第13話 支援職・千景の本気! 神楽鈴の「鈍らせの鳴り」と境界の線
最初に来たのは、水だった。
池の真ん中から、太い水柱がいくつも噴き上がる。
それが空中でねじれて、細い蛇みたいな形になって飛んできた。
「――っ!」
本能が叫ぶより早く、身体が動いた。
大幣を横に払う。
水蛇の一本が、その軌道にぶつかって弾け飛ぶ。
冷たいしぶきが頬を打った。
『遅い』
龍神の声が、すぐ上から降ってくる。
『線を意識しろ、窓』
「線……!」
さっきオロチに聞かされた話が頭の中で蘇る。
人の道と、みえざるものの道。
境界線。
「JK巫女! 右! 二歩下がれ!」
オロチの声が飛んだ。
言われるままに右へ跳んで、二歩下がる。
直前まで私が立っていた地面に、鞭のようなしぶきが叩きつけられた。
「メガネっ娘、三度鳴らせ」
オロチが指示を出す
「ほいさ!!」
千景が、神楽鈴を勢いよく鳴らした。
一拍、二拍、三拍。
カラン、カラン、カラン――。
鈴の音が、空気の層を震わせる。
その瞬間、水の動きが、ほんの少し遅くなった気がした。
「今の三拍は『鈍らせの鳴り』だ。よく覚えろ、メガネっ娘」
「おお!!やっぱ、音ゲーじゃん!」
「喜んでる場合じゃない!」
叫び返しながら、私は大幣を構え直した。
重たさが手に響く。
龍神が、もう一度池の水を揺らす。
今度は地面の下から、冷たさが這い上がってきた。
「……っ、足が」
足首まで、じわじわと冷水につかっていくような感覚。
視線を落とすと、足元の土の影が黒く濡れて、ずぶずぶと沈む。
そして、見覚えのある手が下から、ぬらぬらと現れるのが見えた。
『見覚えがあるだろう、光徳の娘』
龍神の声が、少しだけ低くなる。
『そこは、元は水の領分。人が歩く場所ではない』
「ここは……、ここは、今はもう人の道です!!」
喉が自然に言葉を紡いでいた。
「長い年月をかけて鶴ヶ島の人たちが作り上げた道で。そこに住まう人たちが、学校行ったり、買い物したりする道で。だから――」
「今はもう、人の領分です!!!」
私は大幣の柄を強く握りしめて、そのままの勢いで地面に突き立てる。
ぶしゅっと鈍い音がして、足首に絡みついていた冷たさが、一気に剥がれ落ちた。
足元の周りの黒い水影も大幣の手前でぴたりと止まった。
それ以上、こちら側には滲んでこない。
『……ほう』
龍神が、わずかに目を細める気配がした。
「気を抜くな!! メガネっ娘!次は二度!早め!」
オロチの二度目の指示が飛ぶ
「うい!」
千景が、今度は二拍だけ鈴を鳴らした。
――カランカラン。
身体がふっと軽くなる。
さっきまで泥に足を取られていたのが嘘みたいに、膝がよく動く。
私は大幣を引き抜いて、今度は前へと踏み込んだ。
飛びかかってきた水蛇を一本弾いた瞬間、視覚の左隅に飛び込む影。
――しまった。
そう思った瞬間に、千景が私と水蛇の間に飛び込んだ。
「っ、せいやっ!!」
千景は鈴を横に構えて一度、強く鳴らした。
鈴の音に弾かれるように水蛇は真上に飛んだ。
「まだ来るぞ、気を緩めるな!」
オロチの言葉に、私は龍神がいる方に振り返る。
その視線の先には無数の水柱が立ち昇って、こちらに降り落ちてくる。
「ここから向こうが水の側の線!!」
池の方へ向かって、両手で抱えた大幣の先で空中に線を描く。
私が描く見えないはずの線が、一瞬、真っ白に光った気がした。
その線を越えようとした何本もの水柱が、バチンと弾かれ、光に反射して七色に輝きながら霧散する。
(自分だけに意識が行ってちゃダメだ。もっと視野を広くもたないと)
『言葉と線。悪くはない』
龍神の声が、少しだけ柔らかくなったように聞こえた。
『だが、お前の線引きは、まだ自分の足元だけだな』
「っ……」
見透かされてる。
私が守っているのは、自分の立っている場所だけ。
千景や、オロチのことまでは、まだイメージしきれていない。
その迷いを嗅ぎ取ったのか、池の水面がまた大きく揺れた。
「JK巫女、しっかりと前見ろ!」
オロチの声が飛ぶ。
「自分の線だけじゃ足りねえなら、窓を大きくすりゃいい!」
「窓!?」
「意識の範囲を拡げろ!自分を俯瞰的に見るっつーことだよ、出来るか!?」
『光徳の娘』
龍神の声が、すぐそばで響いた。
『祓い士は、ひとりで立つのではない』
「……!!」
『背後にいる者。横にいる者。
その者たちの足元ごと、線を引き直す。それが窓だ』
背後。
振り返らなくても分かる。
千景が、そこにいる。
私のすぐ後ろで、神楽鈴を握りしめて。
「……千景!!」
私は前を向いたまま、叫んだ。
「なに!?」
「合図したら、たくさん鳴らして!音量できるだけ大きく!
たぶんだけど、次の龍神様の攻撃の対処には、それが必要な気がする!!」
「任せろ、支援職の本気、見せてやる!」
千景はニコッと笑った。
私は大幣を両手で構え直し、龍神に向いた。
「龍神様!! 三ツ木夕凪、祓い士として、受けて立ちます!」
こんな言葉が自然と出てきたのには、自分でも驚いた。




