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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第35話 死に帰り三千百五十一回目はない!


「かっは……っ!」


 意識が飛んでいた。

 視界がまだ明滅する。

 意識が飛ぶ前の記憶……


 腹部に重い衝撃が走り、体の中からイヤな音がした。

 色のないセピア色の地面に無様に転がり 肺の中の空気が強制的に排出され、咳き込むことすらできず、混濁気味の意識が、立ち上がらなきゃ、と考えたところまでは覚えてた。


「三千百五十回目の死に帰りだな。夕凪」

 さらっと恐ろしい言葉を言うこの場面も、もうとっくに慣れた。


 私の横には仰向けに倒れこみ、微動だにしない千景がいた。


 多分、今、千景はほぼ死んでる。

 さっきのやられ方は現実世界なら即死級のヤツだと思う。

 最初の頃は動揺したけど、これもとっくに慣れた。


 頭上から降ってくるのは、艶のある甘い声。

 

 私が顔を上げると、サコが長いキセルを指先でくるくると回しながら、ゴミを見るような、でも楽しそうな目で千景を見下ろしていた。


「無様ねぇ。

 女としての恥じらいも何もない恥ずかしい恰好をさらけ出したまま。

 ふふ、ほんと無様」


「……う。」


「……がはっ、……う、るさい……ッ!」


 ふらふらと立ち上がる千景が神楽鈴を構え直そうとしていた。


「あ、ちょ、タンマ! 今、メガネがズレた!

 メガネっ娘にとってメガネの位置は命より重要なのよっ!」


「あらそう。じゃ、メガネごと逝きなさい」


 サコは慈悲もなくキセルを振り下ろす。


「鬼か、あんたはぁあぁ!!」


 千景が絶叫しながら転がって避ける。

 その動きは、ここに来た当初より明らかにキレが増していた。


「遅い、脆い、うるさい、それから、あたしはキツネ。鬼じゃない」


「よそ見する余裕があるのか?」

 低い声と共に、赤い影が迫る。

 ウコだ。

 彼は錫杖を軽く振るっただけで、暴風のような衝撃波を放ち、私を吹き飛ばした。


「死なない死」とは、よく言ったものだ。


 痛みだけが蓄積し、精神をヤスリで削り続ける無限の地獄。

 ここに来て、体感時間でどれくらいが経っただろうか。

 千景の悲鳴を聞いた回数は、もう一万回を超えた気がする。


「はぁ、はぁ……、くそぉ……全然、届かない……っ」

 私は震える足に力を込め、禊槍を杖にして立ち上がった。


「夕凪、槍に振られるなと言ったはずだ。俺が言ったことを言ってみろ」

 ウコが錫杖を構えることなく、自然体で歩み寄ってくる。


「何度も聞いたけどさ……

 『その槍はただの刃物じゃない。お前が使うんじゃない。お前が槍になるんだ』でしょ」


「そうだ。思考を捨てろ。呼吸を合わせろ。

 ……あと、顔が怖いぞ。ヒロインの顔じゃない」


「はぁ、はぁ……うっさい!」

 ウコの余計なアドバイスに叫び返した瞬間、彼の姿がブレた。


 速い。 思考するより先に、体が動く。右へ――いや、左だ!


 ガキンッ!!


 私の槍が、ウコの錫杖を受け止める。


「がっ……!」


 再び吹き飛ばされそうになったその時、背後で澄んだ音が響いた。


 チリン――。


 その音色は、これまで千景が鳴らしていた「やけくそ」な音とは違っていた。


 空気が凍りつくような、鋭く、それでいて優しい音。 私の背中を透明な膜が支え、ウコの衝撃波を霧散させた。


「え……?」


 振り返ると、千景が目を閉じ、両手の神楽鈴を静かに構えていた。


 ボロボロの服、ズレたメガネ、ぐちゃぐちゃの前髪。

 見た目は酷いものだが、その周囲には淡い光の粒が舞っている。


「あら、やっとコツを掴んだみたいね」


 サコが面白くなさそうに、でも口角を上げて笑った。


「恐怖で音を濁らせるな。雑念で波紋を乱すな。

 ――あたしの美貌に嫉妬してる暇があったら、音に集中しなさい」


「嫉妬じゃなくて、公序良俗への怒りですぅーだ!」


 千景が目を開ける。

 その瞳から、怯えの色が消えていた。


「夕凪、ごめん。やっと分かった気がする。私が夕凪の背中を守る。

 だから――あんたは前だけ見て!」


 その言葉が、私の腹の底に熱い火を灯した。

 そうだ。私は一人じゃない。

 後ろには頼もしい(そして少しうるさい)千景がいる。


「……うん。頼んだよ、千景!」


 私は槍を握り直す。

 ウコを見る。

 彼のまとう空気が、今まで以上に鋭くなった。


「いい面構えになった。――ならば、仕上げといこうか」

 ウコが錫杖を高く掲げる。


「サコ、次の一撃、遠慮は無しだ。本気で殺しにいくぞ」


「ええ、いいわよ。――さぁ、死ぬ気で来なさい、生意気な雛鳥ども!」


 サコがキセルを一閃させると、セピア色の空間に無数の紫炎が走った。

 同時に、ウコが地面を蹴り、雷のような速度で突っ込んでくる。


 見える。


 襲い来る紫の炎。

 その軌道が、線になって見える。


 千景の鈴の音が、戦場の地図を描くように響き渡る。


「千景、右! あとメガネ下がってる!」


「うるさい、分かってる!!」


 シャンッ!!


 千景が踏み込み、鈴を振り下ろす。

 展開された光の壁が、サコの放った炎を弾き返し、爆風が視界を遮る。


 その爆風を切り裂いて、ウコが現れた。


 錫杖が私の眉間を狙って突き出される。


 ――呼吸を、合わせろ。


 私は息を止めた。


 来る。


 ――ここだ!


 私はウコの突きを、最小限の動きで紙一重にかわした。

 頬を熱風が切り裂く。

 その瞬間、ウコの懐ががら空きになった。


「うあぁあぁーーっ!」


 千景はサコの死角から彼女の間合いへと飛び込む。

 一気に体を捩じりながら神楽鈴を握りしめ、サコへの一撃を狙う。


「ふんっ、その距離はまだ私の間合いだっつーの!」

 

 その刹那、強い輝きが神楽鈴から放たれ、鈴の頂部から白き炎を纏う白銀の刀身が現れる。


「――えっ!ウソでしょ!!」

 サコの声が漏れる


(もらったぁッ!!)

(もらったぁッ!!)


 私と千景の声が重なる。


 全身のバネを使い、禊槍を突き出す。


 私が狙うはウコの首元。

 千景が狙うのはサコ脇腹への一閃


「死ぬのはこれで、最後だあぁぁーーっ!!」



 ドォーーーーンッ!!


 強烈な衝撃音が響き渡り、土煙が舞い上がった。

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