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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第29話 泣き虫の咆哮と折れない槍、折れない心


 逃げ込んだ光徳の境内は、やっぱり今日も空気が澄んでいた。

 降りしきる雨の中、三人はぜえぜえと上がる息で、顔を空に向けていた。


 時折、父、篤信の結界が甲高い音を立てて、結界の表面を光が走った。

 それは、まるで雲間を走る雷のようだった。


「はあ……はぁ、……俺にできる最高強度の結界だ。そう簡単には破れない……と思う。」

「はぁ、はぁ……、夕凪父。……はぁ、……『と思う』はやめてほしいっす」

「千景ちゃん……、そうは言ってもさ。あの祟り神、めっちゃ強いぞ、あれ。」


 年齢の割に体力のある父だが、JK二人のペースに合わせて、サヤのフィールドから家まで全力ダッシュで逃げてきたこともあり、装束姿なのに地べたに大の字になって倒れ込んだ。


「はぁ、はぁ……『僧侶、HPゼロ、戦闘不能。』って感じっすね」

 千景も息切れして苦しいはずなのに、変なギャグを言うのは忘れないあたり、マジで肝が据わってんなと思った。

「はぁ、はぁ……、千景……僧侶は仏教!……ウチ仏教じゃないからっ。」

 私はこんな時にも千景にツッコミを入れてしまう自分も大概だなと思った。


 ふと傍らに置かれた禊槍を見た。

 自分の背より大きい禊槍は今も時折、じじじ、と電気でも帯びているかのように小刻みに震えていた。

 私は整い始めた息を、ふぅと吐き、立ち上がると、禊槍を手に取った。

 改めて息を整えて、言葉を発する。


「――槍よ、その力を納め給へ」


 さっき、オロチが槍に呟いた言葉を覚えていた。

 しかし、禊槍は夕凪の言葉にはまったく反応せず、今も時折、小刻みに震えるだけだった。


「なんでだろ、大幣に戻らない……」

「オロチとか神様の言う事しか聞かないんじゃない?」

 千景の言葉に一瞬納得したが、ノゾミさんは自分でコントロールしていたのを思い出した。

 しばらくの間、考え込んでいたが、ある事を思いついた。

「……まさかね」

 そんな言葉を吐いて、また禊槍を構えた。


「――龍哭く穂先よ、禍つ神の座を断ち切り滅し給へ」


 すると、禊槍の柄から、とてつもない圧が噴き出し、その衝撃波だけで髪が揺れた。

 禊槍はみるみるうちにその輝きを変え、黒鉄色に鈍く輝く柄が現れた。

 そして、先ほどと同じように禊槍の穂先の白光が消え、赤黒い燐光を帯びた、鋭い穂先を光らせる。


ところが、それと同時に柄を掴む夕凪の両手に強烈な衝撃が走った。


「――!! いったぁ!!めっちゃ手ェ痛い!!」

 あまりの衝撃に槍を思いきり上に放り投げた。

「ど、どど、どうしたの?」

「あ!ダメ!!千景それ触んない方がいい!!」

 咄嗟に放り投げられた槍を受け取ろうとした千景を制した。


 ―が。


「あ゛ーーーーっ、たたたたたたたっ!!」


 父はやはり神職、そして、祓い士補佐の性か、宙を舞った邪滅槍を見過ごせず、しっかりキャッチし、悶絶していた。


「あたたって……ケンシロウやん」

 千景がぼそりと呟いた。


 結局、父もあまりの激痛に槍を放り投げてしまい、槍は境内に刺さるわ、父は悶絶してまた倒れ込んでしまっていた。


「夕凪父、指先一つでダウンですな」

 千景がまた、ぼそりと呟いた。



 ◇◇◇


「――槍よ、その力を納め給へ」


 次は私の言葉に反応し、邪滅槍は禊槍へと戻った。

 その後も大幣に戻そうとしたが、それだけは何回やっても言う事を聞くことはなかった。


「なぜか大幣には戻らない。――ていうか、邪滅槍、使用者にも痛み……というか神経をすり減らされる感じがした。これ予想以上に相当危ないヤツだよ」

 父も両手を振りながら痛みを散らしている。

「こんなの常人には絶対扱えないシロモノだな。やっぱすごいな、祓い士って」


「そうだね、ノゾミさんって、こんなヤバいのを舞うように振り回してたよ」


「いや、夕凪、お前気付いてないだろ。

 邪滅槍ほどじゃないが、禊槍ですら、この変な電撃走るぞ?

 やはり一定の能力者じゃないと持てないんだろうな。」


 父は呆れたような顔で私を見ていた。


「お前自身も、ちゃんと祓い士として成長してる証なんじゃないか?」

 誇らしげに言う父に、私はあまり共感してなかった。――だって、この槍も預かって数日しか経ってない。それで成長と言われてもピンと来なかった。


 気付けば、境内はいつもの静けさを取り戻し、さっきまでうるさかった光徳の空も落ち着きを取り戻していた。サヤの黒い水も諦めて、光徳から離れたのかもしれない。


 とにかく今は槍のことも、オロチがどうなったのかも、サヤは諦めたのか、街を沈めると言ってたことを本当に実行するのかなど、分からないことだらけだった。

 いずれにしても、今のままでは、サヤには勝てない。

 何かしら次の手を考えて、一刻も早くサヤの暴走を止めなければならない。


 降りしきる雨は、まるでサヤからのカウントダウンのようだった。


「とにかく!なんとか生き延びることは出来た。私はオロチはまだ死んでないと思う!きっとまだサヤを止める手はあると信じてるよ!」

 置いてあった槍を杖代わりに千景が立ち上がり、声高にそう宣言した。


「……え??」

 父が目を丸くする。

「ちょちょちょ、千景ちゃん、禊槍、手にしてなんともないの??」


「え?――あぁ、こんなん振り回して、夕凪も凄いですよね。

 私じゃ、おととと……ほら、振り回せないですもん」

 両手で構えるものの、ちゃんと槍を振れない千景は笑っていた。


 ――私と父は、親子して、『そこじゃねぇよ。』と思った。


「千景。それ触っててなんともないの?お父さんは禊槍でもびりびり来たって……」

「夕凪父はビリビリ恐怖症なだけですな、全然だいじょうぶですよ、ほら。ははは」

 私と同じく、禊槍なら千景にも全くなんともない様子だった。


 適性があるのか、ただ変わってるだけなのか、篤信は千景という存在が、彼の理解の範囲外にあることを悟り始めていた。


どうせなら、邪滅槍モードの時に触らせてみればよかった。と思ったのは言うまでもない。

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