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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第46話 祓い士 三ツ木 夕凪と藤金 千景


「よく踏ん張ったな、夕凪。」

 オロチが後ろからそっと近寄り、私の頭をポンと触った。


「……うん。無我夢中だった」

「悪くなかったよ、頑張ったんだな」


 オロチのその言葉にまた涙が溢れた。


 向こうでは千景は力抜けたようにへたり込んでいた。

 一部始終を見守っていたサコが千景に飛びついて喜んでいた。


「こっちじゃ絶対死ねないのに、マジで死ぬって何回も思ったぁ」

「千景、あんた、思ったより実戦だと、いい動き出来るのね!合格ね」

「思ったより、は余計だっつーの」

 千景はズレたメガネを直しながら、すこし微笑んだ。


 その様子に少しほっとして、私はオロチに呟いた。

「……あとは、お父さんの出番だね」


 私と千景は、ふらふらの足を引きずりながら光徳へと戻った。


 ◇◇◇


 雨上がりの境内は石畳が陽の光を映していた。

 濡れた注連縄の影が拝殿の前で静かに揺れている。


 私たちは祠の欠片を抱きながら、神社へと戻った。


 父はずっと私たちの帰りを鳥居のあたりで待っていたみたいで、私達の姿が見えると、安堵の表情を浮かべながらも急いで駆け寄ってきた。

 状況を説明すると、父の表情が神主としての凛としたものへと変わった。


 準備を整えるから待つように言われ、社務所の縁台で腰かけていた。

 しばらくすると、父は白装束の上に狩衣を整え、榊を手にして出てきた。


 その足取りは急がない。急げば、心が先に走る。

 神前に立つとき、先に出していいのは心の静けさだけだ。


 私に目を向け、短く頷いた。


 欠片を差し出す。


 父は受け取る前に、深く一礼した。


 ――それは欠片に向けた礼ではない。

 その奥に在る御霊に向けられていた。


 拝殿の灯明が、ふっと揺れる。

 二拝し、柏手を二つ。


 その音はいつもより澄んでいるように聞こえた。

 乾いた音が境内に落ちて、隅々まで届く。


 そして、静かに祝詞を紡いだ。

 声はやさしく、けれど、芯があり、揺れがない。


「……謹みて申し上げます。

 これなるは、かつて此処に鎮まり給うた祠の欠片にて、

 今は、御名をサヤと申し奉る御霊の拠り代にございます」


 言葉が空気に馴染む。

 神前の言葉は、空気を変える。

 場、そのものが整えられていく。


「久しく、御霊は濁りに触れ、孤つるところに在り給いし。

 されど今、御縁によりて、此度ここに奉遷し申し上げます」


 父は欠片を両手で捧げるように抱き、拝殿の奥へ進む。

 奥には光徳の一柱を祀るため小さな社がある。

 欠片を納める直前に、もう一度深く礼をした。


「……恐れながら申し上げます。

 祟りと呼ばれしは、人の側の恐れにございます。

 ここにて御名を改め申し上げ、水を司る御神として清らかに鎮まり給うことを謹んでお願い申し上げます」


「そして、改めてこの地を納める水神として、此の光徳に鎮まり給えますように」

 父は欠片を納めた。


 その瞬間、灯明の火がまっすぐに伸びた。


 煙が一筋、拝殿の奥へ吸い込まれる。


 最後に静かに言った。

「……どうか、ここを御身の居処として、安らかにお鎮まりください」


 そして二拝し、柏手を二つ。

 最後の一拝を、深く。


 境内の空気が、ふっと柔らかくなった。

 静寂が、静寂のまま温度を持つ。


 私の手元の禊槍が一瞬だけ白く脈動し、穂先の光が雨上がりの石畳に淡い輪を落とした。そして、全ての祀りごとは静かに終わった。


 千景が、堪えきれず息を漏らした。

「……よかった……」

 私は頷いた。


 光徳神社は世界でいちばん空気が澄んでいる。

 父の言葉が、今は腑に落ちる。

 静かで、優しい。

 私はちゃんと、ここが好きだ。



 ――そう思っていた時だった。


 バァンッ!!


 拝殿の扉が勢いよく開いた。


「やったーー!これで私、光徳のメンバーじゃん」

 飛び出してきたのは、ウチの制服姿のサヤだった。


 私と瓜二つの顔なのに表情は眩しいくらい明るい。

 嬉しさが身体からはみ出して、ぴょんと、拝殿の階段を飛び降りてくる。


 私と千景は同時に息を呑んだ。


 千景が先に声を出した。涙の跡が残ったまま、眼鏡を押し上げる。


「え?……サヤちゃん?」

「何回も顔合わして来たじゃん!――そう。水神サヤ、爆誕!」

 サヤは胸を張って、でもすぐに照れたみたいに笑った。


「いや、爆誕って言うと軽いか。やっぱ、ここの空気めっちゃ澄んでていいよね!

 昔は森のあっち側にしかいられなかったから、ちょっと感動してるよォ!しかも、一度着てみたかったんだ、夕凪と同じ制服!まさにJKって感じ、似合う?ねぇ、似合う?」


 千景が噴き出しそうになって、口元を押さえた。

「やば、言い回しとノリが私寄りなんですけどっ!同じ匂い感じる!」

「でしょ。私たぶんそっち系。テンション上がると、逆に冷静なこと言い始めるタイプ」

 スタスタと千景に近寄って、千景と腕を組んだ。


 私は思わず笑ってしまう。

「ちょっと鏡見てるみたいで変な感じするよー」

 笑った拍子に、胸の奥がじわっと熱くなった。


 サヤはすっと私の前に近づいて、顔を寄せた。

 同じ顔が二つ、ちょっと困った顔をした私と正反対に、サヤはパッと顔を明るくした。


「夕凪ちゃん。助けてくれてありがとう」

 そして、サヤは少しだけ声を落とした。

「……怖かったでしょ、ごめんね、所々、記憶ないんだ」

 サヤはうつむいた。

「……でも、意識の遠くにずっと、暖かいものが呼びかけ続けてくれたのは分かってた」


 私はサヤの手を握る。

「怖かったけど、ちゃんと戻ってきてくれた」


 千景も頷く。

「ほんとに、よかった」


 サヤは一回だけ深呼吸して、にこっと笑う。

「うん。よかった。ほんとに」


 そのまま、視線を境内の端へ向けた。

 そこにいるのは、パーカー姿のオロチ。

 さっきまで派手に戦っていた男が、いまは壁と同化する勢いで黙って立っている。


 サヤは数秒だけ観察してから指差した。

「……出た、ムカつく、陰キャ君」


 私と千景は即座に言う。

「やめなさい」


 サヤは一瞬だけ口を尖らせ、でもすぐに笑った。

「だってさぁ。アイツの戦い方、性格めっちゃ悪いんだもん。嫌なとこから刺してくるし、距離の取り方も嫌だし」


 オロチが低い声で返す。

「お前がいうな。よっぽど、お前の幻視の方がタチ悪ィぞ」


「あー、あれはゴメン。あん時はちょっと自分じゃなかったっていうか――、陰キャ君も祟り堕ちしたことあるなら分かるでしょ?」


「……チッ、一緒にすんな、バカ」

 オロチはやりづらそうに、そっぽ向いた。


「でもね。もう同じ光徳側でしょ。住人でしょ。仲間でしょ」

 サヤは、指を一本立てる。

「だから、仲良くしてあげるよ。今日から」


 千景が吹き出した。

「めっちゃ上から」

「てか、喋り方フツーすぎてウケる」

 私も笑った。


 サヤは満面の笑みで続けた。

「まぁまぁ、これからは夕凪と千景をフォローするチーム光徳の仲間でしょ、仲良くやろうよ!」


「ちょ、おま、マジで言ってんのかよ、お前はおとなしく祠に入ってろよ!」

 オロチはちょっと青ざめた顔でサヤを指差して叫んだ。


「やーだね!せっかく、ここに来れたんだもん、楽しまなきゃ!」

「祠、帰れ」

「帰らない」

「帰れって」


 私は間に入って、手を叩く。

「はいはい、そこまで。ここ神聖なる神社。落ち着こう」


 サヤは口を押さえて、でも笑いが止まってない。

「ごめん。でも嬉しい。ほんとに」


 拝殿の脇では、父と、ウコとサコが静かに佇んで微笑んでいる。

 場の芯は崩れない。だからこそ、笑っても大丈夫だ。


 私は禊槍を握り直して、呟いた。

「……槍よ。その力を納めたまへ」

 穂先が光の粒子を放ちながら、大幣へと戻った。


「ここからが出発だね」

 私の言葉に千景が頷いた。

「祓い士として二人で進もう」


 サヤが、二人の間に軽く割り込んだ。

「じゃあ私は、祀られ係として見張る!困ってる人いたら知らせる。めっちゃ知らせる」


 千景が即ツッコミを入れる。

「頻度は考えて、しょっちゅうはマジ、体持たないからぁ」

「うーん、考える。たぶん」


 私は笑って、頷いた。

「よろしく頼むね、サヤ」


「ったく、終わったと思ったら、めんどくせぇヤツが仲間になっちまった。」

 オロチは溜息をつきながらも少し笑っていた。



 ――こうして

 私たちは光徳神社付の祓い士、三ツ木 夕凪と藤金 千景として生きていくことを決めました。


 今も、多くの祟り神と出会い、想いを重ねて、また崇める神へと戻っていただく日々を過ごしています。

 今はもうあの頃の様に「考えとく」の口癖は言わなくなり、自らの意思で禊槍を手にしています。


 頼れる仲間たちとともに。




 おしまい。

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