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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第34話 死なない死

 ―深夜の境内。


 灯篭の灯りが雨に揺れ、雨音が木々の葉音に重なっていた。

 私と千景はウコとサコに連れられて鳥居をくぐった。

 振り返れば、目の前には鳥居、奥には光徳の拝殿。見慣れた光景だ。


 ウコとサコ、それぞれが光徳の鳥居に、まるでマッチを擦るようにしっぽで触ると、鳥居の頂上に二つの狐火が灯った。

 青白い火がゆらゆらと揺らめき、影を落とす。


「いまから神域に入るからな。絶対に頭を上げるなよ。視線は足元!わかったな!」


 ウコが私たちの前に歩みを進めると、サコが通り抜けざまに千景に声をかけた。


「特に“たわわ”は気をつけなさいよ、あんたアホだから。プー、クスクス」


「プー、クスクスは言うもんじゃなくて、漏れるもんなのよ!ムカつくわ、女狐め」


 この二人は仲がいいのか悪いのか本当に謎だ。


 そして、 言われた通り、私と千景は視線を靴先に落としたまま歩き出した。

 いつもの社叢林を抜ければ、すぐに車の走る表通りに出るはずだ。

 アスファルトの硬い感触を待ちわびて、一歩、また一歩と進む。


 けれど――。


(……まだ?)


 何歩歩いても、硬い地面に行き当たらない。



 ふと、視界の端に赤いものが見えた。


 鳥居だ。


 一本、二本じゃない。


 私の歩幅に合わせて、無限に続いている。

 その根元には、燃えるような赤の曼珠沙華がびっしりと咲き乱れていた。


「え、なにこれ……こわいこわい」


 千景の小さな震える声が聞こえるが、顔を上げるわけにはいかない。

 そのまま歩き続けると、足元の赤が、次第に色を変え始める。

 赤が次第に紫がかり始め、それが淡い紫となり、青い鳥居となった。

 足下の花も冷たい光を放つ青い曼珠沙華が咲き乱れている。


 私も、千景も、すこしずつ変化する異様な状況に、ただ声を押し殺して進むしか出来なかった。


 しばらくすると鳥居の色は更に褪せ始め、気づくと白い鳥居を何本もくぐっていた。


 まるで水底を歩いているような錯覚。視界がぐにゃりと歪み、テレビの砂嵐のように景色がざらつき始める。

 キーンと高い耳鳴りが頭蓋骨を締め付ける。

 吐き気と目眩にも似た浮遊感の中で、気づけば足元の花は、色を失った「白」に変わっていた。


 音もなく。色もなく。時間感覚さえもない。


「――着いた。頭を上げていいぞ」


 ウコの声に、恐る恐る顔を上げる。


 そこは、古い写真のようなセピア色の世界だった。

 空も、地面も、遠くの山々も、すべてが褪せた茶褐色。


 その中に、色がただ一つ。

 目の前にそびえ立つ鳥居だけが、鮮血のように鮮やかな「赤」で、私たちを待ち構えていた。


「――ここが神々の庭園『時不知ときしらずの庭』だ」


 背後から聞こえたのは、いつもの甲高い声ではなく、低く艶のある男の声だった。

 驚いて振り返ると、そこには三頭身の狐の姿はなかった。 代わりに立っていたのは、燃えるような赤い髪をなびかせた、錫杖のような柄の長い武器を持つ、背の高い狩衣姿の男がいた。


「は?……え、ウコ……?」


 私が呆気にとられていると、甘い香りが漂ってきた。


「あら、見惚れてるの? 夕凪。こんなとこで女になっても意味ないわよ?」


 艶然と笑う美女が一人。

 大胆に開いた胸元と、戦闘用に短く仕立てられた着物の裾から伸びる白い足。

 その長身で豊満な肢体を見せつけるように、彼女――サコはキセルを一吸いし、こちらを見た。

 その振る舞いすらも妖艶さを魅せつけた。


「ちょっ……は?あんた、サコなの!? 」


 千景は、わなわなと小さく震えている。


「な、なな、なんでそんな……無駄に、デカいのよっ!」


 千景が自分の胸とサコの胸を交互に見比べて、悲鳴のような声を上げた。


「あら、悔しいのかしら? ふふふ、でもこれが『神使』の格の違い――『極・たわわ』ってやつよ、超たわわ小娘ちゃん」


 千景は、『キーーッ、ぐや゛じい゛ー』と、今にも手にしている神楽鈴を握り潰すんじゃないか思うくらいに悔しがっていた。


「――で、ウコ。ここがどんなところかの説明くらいは、してくれるよね?」


 ウコは横目で私を見ると『いいだろう』と口を開き始めた。


「ここは時不知の庭、読んで字のごとく、時を知らず、時を刻まない。

 つまり、お前たちが何年、何十年いても、元の世界に戻れば、あの日、あの時のまま。

 そして、ここにいる限り、お前たちは老いもせず、死にもしない。

 ――今のお前たちには最高の環境だろう?」


「ふふふ、あたしたちが認めるまで、ここから出してあげないからね。覚悟しなさい、たわわちゃん」


 ウコは「準備をしてくる」と視界の脇にあった古びた小屋へ向かった。

 サコは気持ちよさそうに体を伸ばしていた。


「……老いもせず、死にもしない、か。その時点でもうヤバさ確定じゃない?千景。」


「イヤな予感しかしないんだけど……

 それさ、普通なら死んじゃうようなケガしても死なない。

 ――でも、死ぬほど痛い系のヤツじゃない?」


 こちらに振り返ったサコが、間髪入れずに答えた。


「ふふ、正解♡ だから、あまり致命傷負わないようにね。

 すぐに治るけど、それまでが最悪らしいわよ?」


「あー、サラッとヤバい事言った」

 千景の頭から魂が抜けかかってた。


「さて、おまえら、夕凪は俺、千景はサコが相手しよう。

 ここからは全て実戦形式だ。

 油断すれば、死なない死が待ってるぞ」


 そう言いながら、ウコは錫杖を、サコはキセルをゆらりと私たちに向けた。

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