3話 魔術を極める第一歩
「魔術を極めるってなると、やっぱり魔術学園だよな〜」
俺は腕を組んで唸った。
だが、この顔のまま行くのはどう考えてもまずい。
広場の銅像そのまんまの顔で「新入生です」なんて言ったら、学園どころか国中が大パニックになる。
「ん〜、どうしたものか……」
ぐぅぅぅぅぅ……。
深刻な悩みを打ち消すように、腹の虫が盛大に鳴った。
(お腹空いた。でも今の俺、無一文だ。
せっかく魔術のある世界に来たのに、初日で餓死なんて悲しすぎるだろ)
食料。金。あと、できれば着替え。
俺に今必要なのは、魔術の才能よりもずっとそっちだ。
(そういや、さっきの盗掘者たちが俺の墓を荒らそうとしてたってことは、金目のものがあるんじゃね?)
俺は踵を返し、ついさっき自分の手(枯れ枝)で半壊させた霊廟へと戻った。
♢
崩れた石壁の隙間を潜り、地下へ降りる。さっきまで自分が寝ていた石棺のそばにしゃがみ込んで、ガサゴソと内側を漁り始めた。
(自分の墓を自分で荒らす日が来るとは思わなかった。これ、カイルに対する冒涜になるのか?でも俺がカイルなんだから、いいか)
壁際には、爆風に吹き飛ばされた盗掘者の残した荷物も転がっている。
俺が暴れたせいで豪華な装飾品は半分以上砕けていたが——石棺の底の布を剥がすと、布にくるまれた小さな何かが出てきた。
ほどいてみると、銀色の装飾が細かく施された、一つの指輪が入っていた。
「おおっ、これ……姿を変えられる『幻影の指輪』じゃん!」
確か、元の小説で主人公が序盤のダンジョンで手に入れていた、姿を自由に変えられる便利アイテムだ。
まさか俺の墓に眠っていたとは。
(てことは、小説の「伝説の剣聖の墓に隠された秘宝」って、これのことだったのか……!主人公、ダンジョンで別ルートから手に入れてたけど、本来は俺の墓にあったんだな)
姿を変えられるなら、俺のなりたい姿は一つしかない。
(やっぱり魔術といえば、長命種のエルフだろ!)
意気揚々と指輪を嵌めようとして、俺はピタリと動きを止めた。
(……いや、待てよ? この世界って、エルフがめちゃくちゃ珍しいんじゃなかったっけ)
記憶を探る。
確か、残っているエルフは『エルフの森』に引きこもった一族と、過去に剣聖と共に戦った元仲間のエルフがいるくらいのはずだ。
そして——小説の中で主人公がこの指輪を使い、エルフに変装してエルフの森に潜入しようとした結果。
魔力の波長が違うとかで速攻バレて捕まっていた。
「ぁあ〜〜〜ッ!!! 悔しい!!」
俺は誰もいない霊廟で地団駄を踏んだ。
最初からエルフに転生してれば! そうすれば今頃、膨大な魔力で無双して、謎の強キャラムーブができたのに!
「仕方ない……ここは妥協して、人間だけど『謎キャラっぽい儚げな男』に変装するか」
指輪をはめて、目を閉じる。
イメージするのは——霧の向こうから静かに現れるような、ミステリアスな青年だ。
世界の秘密を知っていそうで、でも自分のことは何も語らない。そういう雰囲気。
指輪が、ほんのりと温かくなった。
崩れた壁の隙間から月明かりが差し込む水溜まりへと歩み寄り、水面を覗き込む。
色素の薄い、白に近い銀髪。
細い首筋に、少しくぼんだ鎖骨。
風が吹けば折れてしまいそうな、線の細い体躯。
そして——深い紫がかった瞳が、静かにこちらを見返していた。
「よしよし。これなら、あの暑苦しい剣聖の面影は欠片もないな!」
俺は満足げに頷いた。
見た目は風が吹けば倒れそうな儚げな青年。
だがその肉体は、今もなお語り継がれる伝説の剣聖である。
この矛盾した存在を、俺以外に知る者はいない。
(とりあえず、この拾った装飾品を金に換えて、飯食って学園を目指すか!)
俺は壊れた装飾品の残骸をポケットに詰め込み、霊廟を後にした。
♢
夜が白み始めた頃、俺は街の門をくぐった。
朝市の喧騒が遠くから聞こえてくる。パンが焼ける匂い。煮込み料理の香り。
前世なら何でもない匂いが、今の鋭敏な嗅覚には凶器だった。
胃袋が「早くしろ」と全力で主張している。
質屋で装飾品の残骸を換金する。思ったより金になった。
屋台でパンと温かいスープを買って、路地裏の石段に腰を下ろす。
口に放り込んだ瞬間——しみた。
(うまい。……なんか、やたらうまく感じるのは、空腹のせいだけじゃないかもしれない)
この体で食べる、最初の食事だった。
数百年間、ずっと石棺の中にいたカイルの体が、じんわりと温かくなっていく。
俺は、空になったスープの器を見つめながら、ふと思った。
(……この体、カイルの体って呼んでるけど。今は俺の体だよな)
まだ慣れない手のひらのタコを、反対の指でなぞる。
分厚くて、硬い。こんな手で、どんな剣を振るっていたんだろう。
——まあ、関係ない。
俺はこれから魔術師になるんだから。
♢
「5日後に入学試験が行われる魔術学園——『アルカナム学園』は、この街から馬車で二日ほど東に行った王都にある」
朝市で買ったパンをかじりながら、道行く人の会話を拾っていると、ちょうどいい情報が耳に入った。
(王都か。二日…。馬車の金……あるな、さっきの換金で)
よし、行くか。
立ち上がりかけて——俺はふと、足を止めた。
路地の入口から、こちらをじっと見ている人影があった。
フードを目深に被った、小柄な人物。
視線が合った瞬間、すっと路地の影に消える。
(……気のせいか?)
だが、俺の勘は、何かが引っかかったと訴えていた。
あの人影——俺の顔ではなく、俺の指輪を、見ていた。
儚げな見た目の裏に、バグった戦闘力を隠して。
正体を隠したまま王都を目指す俺の前に、最初の厄介事が現れようとしていた。




