第5話 ブラックゴッド㈱の内情
「祓い士ってのは簡単に言えば、グレた神様を更生させる役割みたいなもんだな。」
「グレた神様?……それ自分のこと?」
「……見た目によらず、度胸あんな、おまえ」
「あ、違うんだ、ごめん」
――ま、完全には間違ってない
そう言うとオロチは続けた。
「さっき見た手なんかが正にその『グレた神様』――祟り神系だな」
「……たたり……神」
心臓が跳ねた。――祟り神。その言葉が持つ得体の知れなさだけで震えそうだった。
「そ。祟り神。そうなった理由は色々あるが、大抵は人間のせいだ。それを元の神様に戻って頂く交渉窓口が、祓い士ってわけ。」
口調が軽すぎて、話の重みがよく分からなくなってくる。
「年々、祟り神は増える一方で、日本各地の現役の祓い士は圧倒的に数が足りてない。神様界隈は窓口となる祓い士候補は出来るだけ集めたいけど、その前段階となるレベルの人間は少ないという現実に苦労してるわけ」
「なんか、万年人材不足の会社みたいだね」
「正解!ブラックもブラックよ、ブラックゴッド株式会社!俺も週休二日欲しいわ」
笑えない神コントを見せられてるような時間は続く。
「――で、その前段階。見えるか見えないかの点は合格。
偶然にも?相手さんもおまえに興味を持って近寄ってきていた。」
さっき掴まれかけた足首がひやりとした。
「――さて、どうする。『器』さん」
ずるい。
そんなふうに言われたら、背中を向けるのは難しくなる。
私は、すぐには答えられなかった。
少しの間、沈黙が落ちる。
「……とりあえず、今日は、もう一回、鈴鳴らしとく」
「おーおー、慎重派だな。ま、いいんじゃない?お前らしいわ」
私はもう一度、鈴緒を握って、静かに一度だけ鳴らした。
カラン……。
さっきとは違う、落ち着いた音。
オロチはそれを聞いて、満足そうに目を細めた。
「それくらいでいい。今はまだ、気付いたってだけで十分だ」
気付いた。
知らないままでいられたかもしれないものに。
私は、小さく息を吐いてから、社務所のほうへ歩き出した。
振り返ると、そこにはもう、オロチの姿はなかった。
石祠だけが、最初からずっとそこにあったみたいな顔で、黙って座っていた。
「なんか冴えない顔してるな、なんかあったか?」
夕食のとき、父がぽつりと言った。
テーブルの上には、鮭の塩焼きとほうれん草のおひたし。
神社の台所は質素だけど、こういう定番が妙に落ち着く。
「……え? いや、そんなことないよ。いつもどおり元気だよ、はははっ」
「その元気がカラ元気に見えるんだが?」
「あー、じゃ境内を死ぬほど掃除したから疲れちゃってんのかもね」
親子でチラッとみた境内は落ち葉だらけだった。
苦しい言い訳をしたが、父はそれ以上追及してこなかった。
代わりに、湯飲みを手のひらで転がしながら続ける。
「最近な、この辺、水の事故がちょっと多い」
「水の事故?」
「ニュースでも見ただろ。沼で子どもが溺れかけたとか、風呂場で足を滑らせて怪我したとか。たまたま重なったと言えばそれまでだが」
千景がスマホで見せてきた『野鳥の森の近くで水の音がした』という投稿を思い出す。
「神社と関係……あるの?」
「全部に関係があるわけじゃないが、全く関係ないともいえないかな。『昔から人間より水の存在が強い土地』っていうのはある。このあたりも、用水路と溜め池でどうにかやってきた場所だから――」
父は言葉をそこで一度切った。
少しだけ、目が遠くを見る。
「……昔は水に関わる祠とかが多くあったらしいんだがな」
心臓が跳ねた。
オロチが言っていた話と重なる。
「『あったらしい』? お父さん、見たことある?」
「いや。俺が物心つく頃にはもう、その殆どがなかった。合祀が盛んに行われていた時代に片づけられたんだろう」
「片づけられたって……神様なのに?」
「そういう政策がとられた時代ってのがあったらしい。明治だか大正だかの時代だっけな。神社合祀令って言ったか、ウチもその時に多くの神様をお迎えした。ちゃんとやればいいが、ちゃんとやれなかったこともあっただろうな」
父は、少し苦い顔をした。
「ま、昔話だ。今の俺たちができるのは、今、目の前にある神様にちゃんと向き合うことだけだ」
「……うん」
今、目の前にあるもの。
さっき見た、黒い水。
石祠の蛇神。
そして、「底になった」誰か。
全部がぐちゃぐちゃに絡まって、箸が止まる。
「夕凪?」
「なに」
「冷めるぞ」
「あ、ごめん」
慌てて鮭を口に運ぶ。
味はいつもと同じなのに、どこか遠くで食べているみたいだった。
その晩、私はなかなか寝つけなかった。
天井の木目を眺めながら、スマホで千景からのメッセージを読み返す。
『やっぱさー、野鳥の森のとこ、一回ちゃんと見に行こうよ』
『高徳神社の裏だし、夕凪なら関係者枠で安全でしょ?w』
「てか、枠とかあんの? 全然、安全じゃないと思うけど……」
つぶやいて、自分で笑った。
安全じゃない。
でも、完全に危険とも言い切れない。
あの黒い手は、たしかに私を引きずり込もうとしたけれど、
そこにあったのは“憎しみだけ”じゃない気がした。
守ろうとして。
沈んで。
忘れられて。
枕に顔をうずめる。
「……考えとく、か」
自分の口癖が、耳に刺さる。
そのままいつの間にか、意識が沈んでいった。
音が静かに遠ざかる。
それはまるで水の中に沈むように。
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