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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第3話 ついでに祀られた自称・神。サンダル履きのニート『オロチ』


 その「何もない一日」が崩れたのは家についてからだった。


 まとわりつくような湿気と、薄く曇った空。

 朝よりもさらに濃い水の匂いがしていた。


 鳥居をくぐった先、境内には、誰もいなかった。

 風も、ほとんど吹いていないのに、木々の葉が、ざわりと一斉に鳴った。


 嫌な感じ――というよりは、妙な違和感だった。

 空気の密度が一段、重くなったみたいな。


「……お父さん?」


 社務所を覗くと、父の姿はなかった。

 机の上に、メモだけが置いてある。


氏子総代うじこそうだいのところに行ってくる。夕飯までには帰る』


「ふーん」

 一人きりになった境内に、私の声が浮いて消える。


 鞄を社務所に置いてから、私はなんとなく拝殿の前まで歩いていった。


 年季のはいったこげ茶の賽銭箱。


 すこし色褪せた鈴緒。


 物言わぬ狛犬の石像


 たくさん行き交う交差点の車の流れが途絶えた。車の音が消えた。


 差し込んでいた木漏れ日が消え、いつもは騒がしい鳥の声も消えた。



 森の中に薄暗さが落ちる。


 さっきまで何も感じなかったのに、今は――。

 そう考えた矢先


 ぞわり。


 足元から、冷たいものが這い上がってきた。


「……え?」


 視線を落とす。


 拝殿の石段の下、雨も降っていないのに、石の隙間がじっとりと濡れていた。

 じわ、じわ、と水が滲み出している。

 

 いや違う。これは、水の影だ。

 光の角度のせいなんかじゃない。


 石の上に、黒い水たまりが広がっていく。

 私の足元めがけて。


「――っ! これ、夢でみた光景と一緒!?」


 身体が先に動いた。

 一歩、二歩、後ろに下がる。


 バシャッ。


 目線を落とす。

 そこにはもう水たまりが出来ている。


 黒い水がはねて、形を変える。

 細長く、伸びて、指のように分かれて――。


 「女性の手」の形になった。


 石段の上に、ぬらぬらとした黒い水の手が這い上がってくる。

 

 マズい、この手に掴まれた場合の結末を私は知っている。


「わっ、わわっ、わっ」


 飛び跳ねるように避ける私の足を、その手が追いかけてくるようだった。


 指が、私の足首を掴もうとして――。


「こらっ!」


 口が勝手に叫んだ。

 なんで、自分ちの庭で人生終了のピンチにならなきゃならないのかと考えたら、ちょっとイラっときた。

 同時に、私はかたわらに立てかけてあった竹ぼうきをつかみ、その黒い手を力任せに叩きつけた。


 バシャァッ!


 水飛沫が石段に散る。

 でも、それはすぐにまた、じわりと集まり始めた。


 掴まれる。

 ここで掴まれたら、良くない。


 理由は分からない。けれど、本能が警鐘けいしょうを鳴らしていた。


 どうする。

 どうすれば――。



「鈴だ、鈴を鳴らせ。」



 耳元で、誰かの声がした。

 男の声。

 ――そうだ、夢の中でも聞こえた、この声。


 考えるより早く、私は竹ぼうきを放り出して拝殿に向かって走り出す。


 私が水たまりを走る、バシャバシャという音とは別の音。


 ざざざざ……


 まるで波のような音が、私の後ろで聞こえてくる。

 振り返るほどの距離も余裕もない。

 とにかく、言われたとおりに鈴を鳴らす。


 その手が私の足首を掴んだか、私の手が鈴緒にかかる方が早かった分からない位の刹那。


 両手で鈴緒の縄をつかんで、思い切り引く。



 ガランガランガランッ!!



 拝殿の中で、大きな鈴の音が爆発した。

 音が空気を震わせる。

 その震えが境内に広がって――黒い水の手を叩きつける。


 じゅっ、と何かが焼けるような音がした気がした。


 水の手が霧みたいにほどけて、石段の隙間へと逃げるように吸い込まれていく。

 境内を覆っていた湿り気も、冷たさも、消えていった。

 また鳥の声や車の音が戻ってくる。



「はぁ……はぁ……」



 私は鈴緒にしがみついたまま、肩で息をしていた。

 額から汗が垂れる。

 心臓がうるさい。

 左の足首あたりが少し焼けるような冷たさを感じる。


 恐る恐る足元を見る。

 そこにはもう、水たまりはなかった。

 

 でも――濡れている。

 私の足首。指の跡みたいに、黒い水の冷たさが残っていた。



「初対面でいきなり、引きずり込むのはマナー違反だよな。

 とりあえず、手助けしたやったんだ。礼くらいは言ってくれてもいいが?」


 突然の声に心臓が飛び出しそうなほどに跳ねた。

 声がした方をみると、境内の隅、今朝見た石祠の上で、足を組んで、スマホをいじっている青年がいた。

 細身で、だるそうな態度、けど、その瞳は、まるで蛇のように縦に裂けた瞳孔をしていた。


「……だれ」


 辛うじて、それだけ絞り出す。


 青年は、にやりと口元を上げた。


「ククッ、たしかにそうだな。自己紹介が先か。」


 ゆっくりと立ち上がると、石祠を軽く叩いた。


「俺はオロチ。この端っこの祠の主。

 光徳神社の隅っこで、ついでに祀られてる龍蛇りゅうだの神様」


「――で、日々、《《支店》》の端っこで、のんびり窓際族やってたのに、お前を一人前の『祓い士』に育て上げろっていう、『面倒くさい業務命令』が出ちゃったわけだ。 まったく、サビ残もいいとこだよな」


「祓い士……なにそれ」


「ま、色々と気になることは多いよな。――いいよ、質問コーナーに付き合ってやるよ。俺も人間と話すのは久しぶりだし、この生活にも飽きはじめてたし。」


 オロチは祠から足を下し、ユラユラとこちらに向かってきた。


「『考えとく』のお時間はそろそろ終わりそうだぜ、JK巫女」


 オロチは笑った。



 「さあ、新人研修開始といこうか」



ここまでのお話が面白いと思っていただけましたら、星やブクマを頂けますと、作者、執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。

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