表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/32

第28話 帰還

 28。帰還


 時間の感覚が、どんどん曖昧になっていく。


 サヤのフィールドの影響かスマホの電源も落ちたままで、あれから何分、何時間経ったか確認する術もなかった。


 サヤに見せられた幻視、父から聞いた話。

 どれもが心を締め付けた。


 オロチが抱えているものをどうにか出来るほどの力もないし、きっとアイツのことだから、白けた態度を取るんだろうけど、それでも、オロチに一分でも早く帰ってきてほしかった。


 とにかく無事を確認したかった。


 やがて――


 フィールドを覆っていた闇の結界に、大きな亀裂が走った。


「……!」


 思わず立ち上がる。


 亀裂はみるみるうちに蜘蛛の巣状に広がる。

 そして、亀裂の隙間から赤黒い光が漏れ出し、結界が内側から破片となって爆散し、黒い水となって音もなく地面へと消えていった。


 私たちはとっさに顔を隠し、身を守った。


 雷の音がぴたりと止まった。


 水の音もしない。


 ひどく静かだ。


 消えゆくサヤが作ったフィールドの中央に、誰かが立っていた。


 人の姿。


 黒い髪。ボロボロになったパーカー。肩で息をしている背中。

 仁王立ちで、少し頭をもたげるように立ち尽くしていた。


 そして、サヤの姿は、どこにもなかった。


「……オロチ、だ」


 胸の奥が、きゅっと締まる。


 生きてる。


 本当に、帰ってきたんだ。

 足が勝手に前へ出る。


「オロチ――!!」

 叫ぶ声には、自分でもびっくりするくらい、いろんなものが詰まっていた。


 安堵とか、悔しさとか、怖さとか、嬉しさとか。


 千景も、泣き笑いみたいな顔で叫ぶ。

「ほら、夕凪!アイツ勝ったんだよ!! 言ったじゃん、アイツ絶対戻ってくるって! 約束守ったんだよ!」


 オロチは、振り向かなかった。


 ただ静かに立っている。


 その背中の輪郭に、何か違和感があると気づいたのは、数メートルほど走った時だった。


 肩口から、光が零れている。

 それは、月明かりでも、街灯の光でもない。

 光の粒だった。

 あちこちが破れた黒いパーカーの肩の布地の隙間から、きらきらと細かい光の粒が舞っている。

 風もないのに、ふわりと周囲に漂って、すっと消える。


「……え?」


 予想もしてなかった姿に足が止まった。

 今度は背中だけじゃなく、腕の辺りからも、髪の端からも光が漏れ始めていた。


 輪郭が、薄くなっていく。


 まるで、そこに立っているのがただの影で、本当の体は、どこか別の場所に引っ張られているみたいに。


「オロチ……?」


 呼びかけるが、返事はなかった。

 彼の肩が、わずかに震えたように見えた。


 その動きが、振り返ろうとした仕草なのか、単に力が抜けているだけなのか、私には分からなかった。


 でも、オロチは振り向かなかった。


 光の粒子が増えていく。

 肩から、背中から、足もとから、じわじわとこぼれ落ちて、空気の中に溶けていく。


 慌てて駆け寄ろうとしたところで、膝から力が抜けて、転んでしまった。

 嫌な予感しかしない。

 急いで立ち上がって、またフラフラと歩き出す。

 足に力が入らないし、胸が痛くて、息がうまく入っていかない。


「え、ウソだ……いやだ、やだよ、オロチ。

 帰ってきたんだよね? 戻ってきたんでしょ? ねえってば……!」


 とにかく言葉が欲しかった。いつもみたいな軽口で。

 それを確認するための言葉が口からこぼれる。


 さっきまで「必ず戻る」と言っていた声が、どこにもない。


「オロチ!! なんとか言ってよぉ」

 千景は泣きながら叫ぶ。


 その声が届いたのかどうかも分からない。


 最後に、オロチの頭の辺りから、大きな光の塊がふわりと浮かび上がった。

 それが、邪鎮の禊槍の方へと流れて来たような気がした瞬間。


 私たちは目が眩むほどの光に包まれた。


 徐々に視界が戻る。


 視線の先、さっきまでオロチがいた場所にはもう誰もいなくなっていた。

 オロチの姿は跡形もなく消え、残っていたのは、波紋ひとつ立たない静かな水面だけ。


「……っ、嘘、でしょ……」


 声がかすれる。


 何かがぷつりと切れたみたいに、足の力が抜けてその場に崩れ落ちた。


 胸の奥が、ノゾミさんの記憶を見た時と同じように、じりじりと焼ける。

 さっき見た光景と、今目の前で起きたことが、頭の中で重なった。


 胸を貫かれたノゾミさんの笑顔。


 その前で叫んでいたオロチの姿。


 そして今度は、そのオロチが、私たちの目の前から消えていった。


「どういうこと? なんなの?……勝ったんじゃないの?

 ……意味わかんないよ!」

 状況が全く理解出来なかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。


 千景は、何度も首を振っていた。

「やだ、やだよ……そんなの、やだ……!

 だって、だってあの人、戻るって言ったじゃん……!」


 涙で視界が滲む。


 しゃがみ込んだ膝の間に顔を埋めてしまいたかった。


 全部見たくない。


 何も聞きたくない。


 そんな、逃げ出したい気持ちだけが、胸の中でぐちゃぐちゃに渦巻いている。



 その時だった。


 足元が、ひんやりと冷たくなった。

 さっきまで乾いていたはずの石畳に、じわり、と水が滲む。


「……え?」


 顔を上げると、あのフィールドの黒い水面が静かに波紋を広げていた。

 空気が重くなる。


「うそだ。……なんでまたフィールドが……」


 空気が軋むような不快な音を立て始めていた。


(――これが祟り神本体が顕現する時、特有の音だ。覚えとけ)

 オロチの言葉を思い出す。


「う、ウソだ。……なんで?……どうして」


 喉の奥から、無意識に、かすれた声が漏れる。


『ゆうなちゃん。どこに行くの?』


 泣いているような、笑っているような優しい声が私を呼び止めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ