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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第45話 邪鎮の禊槍


 これで終わらせる。


 その瞬間。

 私の胸の奥で滅龍が低く唸った。


 ――滅せ。


 オロチの声も重なる。

「夕凪! 核を貫け!」


 千景の声が、祈りみたいに震える。

「夕凪……お願い、迷わないで!」


 世界が極限まで細くなる。

 雨も、匂いも、音も、全てが遠ざかっていく。

 目の前に見えるのはサヤだけ。


 黒い影の奥。


 そこに何かがある気配。


 ――貫ける。


 今なら、終わらせられる。


 ……でも、終わらせた瞬間、サヤは消える。

 崇神に戻すと言った。止めると言った。



 そう……私は戻すって決めたんだ。




 ……槍よ。その力を納めたまへ



 赤黒い稲妻が、ぴたりと止んだ。

 世界が、一拍だけ静かになる。


 邪滅槍の禍々しい光が、すうっと消え、白い光が戻った。


 邪鎮やしず禊槍みそぎやり

 穂先は清く、やさしく、雨を照らした。

 荒れ狂う稲妻が今度は鈴の音みたいに澄んでいる。


「夕凪……?」

 千景の声が揺れる。


 オロチが目を細める気配がした。


 私はサヤを中心に、足を滑らせた。


 ぐるり。


 黒い水に満たされた大地の上に、槍先で円を描く。


 円は歪む。完璧じゃない。




「ここが……貴女と私の境界線!!」


 広大なフィールドに私の声だけが響いた。


「祟り神サヤ……あなたを水神として光徳の一柱に祀り直します!」


 禊槍が、強い白光を放った。

 同時に、私が描いた円が共鳴する。

 円が光り、光が円になる。


 サヤの黒い影が、びくんと揺れた。


『……なに、それ……』

 サヤの声が、初めて怖がっている。


「線は引かない。ここに縛らない。貴女と私を明確に分けた」


 白光が、サヤの影へ浸み込む。

 滅する光でも、押し返す光でもない。

 形を変える光だ。


 その瞬間。

 私の頭の中に、知らない記憶が流れ込んだ。


 真夏の入道雲。

 小さな小川の水面が弾けるきらめき。

 無邪気に笑うサヤ。

 水を怖がる子を抱き上げ、泥だらけの髪を洗い流す。

 転んだ子に手を差し伸べ、泣きじゃくる子に自分の手ぬぐいを渡す。

 誰よりも優しかった。


 そして、村の大人たちの顔。

 苦渋に歪み、涙を堪え、それでも何かを決断してしまった顔。


 人柱。


 サヤが沈められていく。

 水面の下、口を開けても泡しか出ない。

 最期に見たのは青空ではなく、濁った水と人々の影。


 ――けれど、 記憶は絶望で終わらなかった。

 人々は忘れていなかった。

 夜毎、火を灯して祈った。

 子供たちは「サヤさま」の昔話を聞いて育った。

 誰かが命日を数え、誰かが池の淵に花を手向け、誰かが数百年、手を合わせ続けた。


 サヤの知らなかった現実。

 捨てられたのではない。

 痛みと共に多くに人が背負ってきた現実。


 胸の奥が焼けるように痛い。

 涙が溢れそうになる。


 ビジョンが弾け、世界が戻る。

 雨、遠くの走行音、 白く輝く円。

 そして、目の前に佇む輪郭が解けだしている黒いサヤ。


 私は、迷わず手を伸ばした。

 サヤを形作る黒い泥水の嵐へ指先をそっと入れる。


 冷たい。

 絶対的な孤独の温度。

 拒絶を掻き分け、その奥何かに触れた。


「……あった」


 私は両手を差し込むと、指先がその輪郭を確かに捉える。

 両腕に力を込め、泥の中から引き剥がす。


 ズズッ、と重く湿った音がした。


 現れたのは、ひび割れた石の塊。


 かつての祠だったものの欠片。


 私はそれを胸に抱きしめた。

 重く、痛いほどに冷たい。


「……一人にして、ごめんね」


 声が震えた。


「もう、独りぼっちにはさせないから」


 欠片は、ほんのわずかに脈打ち、温度を取り戻した気がした。


『……うん』

 目の前のサヤの頬を透明な雫が伝い落ちた。

 黒い泥が剥がれ落ちて 雨に混ざり消えていく。


 そして――その奥から小袖姿のサヤが現れた。

 私と瓜二つの顔。

 その瞳は透き通った、優しい瞳に戻っていた。


「……ありがとう……ゆうなちゃん」

 途切れ途切れに言葉が紡がれる。


「ごめんね……」

 サヤは泣きながら、崩れそうな笑顔を見せた。


「本当は……私も光徳に連れてって欲しい。

 もう……一人はさみしくて、イヤ……」


 私は深く頷いた。

 自然と涙がこぼれ、頬を伝った。


「うん、行こう。サヤ……」

 祠の欠片を抱きしめていた片手を、サヤに差し伸べた。


「あの日の約束……まだ間に合うなら。……また一緒に遊ぼう」


 差し出した私の手にサヤの指が触れる。

 確かな温もりがそこにあった。


 背後で千景が長く息を吐く気配。

 オロチは無言で空を見上げていた。


 一帯を覆っていたフィールドがさらさらと風に舞う粉のように解け、私たちが知っている鶴ヶ島の夜景が還って来ていた。


 頭上のジャンクション、車の走行音が遠い潮騒のように響く。


 雨はいつの間にか止み、雲間に光が差し込んでいた。


「……帰ろう、光徳へ」

 私はぎゅっと祠の欠片を強く抱きしめた。

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