第16話 名探偵・ちかげ
朝の藤金家は、世界でいちばん騒がしい。――らしい。
「ぃやっばーー!寝坊したァーー!!」
藤金家の二階から寝坊宣言が町内に響き渡る。
バタバタバタと千景の部屋から足音が聞こえた直後、ドドドドッと猛ダッシュで駆け下りてくるや、洗面所で身支度整え、髪を瞬時にセットする。
「よし、拙者、本日もかわゆい。自分、頑張れ!」
朝の自己肯定ルーティンと、よく分からない自己応援をして、また小走りで移動する。
父と母に挨拶をし、テーブルにあったパンを手に取り、オレンジジュースの紙パックをブレザーのポケットにイン。
おっと、忘れちゃならねえ、『オカ研』トートを肩にひっさげ、靴を履いた。
ここまでの所要時間、五分三十秒。
あとはこの扉の向こうに広がるオープンワールドへと飛び出すだけ。
我ながら完璧なリカバリーだ。
ドヤ顔の千景はそう思いながら玄関に置いてあったデジタル時計を見た。
曜日を示す表示の『日』の字が目に入った。
そう、今日は日曜日だった。
千景の心はやさぐれたモノクロになっていた。
◇
「いやはや、うっかりにも程がありますな~」
千景はそう呟きながら、あるところを目指して自転車を走らせていた。
大通りから一本裏手に入った、緑豊かなその場所に目当ての場所はあった。
―鶴ヶ島市立図書館
千景は自転車を降りると、ルンルンとスキップを踏みながら建物へと入っていった。
エントランスをくぐると、沢山の本がところ狭しと並んでいた。
小さな子は絵本を探し、大人たちは思い思いに本を手にとっては眺めていた。
しんと静まり返る室内で、時折、聞こえるページをめくる音と、子供のちいさな声が心地よかった。
「えーっと、あ、あった!」
千景が見つけたものは鶴ヶ島の歴史が書かれた『鶴ヶ島町史』という本だった。
「これなら鶴ヶ島の事が、まるっと分かっちゃうじゃん」
ウキウキと伸ばした手が止まる。
「こ、これは……」
千景の前に同じタイトルの本が9冊並んでいた。
しかも、章ごとに原始やら中世やらと分かれている。
「あわわわわ……、だ、大長編ファンタジー小説やん!?」
おそるおそる手に取り、中身を確認してみる。
「この内容の濃さ、まさにJK殺し!」
とはいえ、ここで引き下がってはオカ研の名が廃ると、とりあえず一冊だけ手に取って、席についた。
そこには鎌倉時代のこの辺りの歴史や関東各地と鎌倉を繋いでいた鎌倉街道と鶴ヶ島の関係性や、その後の室町時代などについて書かれていて、千景には内容が難しすぎて理解が進んでいないようだった。
「……もはや異世界」
そう思えば、何となく読み進められた。
ちょっと難しい言い回しや、歴史上の偉人と、その足跡。
割と鶴ヶ島周辺も歴史の一ページを刻んでる事に気付き、楽しく読み進めていた。
いや、楽しく読み進めちゃっていた。
(はっ!ちがう!
調べたいのはサヤちゃんがいるであろう『ため池』だった。
このまま鶴ヶ島の歴史を楽しんじゃうとこだった!!
いっけねぇ、千景、うっかり、うっかり~
あやうく『鶴ヶ島限定レキジョ』になるところだった~)
しゃべってても、黙っててもうるさい、千景だった。
それからもいくつか別の本を手に取り、読み進めていくと千景は重要な情報にたどり着いた。
そこには『鶴ヶ島』の名前の由来が書かれた一文だった。
―鶴ヶ島の名前の由来
その昔、鶴ヶ島は湿地帯や湧き水が上がる地域であった。
ある湿地帯に出来た松の生える小島に鶴が巣を作った事があった。
その縁起の良さから村人は地域を鶴ヶ島と名付けた―
「っ!」
「湿地帯、湧水地!大昔の鶴ヶ島は湿地帯がたくさんあったんだ」
やっと大昔の鶴ヶ島の輪郭に触れられた。
千景はオカ研トートからノートと鉛筆を取り出し、得られた情報を書き写していった。
「敵は町史にあり。ですな」
小声でぶつぶつと呟きながら町史を斜め読みしながら情報を整理していくと、いくつか分かった点が出てきた。
「やばぁ……ちょっと鳥肌たった」
一つ目、鶴ヶ島は湿地帯が多く、また、現在分かっているだけでも市内何ヵ所かに小規模な湧水地が残っていて、大昔はさらにあったと推測される。
二つ目、小規模な湧水地が多く点在していたことから、水資源確保の為に溜め池を作った。
三つ目、その頼みの綱の湿地も干ばつなどで干上がってしまうことが度々あった、これが雷電池の雨乞いに繋がった。
四つ目、近・現代の都市開発などで、その湿地帯や溜め池は次第に埋め立てられていった。
「てか、鶴ヶ島の歴史が、サヤちゃんの存在を否定してない。
オロチが言ってた話の可能性が完全に残されてる。」
千景はあごに手を当てる。
「ふふ、頭脳はJK、見た目もJK、『名探偵・ちかげ』手がかりを見つけましたぞ」
――な。言ったろ?
オロチが千景の耳元で囁いた。
「わあっ!?」
千景の声に振り向く人たちの視線に、ぺこりと頭を下げながら、書棚の下に隠れた。
「いきなり出てくるのは反則プレイ!」
千景は小声で呟いた
「索敵を怠るからだ。生き残れないぞ。――てか、いきなり登場は神様特権だ」
「てか、ここじゃ話せないよ!外出よ」
千景はオロチの腕を掴み、スタスタと図書館の外に出た。
掴んだ腕は少しひんやりとした温度で、人間のソレとは少し違った。
千景は駐車場の端にあるベンチに腰掛けると、その隣にオロチも膝を組んで座った。
「戦闘支援だけじゃなく、謎解きサポートまでこなすとは大したもんだ」
「へへへ、お褒めの言葉、ありがたき」
「で、サヤの本拠地はわかったか?」
「ん~、この町史だと、概略しか載ってなかったから具体的な場所までは」
「てかさ、スマホで検索すりゃ一発じゃね?
『鶴ヶ島 湿地 溜め池 由来』『鶴ヶ島 溜め池 跡地 』ポチーで終わりだろ」
「この、たわけがっ!陰キャ・オロチ!ダル神様めっ!
オカルト研究会はね、ネット情報をうのみにしないのが礼儀なんですよ。
まずは紙媒体!紙が一次資料。あと図書館の本はタダ。
そして、あえてネット依存をやめた、この『ちかげ心』が分からないとか……
マジ女にモテないぞ」
「『ちかげ心』分かるやつ、いねーよ」
「ま、足で稼ぐという『所轄の刑事』みたいな心意気は認めるよ。
ちなみに神様的には、ネットの噂とか炎上とかマジ妖怪。まるで百鬼夜行の列に見えるわ」
心地よい陽射しと鳥のさえずりが聞こえる穏やかな沈黙が僅かに流れた後、千景は「あ、」と何かを思い出すように口を開いた。
「てかさ、オロチ、神様なんだから、なんていうの?神通力?アレでサヤちゃんの居場所とかわかんないの?」
その問いにオロチは即答で「無理」と答えた。
「メガネっ娘、おまえさ、神様だったら何でもありって思ってない?」
「ちがうの?」
「ちげーよ、俺らも俺らなりの格差社会で生きてんの。
やれることはそれなりにはあるけど、やれんことも同じくらいあんの。」
オロチはベンチの上であぐらをかいて、そのままフワフワと浮かび上がる。
「居場所特定まで出来たら、さっさとJK巫女連れていって、さっさと終わらせるわ」
「あ、たしかに」
「向こうから近寄ってくりゃ匂いというか、気配はわかるけどな。」
少し考えていた千景がスッと立ち上がる。
「じゃ、次はあそこ行くしかないね」
「お、アテあんのか?」
「うん、次は市役所!
もっとディープな鶴ヶ島のことなら、市役所行けば分かるでしょ!」
「てことで、名探偵・ちかげ。次は市役所へ向かいます!」
「いや、名探偵ってより、役所の書類に強いおばちゃん予備軍じゃね?」
「将来有望ってことで、今すぐ黙れ、陰キャ・オロチめ」
千景は自転車にまたがると、オロチが後ろの荷物置きに座りこんだ。
「ちょっと、二人乗り禁止!しかも男の子が後ろとか」
「人には見えない俺が自転車漕いだら、それこそホラーだぜ?」
オロチがくくくっと笑う。
「あ、そっか」
ペダルに自分一人分の重たさを乗せて、千景は見えない同乗者と市役所へと向かった。




