第31話 夕凪のたわわと千景の超たわわと、あの人の夢。
光徳神社に夜のとばりが下りた。
降り続く雨が境内の木々を揺らすたびに灯籠の灯りに反射し、煌めいている。
父の勧めで、千景を神社に泊めることにした。
サヤの敵意は明らかに、千景に対しても向いていたので、このまま彼女を帰してしまえば、何が起こるかは語らずとも明白だった。
――と、人の心配をよそに、千景本人は久しぶりの私の家でのお泊りにウキウキだった。
◇◇◇
「いてて……、やっぱ擦り傷がしみる」
お風呂に浸かり、改めて自分の体を見てみると、あちこちが擦り傷だらけだった。
サヤと直接戦ったわけではなく、思い出してみれば、戦闘中は転んでばっかりだったなと、今頃になって、自分の不甲斐なさを噛みしめていた。
傷を勲章にしたくもないけど、同じ傷だらけになるなら、もう少し「やった感」も欲しい。
そんな事を考えながら、湯船に深く浸かった。
とにかく、ゆっくり疲れを癒し、今日はもうゆっくりと寝たい。考えるのは明日。
――なんて、思ってたのに。
「いやぁ、夕凪と一緒にお風呂入るの何年ぶりだろうねぇ~」
千景にお風呂を勧めたら、やたら、お先にどうぞ、と言っていたから、こうなるだろうなとは思ってた。――分かり易すぎる。
千景も、腕とか足のあちこちに擦り傷を作ってるのが見えた。
私より少し背が低い小動物系女子なのに、あれだけの度胸って、一体どこから出てくるんだろう。
そんなことを考えながら、体を洗う千景をぼんやりと眺めていた。
が……、
驚愕の事実に、私は気付いてしまった……。
ちょ、いや、……かなりデカくね、コイツ?
服の上からしか見た事なかったし、ま、背のわりにはちょっと大きいなとは思ってたけど……
千景の『生・超たわわ』を初めて見た私は、無意識に腕組みしてしまった。
こいつ、昔はこんなんじゃなかった気がするんだけど……
ま……負けた。
瞬時に自分の「完全敗北」を察してしまった。
もはや、邪滅槍と、邪鎮くらいの違いか。
いや、言い過ぎか、ぐぬぬぬ……
認めたくないが、マイ たわわ イズ 大幣くらいか……。
「……夕凪氏。」
後ろ向きの千景がぼそりと呟く。
「は、はひぃ!」
びっくりして変な声が出た
「わらわが、夕凪の視線に気付いておらぬとでも思うたか……」
「え?あ、いや、みてないよ?なんのことだか……」
千景はこちらを振り向くと手桶でジャバーッと泡を流し、湯船に飛び込んできた。
「とぼけおってからに!拙者の千里眼が気付かぬわけがなかろうてー!!
あちきのを見たからには夕凪の“たわわ”もみせるのじゃー!」
「ちょちょちょ、ごめん、ごめん、ごめんて!!てか、一人称がバグってるよ、千景!」
「おだまりなさい、さあさあ、見せるのじゃ、夕凪たわわをー!」
「あぁーーー、ごめんなさぁーい!!」
夕凪の叫びが響き渡る。
その声は当然、彼女らの晩御飯の支度をしていた篤信にも聞こえていた。
「……仲がいいのは結構だが、年頃の女の子が、なんちゅう会話しとんじゃ」
◇◇◇
父以外の誰かがいるのは久しぶりだった。
まして、それが今日だったのは本当に救われたと思う。
これが一人だったら、また悪い方へと考えてしまっていたかもしれないと思うと、千景がいてくれて本当に良かった。
夜も更け、私の部屋で一緒に寝る事にしたが、千景は一緒の布団で寝たいと言ってきた。むしろ、私もそうしてほしかったので、ちょうどよかった。
また、サヤの夢を見そうで怖かったから。
お互いに腕を組んで抱きつくような感じで横になる。
疲れていた分、夢に落ちるもの早かった。
『――ゆうな……夕凪ちゃん。』
『……誰?』
その声はここ最近の悪夢で聞いていた声と違った。
でも、確実に知っている声だった。
『へへ、……誰だと思う?』
『あ……、その笑い方……、ノゾミさん?』
『うん、正解。よく分かったねぇ』
真っ暗な視界に小さな光がふわっと舞い降りてきて、雪のように降り積もり、人の姿へと変わった。
優しい光がゆっくりと輝きを抑え始めると、幻視で見たノゾミがそこにいた。
長いストレートヘアに優しそうな微笑み。攻撃と防御力を兼ね備えた戦闘特化型の動きやすそうな巫女衣装を纏っていた。
『あ、あの……私、ノゾミさんとオロチの大事な思い出を見ちゃいました。
ごめんなさい』
『ううん、気にしなくていいよ。こちらこそ、ごめんね。
苦しい思いさせちゃったよねぇ』
ノゾミは続けた。
『あれはミスったよねぇ。
まさか邪滅槍が折れるなんて思わないじゃん?ポキーだよ?ポキー。
かといって、状況的にも撤退も出来ない状態だったしねぇ。
今で言う、詰んだってヤツ?』
私が何も言えず、うつむいてると、ノゾミさんはスタスタとこちらに近づいてきて私のほっぺたを両手で優しく引っ張った。
『こら、後輩ちゃん。先輩の決死ボケには笑うか、ツッコミいれなさい。ねっ?』
ノゾミさんはニコッと笑った。その笑顔はとても可愛かった。
『あ、あの!……その……』
オロチのことを話そうと思ったのに、言葉が続かなかった。でも、ノゾミさんが察してくれた。
『夕凪ちゃんが言いたいこと、聞きたいことは、オロチのことでしょ』
『は、はい……、あ、あの、ノゾミさん、ごめんなさい。オロチ……私たちを守るために……』
それ以上、言葉が出なかった。出したら泣いてしまいそうで。
『ふふ、こんな若い子泣かすとか、アイツよくないなぁ』
ノゾミさんは私のほっぺたをまた優しく引っ張った。
『泣くな、夕凪!――オロチは死んでないっ』
『ふぇっ?』
引っ張られてるせいで変な声が出た。
『――ねぇ?夕凪の禊槍……、大幣に戻らないでしょ?』
『は、はい』
『なんか、禊槍、たまに小刻みに震えてるでしょ?』
『は、はい!――も、もしかして……』
ノゾミはニコッと微笑んだ。
『うん、オロチは死んでないよ!でも、相当なダメージを受けてはいるから今は禊槍の中で修理中!あはは、箱入り息子かっ!てね』
ちょっと、ノゾミさんに千景っぽさを感じつつも、オロチの無事が何よりも嬉しかった。
『そっか、良かったぁ……、てっきり死んじゃったかと思った』
結局安心したら、涙が出てきて、へたり込んでしまった。
そんな私を見るノゾミさんは目を細めて笑っていた。
『ね、夕凪。あの子なんとかなりそ?』
『サヤちゃんですよね……、正直どうしたらいいか。分からなくて』
『そっか、じゃ、先輩から考え方のヒントあげる』
そう言うとノゾミさんは祓い士としての考え方や心の持ちよう、女の子ならではの悩みなどを教えてくれた。
『大事なことは相手の立場に立って寄り添おうとしないこと。分かる?
あなたの立場を理解した上で、私なりにできることをします。なので、それでひとまずは満足してください。悪いようには決してしません。って示すことだからね?』
私はしばらく考えた。
サヤが納得する、いや、納得させる提案。
それでいて、それは私自身、無理なく出来る提案……
ふっと一つ思いついたものがあった。
――ノゾミさん、こういうのどうかな?
私はダメ出し覚悟で、彼女の耳元で私の案を話した。
『あははは、本気で言ってんの、夕凪?』
『はい、割と本気で……アウトですか?』
『いや、いいよ、それ!神様側的にも全然問題ないんじゃないかな?
いいね、それでやってみようよ!
それくらい、ぶっ飛んだアイデアの方が、意外と刺さるかもよ!』
『ありがとうございます!はいッ!頑張ります!』
ノゾミが両手を伸ばして、体を伸ばした。
『んー!さぁて!可愛い後輩ちゃんと話せたし、そろそろ帰ろっかな』
『あ、帰るって……』
『ん、私、今ね、神さまのとこにいんの。頑張ったから特別……と言う名のブラックゴッド㈱への永久就職よぉおぉぉ』
ノゾミはワザとらしくガクッとして見せた。
『――だからさ、こっちにオロチ帰ってきてない時点で、まだそっちにいるってこと。』
その言葉に私は少し微笑むことが出来た。
『だから、まだしばらくは夕凪にオロチ貸しといてあげるよ。』
『貸しとくって、モノかよっ』
祓い士の神さまみたいな人に軽ツッコミしてみた
『いいね、そのノリ! ふふ、でも、こっち戻ってくるときには、ちゃんと私に返してもらうからね。一応、私のオロチなんだから、ふふふ。』
少しの沈黙が落ちた。
ノゾミの言っている意味がやっと理解できた。
『え、ええ、え、え。ち、ちがっ、私、オロチにそんな感情ないですって!!』
『ふふふ、いーの、いーの。どっちみち、オロチがそっちにいる間は私、構ってあげられないからさぁ。夕凪は私の代わり。よろしくねぇ』
『んんん……、ノゾミさん、いじわる』
『オロチと一緒にいれる夕凪に嫉妬だよ!わざと言ってみた♪』
そして、にこやかな笑顔で手を振るノゾミの光がゆっくりと消えるとともに、私はすぅっと目が覚めた。
窓の外は今日も雨。
でも、心の中はとても暖かかった。




