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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒―  作者: のら


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第18話 二つ名は「邪鎮の夕凪」ヨロシク!



 光徳神社の境内に、千景の声が響いた。


「夕凪ーっ! 朗報もってきたよー!」


 振り向くと、参道を小走りに駆け寄ってくる千景が見えた。


「……朗報!?どうしたの!?」


 千景は手を振りながら走り寄ってきた。

「サヤちゃんのホームグランド確定じゃー!ばっちこーい!」


「え!? ホントに!? いや、てか、なぜ高校野球の掛け声??」


 千景は私の肩を掴んで、軽く上がった息を整える。

「うん!冒険の果てに賢者シュエイ(守衛)のご神託をね!」


「……は?? それは賢者なの、神様なの!?」



 その後ろをオロチが脇腹を押さえながらフラフラと現れた。

「……おい、JK巫女。そのメガネのしつけ、どうなってんだ」


「どうしたの、オロチ!? お腹痛いの!?」


「物理ダメージだ。しかもクリティカルヒットだ」


「自業自得!エロゴッドめ」

 千景がジトーっとオロチを見ていたが、真剣な顔つきで私に向き直った。


「でね、要約すると……図書館で町史さらって、市役所で守衛さんに話聞けたんだよ!

 現役バードカメラマン兼ローカル湿地マニアの証言付き!」


「肩書き盛りすぎ」

 苦笑しながらも、胸の内に、ずっと引っかかっていた冷たい違和感がざわりと揺れた。


 あの最初の日。

 拝殿の石段から滲み出した、黒い水の手。

 野鳥の森の奥で聞いた水音と、かすかな声。

 それらが一本の線になりかけているのを感じた。


「で、どこ?」

 私の問いに、千景はオカ研トートからメモを取り出す。


「ここ。関越と圏央道がクロスしてるとこにあるバードゴルフ場の裏手。

 今も湿地は残ってるけど、その隣にあった溜め池は圏央道の工事で埋め立てられたって」


 手書きの地図上の一点を、指先がトンと叩く。


「元々、湧水地の脇に溜め池を作って、干ばつのときの命綱にしてた場所。

 で、サヤちゃんは、そこに――」


「埋められた」


 オロチが、代わりに言葉を継いだ。

 その声はいつになく低く、乾いていた。


「まだ確証はねぇが、恐らくそこで間違いねぇ。

 水が尽きかけた時代、最後の一滴を繋ぐために誰か一人の命を差し出した。

 ――で、現代で祠ぶっ壊されて、紙っぺらだけで、どっかに移したことにしておしまい。」


 オロチは石畳に視線を落とす。


「……そりゃ、拗ねもするわな」


 境内の空気が、さっきまでよりも重く感じる。


「じゃあ、そこに行けば――」


「ああ、たぶん、いる」


 オロチは短く断言した。


「鶴ヶ島の水回りは把握してたつもりだったが、忘れてたわ。

 守衛のじいさんの話聞いて、その場所聞いた瞬間、背筋がゾワっとしたからな。

 あれは水神由来の瘴気だ。間違いねえ」


「……行くしかないよね」


 気付けば、拝殿脇に立てかけてある大幣(おおぬさ)をギュッと握りしめていた。

 雷電池(かんだちがいけ)で龍神から借り受けた祓い士としての武器。

 その重みを掌で確かめながら息を吸い込んだ。


「あ!夕凪、その大幣の袋かわいー!」

 千景は私が夕べ作った和柄の大幣を入れる袋に興味を示した。


「うん、これ、もう着なくなった和服をリメイクしたんだ!

 持ち運びも便利だし、可愛いでしょ!」


「そうだね! てか、そんな棍棒(こんぼう)もってウロついてたら、逮捕待ったなしだしね!」


「たーしかにー。」 みんな同意した。


「てかさ、夕凪父になんていう? 大幣、勝手に持っていくわけにいかないでしょ?」

 たまに千景は、まともなことを言う。


「こっそり行くしかなくない?」


「こっそり行くなよ、祓い士見習い」

 オロチが呆れたように笑う。


「……じゃあ、なんて言えばいいのよ。

 『これから祟り神になりかけの人柱さんと交渉してきますんで、大幣借りるよ』って?」


「それはさすがに親として止めるだろ」


 オロチの返しに私はため息をひとつ吐いて覚悟を決めた。


「てかさ、正式な祓い士になったら、どのみちこういうこと続くじゃん?

 堂々と言っちゃったほうが早い!」


「変なとこは度胸あんな、おまえ」

 オロチがニヤッと笑う。


「ちょっと、お父さんのトコ行ってくる」


 お父さんは何て言うだろう。止めるかな。きっと止めるよね。

 でも、それでも――


 私は社務所で書き物をしていた父に声をかけた。


「お父さん、ちょっといい?」


「ん?どうした?」


「ちょっと、千景と出かけてくるけど、その――」


 喉から声が出ない。危ないことしてる自覚があるから、なおのこと。

 落としていた目線をあげると、オロチがいた。


「大丈夫だ。俺がちゃんとここに帰ってこさせてやるからよ。しっかり腹くくれ、JK巫女」

 

 壁に肘をついて、もたれかかるオロチが笑って見せた。


「出かけるから――大幣を貸して、お父さん。」


「大幣?――なんでまた?」


「……光徳にとって、それと私の将来にとって大事な勤めを果たすのに必要なの」


 お父さんは私の目をしばらく、じっと見つめていた。

「――そうか、わかった。ことが済んだら、ちゃんと説明しろよ」


「うん、ありがとう。じゃ、行ってくるね」


 私が社務所をあとにすると、父もあとを追うように出てきた。

「夕凪、千景ちゃん。ちゃんとここに戻ってくるんだぞ」


「うん、わかった」


「おまかせください、夕凪父。

 この千景がいれば大丈夫です!ちなみに千景も鈴借りてます!」


 千景は、両手に神楽鈴を握って、いつもの調子で笑ってみせる。

 けれどその瞳の奥には、自分で拾ってきた情報の重さが、しっかりと影を落としていた。


「サヤちゃんだって、本当は祟り神になりたくてなったわけじゃない。だったら――」

 

 私の言葉にオロチがこちらに向いた。


「あっち側とこっち側を正しい形で繋ぐ光徳の窓。それが祓い士だ。

 理屈だけじゃ届かねえし、同情だけでも救えねえ。線を引くのは、お前だぞ、見習い」


「……分かってる」

 私は小さく頷いた。


 怖い。


 正直、足はすくんでいる。

 でも、何も知らないまま、何もしないまま、街が水に呑まれるかもしれない未来を想像するほうが、よっぽど怖かった。


「よし。――じゃあ、行こっか」


「うむ、出動である!」


 千景はオカ研トートを肩にかけ直し、神楽鈴の入った巾着をぽんと叩いた。


「名探偵・ちかげ!現場検証にむかう!」


「その肩書き、現場がだいぶ重いんだけど」


「夕凪は、光徳の祓い士見習い、またの名を『邪鎮(やしず)夕凪(ゆうな)』! なんかカッコよくない?」


「……昭和ヤンキーの二つ名すぎん?」


「いいんじゃねえか。『はじめましてのご挨拶』に竹(ほうき)で祟り神をぶっ叩くようなヤツだし、昭和っぽくチリチリパーマに長いスカートで行ったら、サヤ、ビビッて言うこと聞くんじゃねーか?」

 

 軽口を叩きながらも、三人は鳥居をくぐった。

 坂を下りるとき、風が頬を撫でる。

 

 さっきまで普通の夏の空気だったはずなのに、どこか湿り気を帯び始めていた。

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