第33話 時不知の庭
パカーン!
「ちがーう!」
「あいたっ」
パシーン!
「ちがうって言ってんだろ!」
「いったぁ」
光徳神社の境内で私と千景、そしてキツネーズによるコントみたいな修行が始まった。
私が槍を振れば、ウコの木の枝で引っ叩くダメ出しが入り、千景が神楽鈴を振れば、サコの同様のダメ出しが入る。
こんなことが、かれこれ一時間ほど続いた。
「はぁ、はぁ、ちょっとタンマ。マジ一回休憩させて」
さすがにぶっ通しで振り続けた腕はパンパンになり、槍を杖代わりに頭を垂れた。
少し離れたところでは、千景が神楽鈴を両手に持って、ぐるっとターンしたまま、尻もちをついて目を回していた。
「いまどきの祓い士見習いは弱っちすぎるな、サコ」
「この“たわわ”は、足腰弱いよ、ウコ」
キツネーズは相変わらず、口も目つきも悪い。
いつのまにはウコが私担当。サコが千景担当みたいな感じになっていた。
私には鬼教官。千景には毒舌女がついた感じ。
腰に手を当てて、へたり込む私たちを見ていた。
「やたら賑やかだなと思ったら、こりゃ驚いた!」
社務所から出てきた父が驚きの声を上げた。
「おー、篤信ー!」
「わー、篤信だー!篤信、油揚げちょうだい!」
ウコとサコは父を見るや、尻尾を振って駆け寄っていった。
「お父さん、キツネーズの事知ってたの?」
「ああ、ウコとサコは一週間に一回、油揚げをお供えするときには必ず現れていたからね」
膝をついた父のまわりにキツネーズはじゃれついていた。
「きみたちが娘たちを指導してくれていたのかい?」
二匹は並んで腰に手をやる。
「ウカ様に頼まれた!」
ウコはさらに自慢げに腰に手をやる。
「夕凪も千景も、へっぽこすぎるぞ、篤信!」
サコはぴょんぴょん跳ねながら、父の首の後ろに飛び乗った。
「ウカ様が?あまり現世にはお関わりになられないイメージなのに……、珍しいね」
父の言葉にキツネーズは声を揃えた。
「ノゾミ様からのお願いがあったそうだ!」
「え!?」
私は驚いたと同時にノゾミさんの言葉を思い出した。
(『ん、私、今ね、神さまのとこにいんの。頑張ったから特別……という名のブラックゴッド㈱への永久就職よぉおぉぉ』)
(そっか、オロチが留守だから、代わりの指導役としてキツネーズを……。
――って、ノゾミさん、こいつらメッチャ口悪いし、超スパルタなんですけどっ)
そう心で囁くと、小さく風が吹き、光徳の森が少しざわめいた。
それはまるでノゾミが笑っているようだった。
「そっか、ノゾミさんが遣してくれた使いなら、やるっきゃないね」
千景は腰を上げ、神楽鈴を握りなおした。
「そうだね、俄然やる気出てきたよ。千景、アイツらに見せてやろうよ、私らの本気をさ」
私は槍を片手にストレッチをして、身体を整えた。
その様子をみて、篤信から油揚げをもらって食べていたキツネーズの目が、きらりと不敵に光った。
ズバシッ、バフッ「あいたっ!」
ヅムッ、ドムッ、ザクッ、グフッ「ぎゃんっ」
こんな時間がどれほど経ったか分からない、日が暮れ始めた頃。
休憩後の気合いとは裏腹に、私たちは見る影もないほどにくたびれて、雨でぬかるんだ境内に何度も転びまくったせいで、ボロ雑巾のようになっていた。
「あぁあぁ、あちこち痛いぃ」
「もうだめ、動けないぃ」
戦闘経験なんてあるわけがない女子高生には、実戦形式の稽古は過酷そのものだった。
槍一振りにつき、キツネキックが二発、神楽鈴一振りにつき、キツネパンチ四発みたいな状態が延々と続いた。
私も千景も中学時代は陸上部に所属していた分の体力貯金はあったが、高校生活は「華麗なるJK生活」という名の帰宅部を満喫していた二人。
しかも、ターゲットは体長五十センチほどの小動物。攻撃を当てろという方が無理だった。
小動物二匹に翻弄される女たちの姿はまさに地獄絵図だった。
◇◇◇
千景は今日もウチに泊まると決めていたので、千景のお母さんが着替えやウチへのお礼などを持ってきてくれた。
泥だらけボロボロの千景を見て、少し驚いた様子だったが、森の探索にいっていたと千景が言うと、なんの疑いもなく納得していた。
普通、JKが森探索とかしないだろうと思ったが、藤金家では通用するらしい。
昨日よりも増えた擦り傷を抱えて、お風呂から上がると、既に父が晩御飯を作ってくれていた。
私たちの為の栄養価の高そうなメニューの数々
と、キツネ二匹。
「……なんで、あんたら、いんの?」
「おまえらの教育係なんだから当たり前でしょ、理解力まで胸に吸われたか?」
千景のぶっきらぼうな質問にサコの強烈なカウンターが炸裂する。
「こんの、毒舌女狐めぇ……」
千景とサコの相性は完璧だ。
「あつのぶ~、オレたちのごはんも早ぅ」
ウコはフォークをかんかんと食卓を叩きながら、父に催促していた。
「ははは、分かった分かった、たまには大勢で食べるメシもいいな!」
私は改めて食卓を眺める。人間三人に神の使い二匹。
「なんか一気に家族が増えたみたいで、まぁ、あり寄りのありか」
――夜。
ひとり、なんだか眠れず、ベッドの上で膝を抱えて、雨の境内を眺めていた。
千景は床に敷いた布団でサコを抱きしめて寝ていた。
散々ケンカみたいな修行と罵りあいをしていた二人も、寝ているときは仲良く見えた。
「なんだ、夕凪、眠れないのか?」
私のベッドの足元にいたウコが顔を上げた。
「うん……、時間がないのに全然戦えるレベルにないなと思ってさ。」
「確かに戦えないレベルだな」
表情ひとつ変えずにサラっと抉ってくる。
オロチもそうだけど、『神様界隈』の頭の中には『相手に配慮した言葉選び』ってコマンドはないのかって、いつも思う。
「あ、ひっど。……ま、事実だけどさ」
自分の横髪を指に絡めながら答える。
「――で、お前は力をつけて何がしたい?」
「……サヤを止めて、この街の平穏を取り戻したい」
「じゃ、そのあとは?」
「そのあと……」
問いかけられた答えを探したとき、真っ先にあの人の顔が思い浮かんだ。
「……ノゾミさんみたいな祓い士になりたい」
「……じゃ、今の何倍もの修行が必要だぞ」
そう呟いたウコが続ける。
「お前に覚悟があるなら、今の何倍も修行ができる場所に連れて行ってやらなくもない」
『考えとく』はもう辞めたはずなのに、一瞬また考えてしまった。
「――夕凪、そこ行こう。」
唐突に声を出したのは、寝たと思っていた千景だった。
サコを抱えながら、むくりと起き上がり、こちらを見た。
「もう時間もないし、やれることは何でもやらないとじゃない?――わたしは賛成だな」
「……そうだね。千景の言う通りだ。――ウコ、そこに私達を連れて行って!」
ウコとサコは立ち上がり小さく笑った。
「いいよ、覚悟しとけよ。なぁ、サコ」
「あたしたちがガッツリしごいてあげるよ。――『時不知の庭』でね」




