もいいところだ。


(せめて『僕』……いや、ベストは『わたし』だろ!! あぶねー、今の子供で気づけてよかった。今後の魔術ライフ、一人称は『私』に改めよう)


形から入るタイプである俺は、心の中で固く決意し、東門へと向かった。



翌朝、俺はさっそく乗合馬車に乗って王都へ出発した。


王都までの二日間の道のりは、ほとんどが田舎道というか、何もない自然の中だった。 前世では、こんなにのんびり一日を過ごすことが無かったから、流れる景色をぼーっと眺めるのは案外悪くなかった。


ただ、正直に言うなら——乗り心地が最悪だ。


サスペンションの効いた、前世の素晴らしい技術で造られたお尻に優しい乗り物たちが恋しい。今ほど、あの乗り物たちに感謝したことはないだろう。


あと、この剣聖のバグった肉体にも感謝だ。この頑丈な体がなければ、俺の尻は二日間の振動に耐えきれず完全に真っ二つに割れていた気がする。それほどに、馬車という交通手段は俺には合わなかった。


ケツの痛みに耐えながら王都に着いて、まず俺は当面の拠点となる宿屋を探した。

流石は王都というべきか。街は大通りから路地裏までかなり賑わっていて、手頃な宿屋を探すのは簡単だった。


入学試験までの数日間は、王都の街を見て回ったり、何か新しい情報を得られないかと酒場に行ったりして過ごした。

だが、得られた有益な情報は特になく——代わりに『王都の中央広場にも、馬鹿でかい剣聖(俺)の像が建っている』という、特に嬉しくもない事実だけを知らされた。


(マジで、変装して良かった……)


もしあの銅像と全く同じ顔で王都を歩いていたら、今頃どうなっていたか。想像するだけで冷や汗が出る。


そして——ついに、アルカナム学園の入学試験の日が来た。


(よし、着いたぞ……! ここが俺の、いや『私』の魔術ライフのスタート地点!)


王都の巨大な学園の門をくぐり、俺は興奮で震えていた。 周囲には、今から試験を受けるのだろう魔術師の卵たちがひしめき合っている。


「新入生は広場に整列しなさい。間もなく、学園長からのお言葉があります」


教師らしき男の誘導に従い、広場に並ぶ。 やがて、正面の豪奢なバルコニーに、一人の人物が姿を現した。 その姿を見て、広場がどよめく。


豪華なローブを羽織っているが、どう見ても十代後半のような見た目だった。


だが、その耳は長く尖っており——彼が長命種たる『エルフ』であることを示している。

何より、その色素の薄い瞳に宿る、数百年の時を生き抜いたような深い知性と威圧感。


(ん……?)


俺は首を傾げた。


あの学園長、なんか、数日前に路地裏で会った『案内してくれた子供』に似てないか?

金髪だし……。

いやいや、気のせいか。


天下のアルカナム学園のトップが、あんな辺境の街の路地裏をうろついているわけがない。

そう思って視線を外そうとした、その瞬間だった。


遠くバルコニーに立つ学園長と、バチリ、と目が合った。


学園長は、俺を真っ直ぐに見つめ——極めて意味深に、口角を上げて微笑んだ。


(…………えっ、なにあの笑顔。こわっ)


伝説の剣聖である俺の背筋に、冷たい汗が流れた。


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