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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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32/32

第32話 右の狐。左の狐。


 今日も朝から雨だった。

 ニュースでは関東各地で降り続く雨によって、川の氾濫や土砂災害への警戒をするように注意を促していた。

 日課の境内の掃除も雨続きでは出来ず、なんとなく、むず痒い気持ちになる。


 台所の窓から外を眺め、ため息を一つ漏らす。

 無駄な焦りと分かっていながらも早くこの状況を何とかしたいと考えていた。


 朝六時。

 朝ごはんを作っていると外に出ていたらしい父が社務所に戻ってきた。


「すごい雨だ、地下道なんかは冠水し始めてるところもあるみたいだよ」


 タオルで頭をがしがしと拭きながら食卓に座り、テレビを見た。


「はい、お茶どうぞ。――これって偶然の雨じゃないよね」


 差し出されたお茶を飲みながら、父は返事をした。


「だが、偶然に見えるのが祟りの怖いとこなんだよ」


 父は続けた。


「世の中にある偶然の出来事、偶然の事故、偶然の病気……それらの内の半分以上は偶然ではないとも言えるしな」

 

 こんなこと知ってる方がおかしいんだとは思うけど、世の中知らないことが多いなと思った。

 その裏でどれだけの祓い士がいて、戦い、祓い、時に命を落としていったんだろう。

 そして、その中に既にいる自分に少しずつ現実味が帯びてきた。


 その時だった。

 私と父、そして、まだ寝ている千景のスマホのメール受信音が響いた。


 ピコン

 シューン

 ダダン・ダ・ダダン・ダダン・ダ・ダダン


 私と父は無言になった。


「……なぁ、千景ちゃんの受信音は、なんでターミネーターなんだ?」


「……。私に聞かないで。本人いるから……」


「あぁ、そうだな。」


 学校からの一斉連絡だった。

 <――昨夜からの豪雨により通学路の一部冠水が確認されました。

 つきましては、学生の安全確保の為、本日は休校といたします――>


「ちょっと、ほっとしたかも……」

 本音がこぼれた。


 しばらくして、千景もむくりと起きてきたので、三人で食卓を囲んだ。

 食事という、ほんのちょっとの時間でも現実を忘れて楽しめることが心地よかった。


 ちなみに千景の着信音の件は「データ送信」つながりで決めたらしい。



 ◇◇◇


 食後、二人には夢の中でノゾミさんに会った事を話した。

 どんな人で、どんなことを話したか、それと一番は、オロチはまだ死んでおらず、禊槍の中で「修理中」であることを報告した。


 二人とも彼の無事を喜び、ほっとした反面、じゃ、いつオロチは復活するのかとか、待てるだけの時間はあるのかとか、次に考えなければならない事は山積みで、結局は頭を悩ませる事ばかりだった。


 その間も壁にたてかけられた禊槍は時折、身震いをして、家の壁を鳴らしていた。


 また、例の「ぶっ飛んだアイデア」についても、みんなに話してみた。

 最初は驚いていたが、そう思った根拠とか、成功する根拠なんかも説明すると、最初は少し心配していた千景も「ま、私の鈴があれば何とかなるよ」と特に根拠は無さそうだけど、私のアイデアを後押ししてくれた。



 しばらくして、雨の中休み、小康状態となった。


「……、よし!」


 私は立ち上がり、槍を手にした。


 とりあえず、サヤのところにいつ行くかはこれから考えるとして、その前に覚えなければならないことが一つある。


 それはノゾミさんやオロチがやって見せたように、私も邪鎮を舞うように振り回せるようになること。

 

 線引きをするにせよ、滅するにせよ、手足のように扱えなければ。

 

 私はそう思い、境内で槍を振り始めた。

 

 千景は縁台の腰掛け、ユーチューブで槍の扱い方の動画を探しては、私に見せてくれた。


 意識して振り始めると、槍の重たさが、ずしんと手に来る。

 昨日、フィールドから抜け出そうと必死だった時には何も感じなかった邪鎮が、今日はやたらと重い。


「はぁ、はぁ……。形を意識しながら振り始めると、変なところに力入っちゃうんだろうね、疲れるし、手も痛くなってきちゃう……」


「夕凪、鈴鳴らす?体軽くなる“鳴り”あるよ?」

 千景はオカ研トートから、メモ帳を取り出す。


「あー、魅力的な誘惑だけど、パス!

 基礎を固めてからじゃないと多分、後で困りそうだし」


「ストイックですなぁ。汗が滲む女の子は好感度、爆上がりですぞ?」

 千景はにやりと笑う。


「ただ、作者がそれを艶めかしく表現する語彙力が足りないのよ」


「夕凪がメタいこと、ゆうなって。」


「夕凪がゆうな。こういうのばっかだわ、この作品」


 それから、小一時間ほど、槍の練習をしていた頃だろうか。

 背後から突然声が聞こえた。


「なんだ、あれ。お遊戯会か?サコ」


「笑えるくらい、へっぴり腰だね~!ウコ」


 明らかに私のことを指して言ってる声が聞こえた。


「誰よ!私のことバカにするやつは!」


 振り返った先には誰もいなかった。

 確かに二人分の声が聞こえた。しかも、子供みたいな声。


「ゆ、ゆ、夕凪……、下、下、下見て!」

 振り向くと千景が目を輝かせながら、私の足元を指差していた。


「ん? 下?」

 下を見ると、二匹の動物が二本足で立って、こちらを見ていた。


「夕凪、お前ぜんぜん槍使えないじゃん」


「こんなひどいと思わなかったじゃん、ホントに祓い士かよ~」


 そこにいたのは二本足で立つ人語を話す動物がいた。


 白いフサフサの毛並みに、赤い模様が入った三頭身くらい。

 大きさは一メートルもない。五十センチ程度といったところ。

 一匹はオスっぽい顔つき、もう一匹はリボンをつけているメスっぽい


 ちなみにどちらも目つきはお世辞にも良くなかった。――言葉同様に。


「わっ!なになに!?」

 突然現れた動物に驚く私と対照的に、千景は目にハートを宿して小走りに近づいてきた。


「きゃぁわいいぃいぃぃぃ」


 動物好きの千景は、この喋る謎の生き物をまるで、犬猫を扱う感覚で、リボンのついた方を抱っこした。


 ――次の瞬間。


 ズバフッ!!


「ぶべらっ!」


 リボン付きの謎の生き物の、そのモフモフの前足?拳が千景の頬っぺたに食い込んだ。

 その反動で千景は尻もちをついて転ぶ。


「ったぁーい! 酷いよ、ネコちゃん!!」


 殴り倒した反動を使って、くるっと一回転して着地した、その生き物は千景を指差して怒っていた。


「おまえ、藤金千景だな!馴れ馴れしいぞ、人間のぶんざいでっ!しかも、ネコと一緒にするな、この痴れ者め!」

 

 可愛らしい見た目と、言葉のたどたどしさに私と千景はちょっと萌えた。


「あたしはサコ、で、こっちはウコ。われらは『ウカノミタマ』――ウカ様の命で、お前たちのとこに来た神使だぞ!きやすく抱っこするな!」


「そうだ、にんげんのくせに見下ろすな!」

 なんとなくの圧に押されて、私と千景は膝をついた。


「あ!『うかのみたまのかみ』……つまりは、お稲荷様のキツネ!」

 私の言葉に、ウコとサコは腰に手を当てた。


「察しはいいようだな、夕凪! 槍はへっぽこだが!」

 オスのウコがフンッと鼻を鳴らす。


「だね!へっぽこだけど~」

 メスのサコが意地悪そうに笑う。


 ――めっちゃ口悪ぃ。

 私と千景は同じことを思った。


「――で、そのウコとサコは何しに?」

 千景が二匹に聞いてみた。


「そんなこと聞かなくても分かるだろ!オロチ復活までサポートをしてあげなさいと、心優しいウカ様がヘッポコ祓い士コンビに遣わしてくれたんだよ!感謝しろ!」


「そんなことも分かんないのか、たわわ娘!成長したのは胸だけか!」


 千景は一瞬、沈黙した後、彼女の周りに怒りのオーラが宿り始めた。


「あー、千景ちょっと、カチーンときちゃったかもー」


 その怒りのオーラにウコとサコも、「あ、やべっ」と小さく声を漏らした。


「っ!待てぇ、こるぁーっ!キツネーズ!」

 千景が神楽鈴を握りしめて、二匹を追いかける。


「やべぇ、にっげろ~!」


 これが、私たちと稲荷神社の神使のキツネ、ウコとサコとの出会いだった。

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