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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第43話 滅龍


 ――ドクン。


 その鼓動の音に目を開ける。

 そこは真っ暗な世界が広がっていた。


 どこまでの続く深淵に視点が定まらずにいると、いつの間にか目の前に、赤黒い光が一点、薄く灯る。


 私はそれに手を伸ばした。


 微かな熱を感じたと思った瞬間に、それはまるで業火のような禍々しく激しい光を発し、私は手で顔を覆った。


 そして、次に目を開けた時、目の前には赤黒い光を纏う、巨大な龍が私を見下ろしていた。


「あ、あなたは……」


 その威圧感は、意識しなければ息を吸う事すら忘れてしまいそうなほど、体を硬直させた。


 そして、それはゆっくりと私の意識に直接、話しかけてきた。


滅龍めつりゅう。……汝は三ツ木夕凪、我を使役しようとする者だな』


 ――圧倒的存在感

 滅龍の前に、私は無意識にその場に平伏した。


「……はい、光徳の娘、祓い士の三ツ木夕凪でございます。」

 私は地面に伏したまま、言葉を紡いだ。


『汝、何を求め、邪滅槍を振るう』


「かけまくも、かしこきも、申します……。

 祟り神、『サヤ』を崇神に戻し、光徳にてお祀り差し上げたい。

 そう考えております。」


『何故。かの者は既に悪しき道を進み、その心根は既に漆黒に染まっている。

 祓い士ごときが太刀打ちできる柱ではないぞ』


 その声は、叱責ではなかった。

 もっと冷たい。


 ――裁定だ。


 私は額が地面に触れるほど、深く頭を垂れたまま、動けない。


「……仰る通りです。私では、足りません」

 言った瞬間、胸の奥が痛んだ。


 悔しさでも、恐怖でもない。――事実を口にした痛みだ。

 滅龍の赤黒い瞳が、私の上に落ちる。


『足りぬ者が、何を求める』


「……救いを」


『救い?』

 滅龍が、鼻で笑った――ように、空気が震えた。


『救いとは何だ。「崇神に戻す」と言ったな。

 戻らぬ時はどうする。――滅すか。見捨てるか。泣くか』


 喉が鳴った。

 逃げ道を塞がれている。

 ここで言葉を濁せば、私は二度と槍に触れない。


「……滅します」


 自分の声が、自分のものじゃないみたいに聞こえた。


「でも、それは――消すためではありません。

 戻せなかった時、あの子の痛みが、終わる場所が他にないのなら。

 ……私が終わらせます。私が引き受けます」


 滅龍の気配が、わずかに変わった。

 怒りでもない。許しでもない。

 ただ、私の内側を測っている。


『それが救いか』


「……救いです」


 私は顔を上げた。

 恐ろしくて、涙が出そうだった。


 でも、目を逸らしたら、ここで終わる。


「救うという綺麗ごとだけではありません。帰り道を作って、一緒に連れて帰ります。しかしながら、帰れないなら、終わり方を作ります。

 それでも私は、祓い士として、光徳の娘として逃げることは致しません」


 滅龍が、ゆっくりと首を下げた。

 巨大な影が近づくだけで、心臓が縮む。


『……では問う。汝は「代償」を知るか』


「知っております」


『我が牙は、禍を滅する。だが同時に、汝の中の「迷い」を滅する。

 迷いは、痛みとなり、記憶となり、未来となって汝を削る。それでも振るうか』


 私は一瞬だけ、千景の顔を思い浮かべた。

 背中を押してくれた手の温かさ。

 瓦礫の下で鳴らなかった鈴の音。


 そして、サヤの目。

 底のない沼みたいな、同じ顔。


「振るいます」


 今度は、即答できた。


「削れても、怖くても、震えても。私は次の一歩を出します。

 迷いが出たら、その迷いごと私が背負います。

 だから、お力を貸してください。――使役ではありません。

 一緒に戦ってください。滅龍」


 沈黙。


 世界が真っ暗なまま、鼓動だけが響く。


 ――ドクン。

 ――ドクン。


 邪滅槍の脈動が、私の胸の奥と重なっていく。


 滅龍が、低く唸った。


『……よかろう』


 赤黒い光が、いっそう濃く燃え上がる。


『汝が逃げぬと誓うなら。

 我もまた、汝を「持ち主」ではなく――「我が依り代(よりしろ)」と認めよう』


 滅龍の鱗が、粉雪のように剥がれて舞った。

 それは光の粒になり、私の両手へ降り注ぐ。


 熱い。


 焼けるほど熱いのに、不思議と痛くない。


『契約だ、夕凪。

 汝の覚悟が折れぬ限り、我が穂先はき、世界を断つ。

 ――だが、折れた瞬間、我は汝の手から主導を奪う』


「……承知いたしました、滅龍。」


 私は頷いた。


 怖い。


 でも、怖さから逃げないと決めた。


「それでも、私は振るう。最後まで……私の意思で」


 次の瞬間。


 赤黒い光が、視界を満たした。

 耳の奥で、雷が落ちる音がした。



 そして――


 雨の冷たさが、頬に戻ってきた。

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