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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第40話 再臨


 ――動きが早い!


 思考が追いつくよりも早く、視界が黒く塗りつぶされる。


 両手首に、まるで生き物のようにうごめく黒い水が絡みついた。

 濡れた縄のような不快な感触が肌を這い、瞬時に硬度を増して自由を奪いにくる。


 完全に体を拘束される直前、私は反射的に禊槍けいそうを縦横にぎ払った。

 穂先が黒い水を弾く手応えを感じながら、その隙に真後ろへ飛び退く。

 執拗に絡みつく縄とサヤから強引に距離を取る。


(サヤに構ってる場合じゃない、千景を助けなきゃ……ッ!)


 視界の隅に映るのは、無残に積み重なった瓦礫と黒い汚泥の山だけ。

 必死に千景の霊的反応を探るが、分厚い泥の結界に阻まれたかのように彼女の気配が全く感じ取れない。


 嫌な汗が背中を伝う。

 焦燥に駆られ一歩後退した、その時だった。


 ……ドンッ。


 そこにはないはずの壁のような感触。


 ――えっ?


 振り返る間もなく、冷えた声が耳元で囁かれた。


「ゆうなちゃん……油断しすぎじゃない?

 それとも、その程度で私から逃れられるとか、勝てるとか、本気で考えてるのかな?」


 ――しまった。


 千景の安否に意識が行きすぎて、サヤへの注意を怠っていた。


 その刹那、足元から湧き上がった黒い縄が、私の両手両足を瞬時に捕縛した。


 以前とは比較にならない拘束力。


 その縄は、私が必死に抗えば抗うほど、肉に食い込むほど強度を増し、ギリギリときつく締め上げてくる。


『ねえ、ゆうなちゃん。 あの子がいなくなったら、寂しい?

 一人ぼっちは、辛い?』


 サヤの手がゆっくりと伸びてくる。

 陶器のように白い指先が私の頬に触れた。

 死人のように冷たい。


 その指先が愛おしげに、つぅっと口唇へと伝い、そして顎先へとかけられる。


「千景は死んでいない!こんな攻撃くらいで死ぬほど、あいつはヤワじゃないからっ!」


『あぁ。そう』

 サヤは私の言葉を意に介さない。彼女の表情は何ひとつ変わらなかった。


 ――千景になんて何の興味もない。生も死も。そう言いたげな表情だった。


 ただ、その瞳の奥にある深淵だけが私を覗き込んでいる。


『私はね、ずっと一人だったよ。 暗くて、冷たくて。 誰も名前を呼んでくれない。誰も見つけてくれない。何百年も、ずっと』


 顎に触れるサヤの指からドロリとした黒いおりのようなものが私の肌に浸透してくる。


 冷たい。

 焼けるように冷たい。

 物理的な温度ではない。

 魂が凍りつくような絶対零度の感情。


 私の精神こころが、やすりで削られるように摩耗していく。


 彼女が抱え続けてきた途方もない孤独。

 無限に続く暗闇。

 雑音だけが響く世界。


 その絶望がダイレクトに私の脳内へ流れ込んでくる。


(やめ……て……)


 意識が霞む。

 視界の端で、握りしめた禊槍がカタカタと震えているのが見えた。

 あれは私の震えか、それとも槍の震えか、それすらも分からなくなる。


 飲み込まれそうなほどの絶望感と虚無感が、サヤの手を通じて全身を侵食する。


『一緒にいよう? 二人なら寂しくないよ。ここで……永遠に』


 サヤの両手が優しく私の首に絡みつく。

 それは慈愛に満ちた抱擁のようであり、同時に無慈悲な絞殺のようでもあった。

 気道が圧迫される。

 抵抗しようにも、手足が鉛を流し込まれたように重く、指一本動かせない。


「やだ! 私はあなたと同じじゃない。あなたとは違う!」


 私はありったけの声を絞り出し、腹の底から叫んだ。


 千景の安否も分からない。

 頼みの綱のオロチもいない。


 絶望が水位を増す黒い水のように胸元まで満ちてくる。

 身につけていた『かんざし』の精神汚染耐性も桁違いに強度を上げたサヤの攻撃の前には、もはや無力に等しかった。


 でも、 絶対に負けない。負けられない。

 一人の祓い士として、私は必ずサヤを崇神に戻すんだ。

 もう迷わない。

 絶対に逃げない。

 消え入りそうな意識の中で私は歯を食いしばり、自身の魂を奮い立たせる。


 ――その時だった。



 ……ドクン。



 私の右手が、脈打った。


 違う、私の手じゃない。


 石化するように動かなかった指の中で握りしめていた禊槍が、まるで心臓を持ったかのように大きく跳ねたのだ。


 じゅぅぅぅ……。


 音を立てて、猛烈な熱が掌から伝わってくる。


 それはサヤから流れてくる凍てつく孤独を一瞬で蒸発させるような圧倒的な熱量。


『……っ!?』

 サヤが驚愕に見開かれた目で、私から弾かれたように飛び退く。


 私の手の中で、禊槍の鼓動は激しさを増していく。

 柄に巻かれた白布が熱で焼け焦げ、灰となって散っていく。

 その下から、禍々しいほどに鮮烈な赤黒い光が漏れ出してきた。


「……え? これって……邪滅槍?」


 邪滅槍から放たれる熱波と光によって、私を拘束していたサヤの黒い縄がジリジリと悲鳴を上げるように焼き焦げ、ほつれ始めている。


「……ちっ、本当しつこい……」


 サヤは感情を露わにした。

 歪められた唇。

 その眼つきは今まで私に見せていた無垢な虚無とは違う。

 明確な敵意と、酷い憎悪を孕んでいる。


 ――そして。


 空気がびりびりと震えた。

 大気そのものがいななくように軋み、腹の底に響くような威圧感を伴った「あの声」が、フィールド全体に轟いた。



『――貸せ、夕凪』

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