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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第24話 大好きだよ、ごめんね

戦いは一進一退を繰り返し、長い膠着状態が続く。

しかし、祟り神は、決して一歩も退かない。

邪滅の槍は、その座のすべてを断ち切るには届かない。


息が、白くなっている。

夏じゃないのかもしれない。

季節の感覚さえ、わからなくなっていた。


消耗していくのは、いつだって実体のある方だった。ふと、横を見ると。


オロチの左半身が、赤黒く染まっていた。


さっき掠めた雷撃か、それとも吹き飛んできた岩か。

狩衣が破れ、肌が黒く焦げている。


「――っ!! オロチ!」


「ケッ、こんなもん、かすり傷だ。気にすんな!」


そう言いながらも、オロチの足元がふらりと揺れた。


その瞬間を、祟り神は見逃さなかった。


空の黒い穴の縁が、ぎゅっと狭まる。

谷全体の雨が、一瞬だけ止まった。

空気が、張り詰める。


次の瞬間、雷雨そのものが、青白い一本の槍になって落ちてきた。


雷と水が絡み合って爆ぜる巨大な矛。山と谷をまとめて貫くつもりの、最後の一撃。


「――ッ!」

オロチが目を見開く。


体が動かない。

足元の地面が、さっきの傷のせいでうまく言うことをきかない。

逃げ場が無い。

雷の矛の軌道の先に、確かにオロチの姿があった。


考えるより先に身体が動いていた。


「やめろっ!! ノゾミ、退け!!」

オロチの叫びを背に受けながら、前へ飛び出す。


「退かないっ!!」


邪鎮の槍を、両手で構える。


――分かっている。

これは、邪鎮のままでは受け止められない。


だから。


「龍()く穂先よ、まがつ神の座を断ち切り滅し給へ――」


祝詞が、雨音の中でくっきりと響いた。


槍の光が変わる。

白かった光が、黒鉄色に沈み、その縁を赤い燐光が縁取る。

雷鳴と同じ高さで、槍が鳴いた気がした。


邪滅槍じゃめつそう


ノゾミは、舞うように槍を構える。


「――邪滅じゃめつ冥祓墜めいはっついきわみ!!!」


雷の矛と邪滅槍の最終秘技の軌道が空中でぶつかる。


「ダメだ!!やめろ、ノゾミっ!!!!」


目を開けていられないほどの光と、耳を裂くような咆哮。

槍が、悲鳴を上げた。


私の腕に、衝撃が走る。

骨ごと粉々になりそうな力。

膝が笑う。

けれど、踏ん張る。


ここで退けない。

ここで折れたら


……大切な人を守れない。


「……っ、まだ……!」


ノゾミの歯が、きしんだ。


その刹那――


嫌な音がした。


乾いた、ひび割れるような音。


邪滅槍の穂先の根本に、細い亀裂が走る。


赤黒い光が、そこから滲んで、弾け飛んだ。


まるで血しぶきのように。


「あ……」


ノゾミの口から、声にならない声が漏れる。


次の瞬間、邪滅槍の穂先が、根元から折れた。


折れた刃が、雷の矛に飲み込まれる。矛は、もう誰にも止められない。

残ったのは、折れた柄だけ。


それを握りしめたまま、ノゾミの胸を、雷と水の矛が貫いた。


世界が、一瞬、静かになった。


音が、遠くなる。


自分の胸を貫いている光を、上から見下ろしているような、妙な感覚。


肺に入ってくるのは、空気じゃない。

焼けた水蒸気と、鉄の匂い。

喉の奥に、熱いものがせり上がる。


視界の端に、足を引きずり、地を這うように、こちらに向かってくるオロチの顔が見えた。


ひどく、ひどく青ざめていた。


いつもの毒舌も、軽口も全部どこかに行ってしまった顔。


「……ねえ」


ノゾミの声が、かすれる。

それでも、言葉はちゃんと届くように出た。


「オロチ……、ふふ、ひどい顔してるよ」


オロチの目線がひどく揺れている。

「あ、あぁ、なんで。……なんで、何でこんなことに。」


私の開いたところを一生懸命塞ごうとしている。


「だめだ、だめだ だめだ、ノゾミ、あ、あぁ……」


塞ぐものなんてないのに。


「……オロチ」

ノゾミが、そっと呼ぶ。


「だ、だめだ。喋るな。……助けるから、俺が助けるから」

 焦りが滲むオロチの手をそっと掴む。


邪滅槍の折れた柄が、かすかに震えていた。

雷の矛の光は、少しずつ薄れていく。

祟り神の影が、霧のように解けていくのが、はっきりと分かる。


「私、ずっと……座を作る側でいられたこと。けっこう、誇りに思ってたんだよ?」


「なんだよ、それ。……まだ、終わってねぇよ。なぁ、今、言うことかよ、それ」

オロチの声が、ひどく掠れている。


ノゾミは、満足そうに目を細めた。


「うん……、人生の……総括的なやつ……へへ」


視界の中で、雨脚は少しずつ弱まり始めていた。

黒い雲が薄れ、山の輪郭が、少しずつ戻ってくる。

谷底を流れる濁流が、さっきよりも静かに見える。

止まらなかった怒りが、ようやく、どこかへ流れていく。


その様子を見届けるように、ノゾミは、最後の力で笑った。


「オロチ」

名前を呼ぶ。


「……今までありがとう。」


何かが、ぽたりと頬に落ちた。

涙か、雨粒か、黒い水か、もう区別がつかない。


「……大好きだよ。……ごめんね」


「……っ、……!」


ノゾミの意識は、静かに、底の方へ沈んでいった。


オロチの叫びが、どこか遠くで響いている。


それを聞きながら。




――視界が、暗くなる。



私の中で、誰かの記憶が、ぷつりと途切れた。


ぐらり、と足場が揺れる。

山の冷たい空気が消えて、代わりに、現実の湿った風が戻ってきた。


私が見ていたものを千景も見ていたようで、彼女の頬にも大粒の涙が流れていた。


その向こうで、オロチが、荒い息を吐いているのが聞こえる。


「……見せるなって、言っただろうが」

低く、軋むような声だった。


オロチの持つ邪滅槍の柄がかすかに震えている。


さっき見たばかりの光景が、まだ瞼の裏に焼き付いて離れない。


雷と雨。

折れた槍。


胸を貫かれながら笑っていた、ノゾミの横顔。

そして、声にならない叫びを天へと向けたオロチの姿


喉が、ひどく痛かった。

あれは、サヤが見せた記憶。


オロチとノゾミ、二人だけが知っていた、最後の祓いの光景。


それを見せたサヤの黒い水の気配に対して、私の胸の奥の何かが音を立てた気がした。


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