第20話 おねえちゃん
『ゆうな。あなた覚えてる?わたしたち会うの初めてじゃないんだよ』
「……え?」
『あなたの家の森の奥、あなたがまだ小さいころにお話したことがあるの』
黒い水面に立つ、酷く淀んだ人影――サヤは微動だにせず、こちらを向いているだけだった。
「……小さい、ころ?」
その瞬間、オロチは気付いた。
「しまった!おい、ソイツと意識を同調すんな!!」
遅かった。
意識はまたさっきと同じように霞み、視界は滲みだして、オロチの声はもう聞こえなかった。
―森の中
多くの木々が立ち並ぶ森。
少し薄暗い、どこかで見たことがある森。
私は足元を見た。――裸足だ。
地面がじっとりと、水気を帯びている場所に私は立ってる。
遠くで子供の声。――女の子?
『おねえちゃん、なにしてるの?』
振り向くと幼稚園くらいの子が立ってる。
―視点が変わった。
着物の女の子と、さっきの小さい子が何か話をしている。
歌を歌ったり、何か耳元で話して笑ったりしてる。
しばらくすると、小さい子は遠くを見て、女の子に手を振って帰る。
小さい子は大きな声で、『また遊ぼうね、絶対またくるからね』って言った。
女の子は……座ったまま手を振っていた。
日が暮れて、また明るくなって。
小さい子がまた来た。
『おねえちゃんに、お花摘んできたの!お庭に咲いてた、お花あげる!』
私が、その「おねえちゃん」にお花をあげたら、すごい喜んでた。
『――ちゃん、ありがとう』
私の事をぎゅっと抱きしめてくれた。
少しひんやりした体温。
『おねえちゃん、あげるものがないの、ごめんね。だからお歌教えてあげるね』
ひらいた ひらいた なんの花が ひらいた
れんげの花が ひらいた
ひらいたと おもったら
いつのまにか つぼんだ
『つぼんじゃうの、かわいそうだね』
小さい子が言った
『うん、でもね、お花はまた開くんだよ。そのお花が咲くこと忘れなければ、いつでもまたね』
女の子がそう教えてあげていた。
また日が暮れて、また明るくなって。
雨。
小さい子は来ない。
でも、女の子は今日もいつもの場所に座ってる。
また日が暮れて、また明るくなって。
今日も二人は歌を歌ったり、お話をしたりして、小さい子はまた来るねって言った。
女の子は「うん、ここでいつでも待ってる、必ず来てね」と言った。
そして、小さい子は帰った。
『――ちゃん、もう一人で森にいってはだめ。森はあぶないのよ』
『ママ、なんで? ――、森に行きたい!おねえちゃんが待ってるもん』
『お願いだから、ママの言う事をきいて。』
夜。
『あなた、最近――が、教えてない歌とか、花の事とかを口にするの。
おねえちゃんがいるとかって言うし。
こんな仕事だし、悪いものが憑いてるんじゃないかって心配だわ』
『……うん、森も神域だからね、悪い気は入ってこないとは思うけど……
念にため、祝詞はあげておこうか』
『ひらいた ひらいた なんの花が ひらいた……』
森。
『――ちゃん、今日も来なかった。』
日が暮れても、日が昇っても、女の子はいつもそこで、小さな子がいつ来てもいいように待ってた。
毎日、毎日、雨の日も、風が強い日も。
『――ちゃん、今日も来なかった。また来るねって言ってたけど』
どれくらいの時間が過ぎたんだろう。
その女の子はいつも、そこで待っていた。
私は足元を見た。――裸足だ。
なんとなく、この場所から少し離れてみた。
いつも小さい子が来たほうへ
神社だ。
あれ……ここは光徳だ。
森の影から光徳を見た。
なぜだろう。なぜかそこから先へは行ける気がしない。
『いってきまーす』
元気な声が遠くからした。
その声のほうへ振り向く。
――私だ。
中学生の私だ。
―視点が変わった。
中学生の私。
社務所から誰か出てきた。
『ほら、また忘れ物しそうになってるじゃない、そそっかしいんだから』
お母さんだ。――お母さんは私が中二の時に病気で死んじゃったから……。
そうか、今は中一だ。
『ありがと、お母さん!行ってくるね!』
一瞬だけ森の奥に視線を向けたけど、ゾワゾワするものを感じて、それ以上見るのをやめた。
森。
私と同じくらいの女の子。
お母さんと何か話をした後に、こっちをちょっと見たけど、行っちゃった。
すこしずつ悲しい気持ちが溢れてきた。
私はまた森に引き返した。
膝を抱えて座った。
孤独。
誰もいない。
誰も来ない。
なんで。
みんなのために決めたのに。
みんな助かったんじゃないの?
覚えててねって言ったのに
何もいらないから、私のために、お歌を歌ってねって言ったのに
ひとりは寂しいから。
また何も聞こえなくなった。
ひらいた ひらいた なんの花が ひらいた……
私……
なんのために死んだの?
ひとりは寂しい。
忘れられるのは寂しい。
だから。
ずっと一緒にいて
『……ゆうなちゃん』
――その時だった。
意識の遥か先で、小さな音が聞こえた。
その音は次第に大きくなり、うるさいほどに私の耳に響いた。
これは……鈴の音だ。
「……凪!!夕凪!!目を覚ましてってば、夕凪!!」
「……っ!!」
私の目の前に焦燥しきった千景の顔が映った。
倒れていたみたいで、ゆっくりと体を起こした。
「ふえぇえ、夕凪、死んじゃったかと思ったよ」
千景が抱きついて来た。
まだ現実と、さっきまでの光景の区別がつかない。
自分の手をみる。
大幣がない。
ふと視線を上げると、私と千景の前にオロチが立っていて、その手には禊槍モードになった大幣が握られていた。
オロチが横目で私を見た。
「JK巫女、悪かった。俺の判断が百パー、マズかった。
お前を危険に晒しちまった。」
「……がう。」
「え?何?夕凪」
千景が私の顔を覗き込んだ。
「……違う。悪いのは全部、私だ……」
「なにいってるの、どうしたの夕凪」
「サヤ……ちがう。――おねえちゃんとの約束を破ったのは私だ。
全部私が悪いんだ。あの日、また来るねって私言ったのに。
おねえちゃんはいつでも、私のことを待っててくれたのに……
私が……行かなかった。」
涙が溢れてきた。
「私、分かってた。知ってたんだよ。
……森におねえちゃんがいるのを。
それなのに、分かってたのに、見てみないふりしてた。
気付かないふりしてた。
目の前に……、目の前に、おねえちゃんはいて、いつも優しく見守ってくれて……
私が来るのを待っててくれたのに……」
「やめろ!自分を責めるな!!お前、完全にサヤの術中にハマってんだよ」
オロチが叫んで、続けた。
「お前、あのまま、あっちにいたら、マジでそのまま死んでた。
メガネが鈴鳴らさなかったら、マジで戻ってこれなかったんだぞ!
お前はサヤの術中にハマっただけだ、やるべきことを思い出せ!」
「無理っ!!!戦えない!
全部私が悪いんだもん!!
私が悲しませといて、今度は身勝手に線を引き直すなんて、意味が分かんないよ!!」
(ダメだ、アイツは完全にメンタル持ってかれた。それもこれも、俺の失態だ。)
後ろで地に頭をつけて、むせびなく夕凪と、よこについている千景の二人を、サヤから守りながら、オロチは舌打ちをした。
(サヤの力量を見誤った。最初っから禊槍モードで行かせときゃ、精神侵蝕なんて防げたのに)
サヤは、今もなお、黒い水面の上で、体をだらりとしたまま、動かない。
――どうする。
今は俺が戦うわけにはいかない。
JK巫女がこんな状態じゃ、撤退するしかねぇ。
二人を背負って逃げるしかないが、アイツの攻撃がどう来るか予測もできねぇ。
オロチは禊槍を強く握り直した。
「おい、メガネ。今の状態じゃ勝ち目がねぇ。JK巫女連れて一旦、光徳に逃げる。
合図したら鈴を、俺がいいって言うまで振り続けろ。お前らは俺が抱えて走る」
オロチは小さく呟く。
「わ、わかった。」
千景の声は酷く震えていた。
オロチが足を一歩動かしたとき、耳にサヤの声が響く
『……そんなことさせない』
その瞬間、千景の足元から黒い手が伸び、右手に持っていた神楽鈴を弾いた。
「クソッタレが……」
オロチは唇を噛んだ。
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