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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第37話 着替えたら強くなるタイプ(たぶん)

 どのくらい眠っただろう。


 達成感のあとに私と千景を襲ったのは、勝利の余韻じゃなく、鉛みたいな疲労だった。

 深夜に出かけて、戻ってきたのは――出かけた数秒後の、同じ深夜。

 この世界では二~三秒しか経っていない。

 なのに、身体は「数年ぶん」を引きずっていた。


「時不知の庭」は景色も空気も変わらない。季節という概念すら薄い。

 ただ一つ、庭に生えていた紅葉だけが、ほんの短い期間だけ色を変えた。あれを三回、いや四回は見た。

 千景も同じくらいの回数だと言った。なら、私たちは向こうで三~四年ぶんの“時間”を味わったことになる。


 お風呂にも入ってない。ご飯も食べてない。

 それでも倒れなかったのが、余計に不気味だった。


 私たちは改めて湯で汚れと疲れを流して、晩御飯の残りとおにぎりを少しだけ胃に入れた。


 そこから先は、記憶が溶けるみたいに曖昧で――

 私も千景も、気絶するように眠った。


 目が覚めると、外は相変わらず、しとしとと雨が降り続いていた。

 雨音だけが、やけに現実だった。


 眠る千景の手に目を向ける。

 切り傷の跡がほんのり残り、豆が出来ては潰れた痕。

 彼女の手はもう、前の“普通の手”じゃない。ちゃんと戦う者の手になっていた。


「――今日で決着をつけよう」


 自分に言い聞かせるみたいに、私は小さく呟いた。


 ◇◇◇


「あんたたち、まるまる一日以上、寝てたわよ」

 サコの言葉で、自分たちが二十四時間以上寝ていたことに気付いたのは、朝食の時だった。

 一日――その単語だけで、胃の奥がきゅっと縮む。眠っている間に、何も起きていないはずがない。……なのに、ここはいつも“静か”だ。


「相当、過酷な訓練だったんだな。夕凪も千景ちゃんも本当に凄いよ」


 父はキツネーズから事情を聞いて、私たちが起きた時の為に豪華な食事を準備してくれていた。


 過酷というか、何千回も死んだんだけど――なんて言ったら父は気絶する。だから私は、父特製の卵焼きを黙ってほおばった。


 食後。

 壁に吊るされた二着の祓い士の正装の前で、私と千景、二人の心臓がじわじわ脈を上げていく。


「……ちょっと緊張するね」

「うん」


 最初は“認めてもらえた”という喜びで、この正装を見た。


 今は違う。これを纏う以上、祓い士として無様な戦いは出来ない。

 祟り神を必ず崇神へと戻す。その責任と決意が、布の重さになって肩に乗ってくる。


「……千景。ホントにいいの?……ここまで付き合わせておいて今更だけど」

 振り向いた千景は、ニコっと笑ってから、私のお尻をパンッと叩いた。

「いまさらすぎっしょ。――でもね、これは私が選んだ道だよ。

 補佐として祓い士、夕凪をバックアップするから任せなさいっ!」

「……ありがとう、千景」


「おい、千景。お前、勘違いしてるぞ?」

 背後からウコがペタペタと足音を鳴らしながら現れた。

「へ? 勘違い?」

「あぁ。――お前、自分の事を補佐と言ったな?」

「え、うん、違うの??」

 やれやれといった感じでウコがため息をつく。

「違うに決まってんだろ。何言ってんだ。お前も祓い士だぞ?」

「……へ? ウソでしょ?」

「うそもへったくれもあるか。祓い士じゃなければ、お前に戦闘巫女装束が与えられるわけがないだろう。

 補佐なら、戦闘用じゃなく守護能力の高い通常の巫女装束だ」

 サコがそのやりとりを笑う。

「やっぱ、たわわ娘ね、アホすぎ。補佐に神楽刀がだせるかっつーの」


 正直、私は“やっぱりそうだよね”と思った。

 今までも大事な局面で、千景はいつもいい仕事をしてくれていた。

 オカルトが好きってだけで、龍神様のところにも、サヤのところにも、時不知の庭にすら一緒についてきて――危ない目にあっても、ニコニコ笑って乗り越える。私も本当に負けてられない。


「千景。着替えよう!光徳のJK祓い士コンビ爆誕だよ!」

「うんっ!いいね、それ!」


 私たちがウカ様から頂いた戦闘用巫女装束は、幻視の中で見たノゾミさんの装束と似ていた。

 よく考えると、ノゾミさんのとサコの装束も似ている。

 要は、女性の戦闘装束の“型”はだいたい同じで、各自の癖と改造で差が出るだけ――サコみたいに着崩してるのは、あくまでサコの趣味だ。


 私は……ふつう(泣)

 千景は……ちょい、はちきれ気味……

 向こうのキツネは、まぁ。ここではただのキツネだし。まいっか。


「準備できたようね。そしたら、これを持っておきなさい」

 サコから手渡されたのは、小さめの桜モチーフと短冊が付いた金のかんざしだった。

「これは?」

「それを身につけておけば、まず一般人から認知されなくなる。――つまり隠れ蓑ね。

 その恰好でウロウロできないでしょ?――たわわは喜んでウロウロしそうだけど。

 祓い士たちが神の道を通る、いわば通行証みたいなもんよ」


 人間には察知できない世界を通って目的の場所に行くためのチートツール。

 彼らにとって当たり前のものも、私たちには魅力的で心が躍った。


「神々の守護が付与してある。妖術系の防御力向上ね。

 油断しなければ、サヤの幻視による精神攻撃の回避にもなるはず」


 私たちは「おぉ~」と声を上げ、私はポニーテールの根本に、千景は胸元に差し込んだ。

 その瞬間、かんざしからほんのわずかに光がこぼれて、私たちを包む膜みたいに広がり――淡く消えた。


「これで準備は整ったな」

 ウコが腰に手を当てて、私たちを見上げる。


「私たちも一緒に行くけど、主役はあんたたち。ちゃんとやれる?」

 サコがふふっと笑いながら投げかけてくる質問に、私たちは堂々と答えた。


「誰の指導を受けたと思ってるの?――次は絶対に負けないんだから!」

「行こう!次でサヤちゃんを止めてみせる。」


 降りしきる雨の向こう、あの場所でもう一度線を引く。

 そう決めて、私たちは鳥居から一歩を踏み出した――


 その瞬間。

 かんざしが、ほんの一瞬だけ、熱を持った。

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