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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第9話 光徳の祓い士。ここから先は『人の領分』につき


 朝の光徳神社は、今日もたぶん世界でいちばん空気が澄んでいる――らしい。

 けど、胸のあたりは、ぜんぜん澄んでいなかった。


 昨日の夢のせいだ。

 ひび割れた土。焼けるみたいな日差し。

 底に立って、空を見上げていた少女の後ろ姿。

 目が覚めてからも、喉の渇きだけが妙にリアルに残っている。


「夕凪ー、顔色悪いぞ。ちゃんと寝たのか?」


 拝殿前でほうきを動かしていると、父が本殿の鍵束をガチャガチャ鳴らしながら言ってきた。


「寝たよ。一応」


「一応って言うやつは、だいたい寝てないんだ」


 父はふう、と息を吐く。


「最近、変な夢でも見るのか」


「……なんでそこで夢の話になるの」


「昔からお前は、調子が悪いとき、だいたい変な夢を見たって言うからな」


 図星だった。


「……まあ。ちょっとだけ」


「神社の娘が、夢見を真に受けすぎるのも考えもんだがな。見たものを全部本物だと思うなよ」


「分かってるって」


本当に分かってるかは自信がない。

でも、父に「祟り神に連れ去られそうになったけど、そこの祠の主が出てきて助けてくれて、お前は器だの、祓い士候補だの言われてます。」なんて言える訳がない。


「朝飯食ったら、また寝たらどうだ?今日休みだろ?俺は、しばらくしたら出掛ける」


「あー、うん。そうしようかな」


父が本殿に入っていくのを見送ってから、私は境内を見渡す。

名前を呼ぶまでもなく、そこにはすでに「アイツ」がいた。


「朝の爽やかさを全否定しそうなほどの仏頂面だな、JK巫女」


いつもの石祠に、黒いパーカーの青年――オロチが腰をかけて足をぶらぶらさせていた。


「仏頂面って言うな。夢見が悪かったの」


「へえ。底の夢か?」


あっさりと核心を突いてくる。


「……人の頭、勝手に覗くのやめてくれる?」


「覗いてねえよ。だいたい見当がつくだけだ」


オロチは頬杖をつきながら、退屈そうに空を見上げた。


「水底に引き込まれかけたやつが見る夢なんて、だいたいワンパターンだ。

ひび割れた土か、溺れる瞬間の空か、両方か」


「前半ビンゴでした。おめでとうございます」


「前半で済んでるなら、まだ軽症だ」


 十分ダメージ入っとるつーの。

 でも、オロチの口調は、いつもの半分くらい真面目だった。


「で、どうするんだ、器さん」


「その『どうする』を、こっちが聞きたいんだけど?」


「よし。じゃあ、そろそろ具体的な『祓い士』の話でもしてやるか」


オロチは石祠からぴょんと飛び降りた。地面に足はついていないのに、ちゃんと音はした。


「場所変えようぜ。社務所、空いてるだろ」


「え、社務所? お父さんいるけど」


「いいだろ別に。見えない客くらい居てやらんと、神社が廃れる」


「そういう問題じゃないんだよなぁ……」


 反論しながらも私はほうきを片付け、社務所に向かった。



「いやはや、これ普通にオカルト現場会議じゃん。尊い」


社務所に戻ると、何故か千景がいた。

いつの間にか上がり込んで、父に出された麦茶を嬉しそうに飲んでいる。


「ちょっと千景、なんで朝からいるの」


「わたくし、たまたま光徳前を通りかかり候。夕凪父に『どうせなら涼んでけ』と、言われましてー」


 どこのコンビニ感覚だ、うちの神社。

 しかも、その古語あってんのか?


「で、なに? 今日は『龍蛇様の世界設定講座』?」


 千景が、わくわくを隠す気ゼロの目で私を見てくる。

 視線の先、ちゃぶ台の反対側にはオロチが普通に座っていた。


 父はもう出かけた様だ。

 今この部屋には私と千景とアイツだけだ。


「世界設定講座って言うな。こっちはリアルだ」


 オロチは湯飲みを指でくるくる回しながら、ため息をひとつ。


「いいか。まず、「祓い士」とはなんぞやってとこからな」


「それ、こないだからずっと言ってたやつだよね」


 やっと具体的なものを聞ける好奇心と、聞かない方がいいんじゃないかという葛藤が私の中で渦巻いている。


「祓い士っていうと、『悪いもんをぶっ倒す』イメージを持つだろうが、それだけじゃない。

『線を引き直す』っていうパターンもある。

むしろ、今のJK巫女にはそれしかできない」


「線?」


 千景が首をかしげる。


「例えばだ――」


 オロチはちゃぶ台の上に箸を一本置いた。


「ここに一本、線があるとするだろ」


 箸の片側をとんとん叩きながら続ける。


「こっち側が人間の生活圏。こっち側が自然の中にいる神とか妖とか怪異、つまり、目に見えないもんの領分。

本来は、その境目がちゃんと決まってる。

川には川の道、田んぼには田んぼの水路、神様には社と座のようにな」


「……なるほどね」


「でも、時代が変わると、人間はみんな勝手に線を変えていく。

山を切り開く、道を変える。

川の流れを変える。水辺を埋める。

――祠を処分して、紙切れ一枚で『合祀しました』って言う」


 胸の奥が、ズキッとした。


「そうやって線を勝手に書き換えたり、消しても、『そこにいたもの』は消えない。行き場をなくした神々の気配とか、祈りの残骸とか……『守ったのに捨てられた』って記憶とか。それらが歪んでいくと、祟りになる」


 オロチの言葉に、千景がごくりと喉を鳴らした。


「じゃあ、祟り神って、もともとは、崇められてた神様でもあるってこと?」


「はい、正解。ま、例外もあるっちゃあるけど。」


 オロチは机にあった紙とペンで書き始めた。


「『崇める神』と書いて『崇神』。

『祟る神』と書いて『祟神』。

字は似てるが、バランスがまるで違う」


「バランス?」


「神様はな、本来『いいことも悪いこともまとめて引き受ける存在』だ。

雨をくれるが、洪水も連れてくる。

豊作も、飢饉も、全部ひっくるめて『この土地の力』として座ってる」


 オロチは箸を指の上において『やじろべえ』のようにバランスを取りながら揺らす。


「ところが人間が『いいとこだけ欲しいです~』ってやり始める。

雨乞いして、『降らせ』って頼んで、実際降ったら降ったで、『洪水は勘弁』って言う」


「それは……まあ、そうだけど」


「で、『悪いほうだけ』押しつけられた分が、どこかに溜まっていく。

それが祟りとして噴き出すとき、神様の座は『崇』のほうから『祟』のほうに傾く」


「じゃあ、祓い士っていうのは――」


「その傾いた座を、『もう一回真ん中にする役目だ』」


オロチはそう言って、箸を上下で挟み固定させた。


「祟りを全部消すんじゃない。

祟りの行き先を、もう一度決め直す。

ここまでは力をふるっていいけど、ここから先はダメ、とか。

この土地を守る役目は残す代わりに、忘れられた痛みは別の形で覚えておく、とか」


「別の形?」


「例えば、祭りを続けるとか、話として残すとか、碑を立てるとか

。そういう、人間側の約束も含めて、祓い士が『窓口』となって決める」


「これが祓い士業務レベル1。線引き交渉で折り合いが付けば、三方よしで大団円だ。

ところがどっこい、大抵の祟り神は性格ねじ曲がってるからな。

バトルして、力ずくで分からせてやらなきゃならんことも正直多い。

当然、命の危険はある。現に命を落とした祓い士もごまんといる。

――俺も、そんな奴を見てきしな」 

 

 オロチの表情が曇ったように見えた。


「……何かあったの?」


「あ?別に何もねえよ。ブラックゴッド株式会社はマジでブラック企業だなと思っただけだ」


 なにか過去に言いたくないことがあったのは間違いないと思う。

 それと、神様も隠し事するんだってのを初めて知った。

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