表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/46

第36話 遠いあの日にただいまと言える喜び



 私の槍の穂先は――ウコの喉仏、寸前で止まっていた。


 いや、止めたのではない。

 ウコの指が、私の槍の刃を挟んで止めていたのだ。

 しかし、彼の指からは、一筋の赤い血が流れていた。


 一方のサコは、紙一重で身を躱し、千景の一撃は彼女の着物を焦がしたまで

 だった。


 静寂が訪れる。


 心臓が早鐘を打つ音だけが響く。


「……はぁ、はぁ……くそっ」

 私は槍を引くこともできず、ウコを睨みつけた。


 ウコは、自分の指から流れる血を一瞥し、眉をひそめた。


「……おい、夕凪」


「な、なに……?」


「今の、もう少し手加減できなかったか?

 俺の自慢の狩衣に血がついたらどうするんだ。

 クリーニング代高いんだぞ」


「……は?」


 ウコはニヤリと、悪戯っぽく笑った。


「冗談だ。……一本、取られたな」


 その言葉と同時に、張り詰めていた空気が霧散した。


 背後では、サコが着物の裾をパタパタと払いながら近づいてきた。


「やるじゃない。

 あたしの着物に焦げ目をつけるなんて……

 弁償させるわよ?」


「え、こっちも金銭要求!?」

 千景が素っ頓狂な声を上げた。


「――ていうか、これなにっ!?!?」


 千景は突如して現れた刀に驚いていた。


「は?あんた知らないで今まで戦ってたわけ?」


 サコが呆れた顔で肩をすくめた。


「それは神楽刀。――神楽鈴の武装モードよ。

 オロチからきいてなかったわけ?」


「っ!!――あいつっ!何も聞いてない!」


「ほんっといい加減ね、アイツ。

 ――それはね、鈴との意識の調律が整った者にだけ扱える刀。

 つまり、やっとあんたも神楽鈴に認められたってことよ。

 あたしに感謝しなさいよっ!」

 サコは千景の方を向き、ウィンクをした。


「てことで……、ま、合格点、あげてもいいわ」


 その言葉に 千景がへなへなとその場に座り込んだ。


「う、うそ……終わった……? もう死ななくていい? メガネ直していい?」


「ああ。今の連携なら、あの化け物相手でも数秒は稼げるだろう」


 ウコが錫杖を下ろし、私に向かって小さく笑った。


「数秒って……あんなに頑張ったのに?」


「神を相手にするなら、その数秒が生死を分ける。

 ――だが、夕凪。

 お前はもう『ヘッポコ』じゃない。『半人前』くらいにはしてやる」


 ウコの大きな手が、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

 その瞬間、張り詰めていた糸が切れ、私は地面に倒れ込んだ。


「あぁ……やっとだ。千景ぇ……ウチかえろう」

「うん、マジで何度も死ぬかと思った。……実際死んでるけど」


 私らにとっては笑えない冗談を言っていると、ウコが、ちょっと待ってろと小屋へと向かう。

 戻ってきた、その手には二つの装束があった。


「これはウカ様からだ。『祓い士がいつまでも普段着では格好つかない。

 次からはこれを召して出撃せよ』とのことだ」


 ウコは少しだけ笑った。


「よかったわねぇ、あんたら。戻ったらウカ様のとこにお礼行くの忘れちゃダメよ?」


 その装束は、サヤの幻視で見たノゾミが着ていた戦闘用巫女装束と似たものだった。


「わぁ!!す、すごい!」

「めちゃくちゃかわいい!!」


 頑張ったご褒美のようで、このサプライズはとても嬉しかった。 

 やっと頑張りを認めて貰った証明書を貰えたような気分になれた。


 過酷な特訓の終わりは、あっけないほど静かだった。

 でも、その静けさの中で、私たちはほんの少しの自信が芽生えていた。


 セピア色の世界に立つ、唯一の赤い鳥居。

 その前で、ウコとサコが振り返った。


「ここを出れば、時間はまた動き出す。

 お前たちがここで過ごした膨大な時間は、向こうでは一切カウントされていな

 い。鳥居をくぐったあの日、あの時間のままだ。」


 ウコが真剣な眼差しで告げる。


「だが、体に刻まれた痛みと技は消えない。忘れるなよ」


「うん。……ありがとう、ウコ、サコ」


 私が礼を言うと、千景も深々と頭を下げた。


「あの、サコ……

 その、胸のこととか、いろいろ生意気言ってごめんね。

 ……教えてくれて、ありがと」


 もじもじと言う千景に、サコは艶然と微笑み、彼女の額を指で小突いた。


「素直でよろしい。でも、もう少し色気も磨きなさい。

 次は色気磨きでここに来る?」

 サコはその艶のある口唇を千景の顔に近づける。


「ひぃっ! それは勘弁してください!」

 千景は頬を赤くして焦る。


「じゃ、宿題よ。毎日鏡の前でウィンク百回。あと牛乳飲みなさい」


「ひぃっ!……てか、ウィンクと牛乳って関係ある!?」

 悲鳴を上げる千景に苦笑しながら、私たちは鳥居をくぐった。


 視界が白く反転する。


 キーンという耳鳴りが遠ざかり、代わりに雨音が戻ってくる。


 色のなかった世界に、色彩が溢れ出した。


 気づけば、私たちは光徳神社の境内に立っていた。


 雨はまだ、激しく降り続いている。


 目の前には、ウコとサコが元通り?の二匹の小さな狐となって、ちょこんと立っ

 ていた。


「……戻って、きた」


 私は自分の手を見た。

 泥だらけで、なんども豆が出来ては潰れて、あの頃より強い手をなっていた。


 私はぎゅっと強く禊槍を握る。


 軽い。

 あれほど重かった槍が、今はまるで体の一部のように馴染んでいる。


 すると、足元から呑気な声が聞こえた。


「あー、疲れた。篤信ー! 油揚げ! 特上のやつ持ってこーい!」


「サコもお腹すいたー! あの姿、カロリーめっちゃ使うんだよねー。

 夕凪、なんか甘いものないの? コンビニ行って、プリン買ってきてよ」


 さっきまでの威厳あるイケメンと美女はどこへやら。

 そこにいたのは、いつもの食い意地の張った神使たちだった。


「……ふふっ、あはははは!」

 私と千景は顔を見合わせて、たまらず吹き出した。


「な、なんだよ! 笑うな!」


「だって……あんなにかっこよかったのに、言ってること俗っぽすぎるんだもん

 !」

 千景が涙を拭いながら笑う。

 でも、その笑顔は、ここに来る前よりもずっと晴れやかで、強かった。


「行こう。サヤちゃんのところへ」


 私の呼びかけに千景が大きく頷いた。

 雨に濡れたアスファルトを踏みしめる。

 その一歩は、力強く、確かな一歩だった。オロチ不在でも 反撃の準備は整った

 。

 待ってて、サヤちゃん。 今度こそ、あなたを救ってみせる。


 私は雨空を見上げ、静かに、しかし強く、禊槍を天へと突き上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ