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赤柱石(レッドベリル)3


一部、子ども同士の、不快に感じる表現があるかもしれません。

自身の判断で読み進め、不快と感じたら中止をする様にして下さい。


こちらとして、本作の筋として必要だと判断し、本作の雰囲気を壊さないような必要最低限の表現であらわしております。


間違っても犯罪を誘発、推奨するためのモノではありません。それを、ご理解の上で、お楽しみください。







 先の、グランセザリアの暴動、そして鎮圧から三ヶ月が経過した。



 レグラリア国内にある、人里離れた山奥にあるねぐらに、今、フランチェスカ=ダイアンは滞在していた。


 グランセザリアの暴動のどさくさに紛れて、ある一組の母子を連れて。


 魔人と人との間の子だという母親と、その子供。

 黒い髪に、血のような赤い目を持つその母親の名はなく。ただ奴隷の識別番号でだけで判別されていた。あとは『おい』と呼べば事足りると。

 反してその子は、色素の抜けた白銀の髪に、母親と同じ、緋ともいえる、赤い目をしていた。


 魔人と人との間に子を産む。


 ただ、それだけの理由で生かされ続けていた彼女は、既に八人の子を設けていたらしい。それはフランチェスカが調べた情報ではあったが、既に壊れかけている彼女から情報を得るのは無理に等しく。

 その子らも既にどうなったのか、生死すら分からず、唯一手放さなかった白銀の少年だけが、彼女の血を間違いなく受け継いだ存在だった。


 無論、父親が誰なのかなんて、わかるはずもない。

 

 本来ならば、髪と目の色で、大方の血筋がわかるものではあるのだが、少年の髪と瞳の色は、どちらも今までの人の歴史の中では受け継いで来なかったものであり、大方三種に分類されると言われる『人』の、その枠から外れる存在となってしまった。


 フランチェスカが彼女達を助けに行った場所は、グランセザリアの繁華街からは程通い、場末の娼館の一室だった。


 すべての犯罪がその目先で行えると思われる程の場所で、少年は,母が犯されるのを見ながら、生きていた。

 

 フランチェスカが、助け出した頃の二人は・・・


 母親は名前も年齢もわからず、言葉を失い自我を失い。心を病んだ、虚ろな目で汚れた床に転がり。


 そんな母親の横で、自身もいつ、その凄惨な惨劇の対象になるのかと怯えに怯えた挙句、責任感など欠片もないオトナたちの蔑みやイタズラだけで不要な知識だけを身に付け、成長した、荒んだ目をした少年だった。


 自身の無力さを感じながら、それでも見捨てることなど出来ずに、フランチェスカは二人を、滞在する家へと連れ帰った。

 歩くこともままならない母親を抱えて歩くのは、難儀はしたが、諦めるという選択肢は、フランチェスカの中には、なかった。



 そこから一年程が経ち・・・


 手助けをしながら日常生活を送る母親は、良くも悪くも横這いの状況であった。

 先日やっと粥を全介助で食むと思ったら、数日後に発熱した。

 誤嚥していたのかと察し、しばらく、重湯へと戻した。

 

 幸いなのは、この場所が魔族と親交のあるレグラリア国の領地であったこと。


 明らかに人と違う色をもつ二人を、それでも医師は蔑む事なく治療に通ってくれる。

 勿論、それはフランチェスカが今まで気付き上げてきた繋がりゆえの事でもあったが、他の国では、そうはいかないだろう。


 母親の方は、幸か不幸か、決して長くは生きられないと、宣言された。


 それゆえに、今できることをやる、と。フランチェスカは目的を定めることができた。


 問題、子どもの方、だった。


 凄惨な環境下において、教育と呼べるものはおろか、下の始末すら満足にできない。


 獣を人にするのは、難航した。


 かろうじて


 トイレを覚える。

 食器で食べ物を食べる。

 簡単な会話をする。 


 それだけは、この二月で覚えた。

 子供ゆえに、か、柔軟性は、高い。


 だけど、社交性は壊滅的に破綻していた。


 初めの半月は荒事には長けたフランチェスカですら、手に負えない程に暴れた。

 母親には無論、慣れていたから、彼女の側で、ギラギラと荒んだ目のまま警戒するのを、どうにかご飯だけは犬のようにがっついて食べていた。  

 フランチェスカが触れられるようになるまで、更に二月かかった。その間はろくに風呂も浴びられない。

 ようやく手を引ける様になって、風呂へ連れていけば、思いの外整った容姿であることに気付いた。寧ろ汚れていたことに、彼にとって不幸中の幸いであった、と、フランチェスカは安堵した。


 半年ほどで、日常会話がスムーズになった時、別の問題が発生した。


 知識も常識もない事と、そのくせに、無駄に与えられた淫靡で性的な知識と技術だけは、彼の根底に染みついてしまっていた。


 様々なモノを与えてくれるフランチェスカに、子供が最初にしたお礼は、そのズボンを下ろし、秘めた箇所に舌を這わせようとしたことだった。


 思わず突き飛ばしたフランチェスカに、たった六歳の子供は、突き飛ばした事を怒りもせずに、何を間違えたのかと首を捻るばかりだった。

 血の滴る額を気にもとめずに、なんでだろう、と、不思議そうな顔でつぶやいた。


 フランチェスカは、ただ、抱きしめて泣いた。


「どうか、人を、なんて言わない。ただ、いつか、自分が愛した人だけには、真心を捧げてほしい。」


 そう告げた。


 子どもは、一言も意味がわからないと言う顔でフランチェスカを見上げ、母親は、ただぼんやりとした顔で、二人をみていただけだった。


 ある日、唐突に子供の名前が判明した。

 フランチェスカが二人を引き取ってから


 七ヶ月が経過した頃だった。




「クロウ。」




 不意に母親がそう告げれば、子供がピクリと反応して近付いた。

 何もかも奪われ続けた中で、子供の名前だけはようやく見つかった、と。

 フランチェスカは、以降、子供のことを『クロウ』と、呼んだ。



 

 クロウとその母親が、フランチェスカの元に来て一年程が経過した。


 母親は少しずつ衰弱していった。

 一日の半分を床で過ごして、フランチェスカの介助でなんとか日常を送っていた。

 クロウはというと、母親がそういう状態なのを気にしてか、そばにいる事が増えた。それを、フランチェスカが気にするなと、告げて外へ連れ出す。


 元気を取り戻していたクロウは、様々な事に興味を持ち始めた。


 最近では、レグラリアに住む人や魔族の子等を遠くから眺める事が増えた。故に、フランチェスカが引率し、一度遊びに連れ出したが、ただ攻撃性の増したクロウが、一対多数で相手を叩きのめしてしまい、強制帰宅となった。


 相手が握手を求めてきた手を、攻撃と受け取ってしまった、それが、原因だった。


 以降、クロウが遊びに下りることは決して希望せず、それでも、何かを求める気持ちにどうすればいいか、わからず。ただ、笑顔で駆け回る子らを遠くから眺めるだけの、日々に、フランチェスカは胸を痛めた。


 それでも、転機は訪れた。


 長い黒髪に漆黒の瞳。


 明らかに身なりの良い少女が、離れた場所から眺めるクロウに気付いて、自ら歩み寄って来た。


 初めて同年代の少女に近寄られて、クロウは大いに慌てた。初日は何もせずに逃げ出した。伸ばされた手をたたき落とした。

 そして、逃げ帰った自宅で、もの凄く後悔していた。


 二日目、同じ場所にいれば、案の定、また少女が近付いてきた。

 少女が、何かを告げようとするよりも先に、結局クロウは逃げ出した。


 そうして、三日目。


 クロウはまたも同じ場所に、いた。

 完全に期待していた。あの娘が現れることを。


 そうして期待通り、彼女はやってきた。そして不意に、クロウの、目の前で座った。


「ねぇ?そのまま座れる?」

「・・・・・っ!」

 初めて聞く、彼女の声に、クロウの心臓が早鐘を打った。震える足のまま、ふらふらとふらつきながら、膝が折れるように、その場へと、座り込んだ。

 すれば、少女は、ニコリと笑った。


「やっと、お話できるね。」


 過去二回の失態を、何一つ咎めることなく。ただ、嬉しそうに、笑った。

 その無償の笑顔を、クロウは泣きそうな顔で見ていた。

 会話のほとんどが、少女の方からだった。自己紹介はしてくれたのに、長い名前は、クロウには全く覚えられなかった。


 すれば彼女は


「ティアって、呼んで?それは、貴方だけの呼び方だからすぐに分かるわ。」

 その名前が、クロウにとっての、ただ一つの宝物の様になった。


 それからティアと話す時間が、クロウにとって、何よりも大切な時間だった。


 昼の鐘が鳴る頃に、クロウが座り込んだ場所で待ち合わせる。


 そのまま、この場所で話し始める事もあれば、場所を変えて風の心地良い原っぱや、川辺でのお喋りにふけることもある。

 会話の内容も、乾いた大地が水を吸収する様に、急速に言葉を覚えたクロウが、様々な事を聞くようになった。

 おおよそ二時間程話した頃、二時間おき鐘が鳴るか、ティアを探しに来た使いの者が来るまでが、クロウに、とって何よりも代え難い時だ。


 そうして話している内に、ティアは少しずつクロウが、普通の子とは違う事に気付いた。

 

 きっかけは従者が迎えに来た際の彼の視線だった。離れる際の、あまりに絶望した様な表情と、使いの者への、もはや、殺意と言っていい程の視線に、ティアは僅かに首を傾げた。


 さらに逢瀬を重ねる内、ティアが当たり前の事だと思っていた事をクロウが知らなかったりする事が多かった。

 ただ、ティアは、それを馬鹿にしたりはせずに、一つ一つ丁寧に教えた。


「お互いが同じ事を知れれば、二人で楽しめる事が、もっと増えるから。」


 と。


 そう言われて、クロウは貪欲にティアから物事を学んだ。ティアもまた、様々なことを懸命に知ろうとするクロウを、可愛らしく思い、彼の思いに応えた。


 ティアはクロウのことを、『クロ』と呼んでいた。

 彼女から、『ティア』と呼ぶのは貴方だけ、と言われた時、自分もまた、彼女に特別な呼び名で呼んで欲しいと思った。


 口を付いて出た名前は、そう変わりのない、安直なものだったけれど。

 それでも、クロウにとって、ティアから呼ばれれば、特別な物に変わっていった。


 ある日、いつもように二人で話をしていると、ほかの子供達が、ティアの姿をみかけて、近寄ってきた。

「セ───・・・!」

 皆は、ティアをクロウとは違った名前で呼ぶ。それに応えるティアに、クロウは酷く嫌な気持ちになった。


 その深い夜空の様な漆黒の目が、自分以外を見るのが、嫌で嫌でたまらなかった。

 クロウは思わずティアの手を掴んだ。

「あ、クロ!少し待ってね?この子達が───・・・」

「嫌だ。」

「クロ?」

「嫌だよ、ティア。僕以外を見ないで。」


 そのまま、クロウが周囲の子らを、酷く冷たい眼で一瞥する。

 とても、子供とは思えない、嫉妬心を全面にに押し出した赤い目に射すくめられて、子供らが臆する。

 中には泣き出した子もいて、そんな幼い子を庇うようにしながら、一番年配らしき少年がもう一言だけをティアに告げ、子供達は逃げるように離れて行ってしまった。


「あ・・・。」

 その背を見送る様に眺めるティアに、ようやく邪魔者が消えたと思ったのに、未だその綺麗な瞳に自分を写さない事を不満に思って、クロウが、強引にその手を引いた。

「ティア!」

「・・・・・。」

 すれば、ティアは悲しそうな怒った様な、複雑な感情を含んだ目で、クロウを見つめる。


「クロ、あれはダメ。」

「なんで?」

「小さい子を泣かせてはいけないわ。」

「小さいか大きいかじゃないよ、ティアとの時間を邪魔する奴はいらない。」

 容易にそんな言葉を吐くクロウに、ティアが益々困った様な表情を浮かべる。


「それでもいけないのよ、クロ。」

「なんで?僕のティアなのに。」

「・・・・・。」

 一向に引く気のないクロウが、徐々に泣きそうな顔をしているのに気付いたティアが、


「確かに、今はクロとのお話の時間よ。」

 ティアが、その幼い手でクロウの、頬を柔らかく包んだ。

「だから、終わるまでは待ってて欲しいって相手に優しく伝える必要はあるわ。」

「・・・待たないよ。欲しい物は皆奪っていくじゃないか。」

 ティアを奪われたくない、と。

 クロウは不意に、ポロポロと、涙を零した。

 それにティアが、痛ましげな視線を向けては、

「クロ、クロ、大丈夫。皆いい子なの。ちゃんと待ってくれるわ。」

「・・・・・。」

「だから、安心して。言葉で伝えましょう。怖い顔で睨んでは、折角の優しい貴方をわかってはもらえないもの。」

「ティアだけがいい。」

「クロ・・・。」

 うまく伝えられなくて、ティアももどかしくて涙が溢れる。すれば、今度は慌てた様なクロウが、ティアの頬へと手を伸ばして、

「ご、ごめん、ティア!泣かないで、ね?」

 どうすればよいのかと、その涙をとめる術すら分からずに、その頬を優しく撫でるクロウに

「クロ、貴方は優しい。」

「・・・・・。」

「とても、優しいわ。」

「ティア・・・」

「私が貴方と友達になりたくて、一生懸命あの丘へと向かった三日間、きっと怖かったでしょうに、その気持ちに応えようとしてくれたでしょ?」

「・・・・・。」

「なんて綺麗な子なんだろうって思ったわ。どんな考えをもち、何を語るのかって・・・!」

「・・・・・。」

 それは、さぞかし落胆しただろう、と。クロウは僅かに目を伏せる。だけど、ティアは、嬉しそうに笑った。涙は止まって、だけど潤んだ瞳と交わり、クロウは小さく息を飲んだ。


「貴方は、無邪気で、可愛くて、一生懸命で。」


「だから、世界も、貴方に優しくなってほしいって、思ったの。」

「・・・世、界。」

「そう。」

 ティアは小さく頷いた。


「世界は写し鏡、貴方が世界に優しくなれば、世界は貴方にきっと優しくなる。」


「・・・・・。」

「それを、忘れないで?クロ・・・。」


 それは、詭弁だと、クロウは思った。

 生まれ落ちた段階から、世界は、周囲は、すべからく、クロウを(さいな)めた。

 優しかったのは、一部だけ。


「ティア、だけだよ・・・。」


「優しかったのは、ティアだけ。」

「クロ・・・。」


「私も、世界の一部なのよ。そして、貴方も・・・。」

「だから、大丈夫。貴方はもう、世界にとても優しくできる。そして、それを、私は分かっている、から。」

「───・・・っ!」

 不意に、クロウがティアにしがみついた。何処かに行ってしまうのではないかと、不安になった。

「行かないで!行かないで、ね?オレ、頑張るから!次は、言葉で、言ってみるから!」

「行かないわ、何処にも行かない。」

 急にしがみついては強く抱き締めて離さないクロウに、ティアがその手をトントンとあやす。

 触れ合う側からお互いの熱が伝わって、クロウは無我夢中でティアを抱き締めた。


 暫くの間、ふたりはぴったりと抱き合っていた。


  


 家に帰ったクロウは、その日は、ずっとずっと、ティアの事を考えていた。

 ティアの瞳、ティアの声、ティアの指先、ティアの熱。


 やっぱり欲しい、と思った。

 ティアだけが欲しいと思った。


 今日よりも、もっともっと、長く抱き締めていたいと考えてしまった。


 そして、クロウは、それが、どういうことなのかと、歪んだ形で、既に知り得てしまっていた。




 フランチェスカの心配は、現実となった。




 いつも通り、昼時の鐘が鳴るよりも、先に、クロウは家を飛び出した。まるで、熱に魘された様なクロウの様子に、フランチェスカは声をかけたが、クロウは何でもないのだと、飛び出して行ってしまった。


 その時から決めていた。

 クロウは、ティアを自分のものにする、と。



 いつもの丘で、クロウが胸を高鳴らせてティアを待つ。

 すれば程なくして、黒い長い髪を揺らしながら、ティアが丘を駆け上がってきた。

 ニッコリと笑うティアに、クロウがたまらないのだと、言わんばかりに、その手を引く。

 二人でぺたりと地面へとと腰掛ける。


 少し性急に何かをしようとするクロウに、ティアがことりと首を傾げた。


「クロ?」

「ねぇ、ティア?ティアはオレのこと、好き?」

「ええ、好き。好きよ?大好きなお友達だもの。」

「違う。」

 ティアが告げる想いに、クロウは幼い子供とは思えない歪な笑みを浮かべて否定する。


「違うよ、ティア。そうじゃない。」

「え?」

「オレの好きはね?オトナの好き。」

「オトナ?」 

「そう!」

 ことりと首を傾げるティアに、クロウは嬉しそうに嗤う。両手をいっぱいに広げて、彼女を再びぎゅっと抱き締めた。

「まず、こうして・・・」

「あら、クロ?これなら、知ってるわ!」

「じゃあ、ティアもして?」

「ふふふ。」

 にこやかに笑うティアが、クロウをぎゅっと抱きしめる。

 すれば、クロウがその身体をひょいっと抱え上げた。

「きゃっ!」

 まさか可愛い少年に抱き上げられるとは思ってもいなかったティアが、驚いて小さな悲鳴を上げた。バランスが崩れないよう、クロウの首元にしがみつく。


 その長い黒髪が、クロウの頬を撫でて、クロウがますます嬉しそうに嗤う。抱き上げた身体を、膝の上に乗せる。


「オトナの好きはね?このまま、こうして・・・」

 ぐっと、クロウがティアの腰を引き寄せた。そのドレスの裾を広げて、彼女の幼い身体が直に自身へと触れるようにして・・・。


 少し冷たい肌の温度と、滑らかな感触を感じて、クロウはゾクゾクと背筋に走る感覚を拾い上げて、ゴクリと喉を鳴らす。


「ねぇ、クロ?」

「え?あ、なに?」

「こうして見ると、ふふ、いつもより貴方が可愛く見える。」

 不思議ね、と。


 目を細めて微笑むティアの頬に手を当てれば、クロウがドクドクと高鳴る心音に、熱い吐息を吐く。

「ティア、ねぇティア・・・。」

「どうしたの?」

「オトナの、好き、はね?もっともっとあるよ?」

「え?」

 そう告げるクロウが、


 ティアの、淡い桜色の唇に、キスをする。


 ゆっくりと唇を食みながら


 そのまま、


 ティアの胸のリボンをそっと解いた。



「クロ?」

 クロウが、そのリボンの下のボタンを一つ、外すから、

「え?え、クロ?なんで──・・・」

「オトナの好きは、ね?ハダカになって、沢山キスをするんだ。オレも、ティアとそうしたい。」



「ク、ロ・・・?」

 思わず、ティアが目を見開く。




 彼が求めている事が正確にはわからないが、それでも、今、自分達がしてはいけないことだというのだけは、ティアにはわかる。


 思わずクロウの上から離れようとするのを、彼がその腰をぐっと引き留めた。


「だめ!いかないで?ね?ティア・・・」

「待って!それはダメなの!ダメなこと!」

「なんで?」

 いつもと同じように、自身知らない事をティアに尋ねるように。 

 クロウは何も悪いことではないと言わんばかりに、キョトンとした顔でティアを見つめる。


「周りのオトナは皆そうしてた。抱き締めてキスして、ハダカになって声を上げて。シタをくっつけ合うんだ。聞けばキモチイイんだって。オトナはそうやってぐちゃぐちゃにアイシアウんだって。ね?オレもティアとアイシアイしたい。」

「クロ!」

 彼の言っていることの、半分も理解できないのに、その言葉が、とても恐ろしいモノに感じて、ティアがぶんぶんと首を振った。その黒曜石のような目に再び涙が浮かぶ。


 その泣き顔を見たクロウが、昨日は確実に狼狽して慌てたというのに、


「クロ!」

「あァ、ティア・・・。」


 ティアの頬に手を当てては、思わず愉悦の笑みを浮かべた。


「どうしてだろう。ティア、可愛い。今日は泣いてても、凄く可愛い。」

「クロ、クロ!ねぇ、待って!」

 大切な友人だと思っていた彼の豹変、否、元々持っていた深い深い闇の部分を押し付けられ、受け止めきれないモノに、ティアは、涙をこぼして震える。


 それを、嬉しくて堪らないと言うように。 

 ようやく捕まえた獲物を前にした、獣のように。


「もっと泣いて欲しいかも・・・、あれ?なんでだろう?」


 ── でも、笑って欲しいんだ・・・。




 クロウが、そう言って、嗤って、泣く。




「クロ!」

「ティアが笑うと凄く嬉しいのに、今はいっぱい泣いて欲しい。泣くと胸がドキドキする。ティアが好きなのに、なんで、泣いて欲しいんだろう?」

「・・・クロ?」

「笑って?ティア。オレ、ティアの太陽みたいな笑顔が好きなんだ。だから、オレのものにしたくて。オレだけに笑いかけて欲しくて・・・、オトナの好き、は、自分のモノにできるって言ってたのに・・・。」

 ドキドキと、高鳴っていた筈の胸の鼓動が別の不安と恐怖での拍動に変化していく。

 その歪な笑顔が徐々消え、眉根を寄せて不安そうに首を捻るクロウに、ティアがくっと息を飲む。求めるモノは大人としてのモノなのに、幼子の様に不安げな顔のクロウが肩を震わせた。


 自分の、ものにしたい思いと


 だけど、


 こんな事をしても、決して自分のものにはならないと、理解している心が


 悲鳴をあげる。


 そんなクロウに、ティアはカタカタと震えたまま、それでも精一杯に手を伸ばして、その柔らかい銀の髪を撫でる。


「クロ、クロ・・・!」

「・・・ティア。」








「ナニを、している・・・?」







 

 空気を震わす様な声に、ティアがハッと顔を上げた。

 ティアの視線が自分から逸れた事が嫌で、クロウが剣呑な顔をその視線の先に向ければ、


 そこには、ティアと同じ、黒髪黒眼の青年が、静かな怒りを称えた目でクロウを見下ろしていた。


「兄さま!」

「・・・・・。」


「・・・無事か?」

「・・・っ、何もしてない、何もしてないわ!」


 そう首を振るティアの言葉を無視して、


 彼が、腰に差したモノを


「・・・子供のナリをしていても」

「・・・・・。」


 ゆっくりと引き抜こうと、する。


「賊、か。」

「・・・・・。」




 不意に、クロウの上からティアが宙へと引っ張られた。それに、思わず目を見開いて手を伸ばしたクロウが、そのまま蹴り飛ばされて、地面へと叩き付けられた。



「あ、ぐぅ・・・っ」

「クロ!?」

 

 フランチェスカに抱かれたティアが、それでも地面へと投げ出されたクロウを心配して、思わず手を伸ばす。

 その彼女を、フランチェスカが、黒髪黒眼の青年へと丁寧に引き渡した。  

 刀の束から手を離した彼が、ティアを抱き上げたる。

 フランチェスカがその足元へと膝を付き、何かを訴えながら、必死で頭を下げた。

 彼女に本気で蹴り飛ばされたクロウが、朦朧としたまま、フラフラと、顔を上げた。

 フランチェスカは、その手を引き寄せるや否や、押し付ける様にして額を地面へ擦り付けた。

 わけがわからないと、クロウが、必死に抵抗するのを見て、青年が何かを呟く。それでも、と、フランチェスカが必死で頭を下げ続けた。

 

 暫くの、無言の、後。



「去れ。」


 そして、二度と顔を出すな、と。



 青年が告げる。


 

 それが暗に、二度とティアに会えないことであると察したクロウが、驚くほどの力でフランチェスカの手を振り払った。

「嫌だ!」

「クロウ!!」

「嫌だ!絶対に嫌だ!ティアと離れるなんて嫌だ!」

「クロウ!」

 フランチェスカが必死で止めるのを突き飛ばして、クロウがそれこそ射殺さんばかりの眼で、ティアの家族であろう青年を睨む。

「ティアはオレのだ!オレの宝物だ!やっと見つけたんだ!オレだけのものだ!」

「・・・・・。」

「世界なんか、なんにも優しくない!美しくもない!楽しくもない!優しくて綺麗で楽しいのはティアだけだ!ティアだけなんだ!」

「クロ!!」



「ならば───・・・」



 絶対に渡さないと、青年の足にしがみつくクロウを、酷く冷たい眼で見下ろしながら、青年が、地面にティアを下ろす。優しく抱き上げていたその手で、無造作に、クロウの首根っこを地面へと押さえつけた。


「がっ!」

「兄さま!」


「ならば、聞くが・・・。」




「その、宝物とやらに、貴様は一体ナニをした?」

「・・・・・。」




「それで彼女は本当に心の底から喜んだのか?お前に温かい眼差しを向けたのか?」

「そ、れは・・・」

「貴様がしたことは、ほかでもない、彼女を貶めようとした、それだけだ。」

「違・・・」

「貴様は底辺だ。」


「兄さま!」


 ティアの非難するような声にも動じず。

 慈悲もなく、容赦もなく、青年は彼の現実を冷酷に告げる。


「奴隷として生まれ、歪な知識だけを植え込まれた獣だ。汚され、奪われ続けるだけの存在だ。」

「───・・・っ」

「そのまま、その地の底に居続けるつもりか?」

「・・・・・っ!?」

「大切な者を同じ場所まで引き摺り下ろして、ただ壊す様に愛して、それでその幕を下ろすつもりか?」


 ── ならば、妹は二度と近付けさせない。


 その声に、クロウではなく、フランチェスカが目を見開いた。

 青年は冷たい目のまま、逸らさずに真っ直ぐと見上げ続けるクロウを射抜く。

 

「全力で足掻け、喰らいついてでも地の底から脱しろ。今の様に。」

「・・・・・っ」

「愛しい者を守る術を学べ、身に付けろ。彼女の為だけでいい、必要な礼節とは何かと知れ。社交の必要性を理解しろ。」


「全ての悪意と脅威から、彼女を守る為、ありとあらゆるものを身に着けろ。」



「そういった先に、初めて彼女の心の底からの笑顔があると知れ。」




「その為に、俺は生きている。」

「───・・・っ!!」


 クロウが、慟哭した。


 自身の間違いと未熟とを容赦無く突きつけられて、青年との圧倒的な差に、屈した。


 心が折れたように泣きながら地に伏せるクロウに、フランチェスカは、なんと声をかければいいか分からずに、その姿を見守る。

 すれば、青年の横から、ティアがクロウの、元へ膝を付いた。


「クロ・・・。」

「ごめん、ごめんティア、僕は・・・、なんで・・・。」

「クロ、可愛いクロ。」

 顔を上げて、と。ティアが、ゆっくりと、その背をなでる。

 僅かに肩を上げたクロウにその手を添えて。涙と鼻水と泥にまみれたその姿を、ティアはニッコリと微笑み、手を広げて、彼を抱き締めた。

 

「大好きよ、私の大切な友達(ヒト)。」

「・・・・・。」

「ティアと呼ぶのは、貴方だけ。だから、どれだけ離れても、すぐに貴方とわかるわ。」

「ぼ、くも・・・」

「うん。」

「クロって呼ぶのは、ティアだけだ。ねぇ、ティア!」

「うん!」

「大好きだ、大好きだよ。僕のティア。頑張るから、ティアの為に頑張るから、だから・・・」


 なんと言えばいいか分からず、クロウの言葉が詰まる。

 唇を、はくはくと動かすクロウの、その頬にティアが手を添えた。


「また、いつか。」

「───・・・っ!!」

 ああ、それでも、もう会えないのかと。明日からの日々に絶望する様な顔で目に涙を溜めるクロウに、

「必ず、また会いましょう。」

「・・・本当に、また、会える?」

「約束するわ。例え離れても、貴方を探すから。」

「僕も・・・!僕も、必ず君を見付ける、から!」


「だから・・・」 


 ── もう一度だけ、キスさせて?


 クロウが、泣きながら告げるお願いに。フランチェスカが、一瞬肩を跳ねさせる冷や汗を流し。ティアの背後で、同様に肩を跳ねさせた青年が、射殺さんばかりの眼で彼を見下ろす、が。


「いいわ、但し、大人のモノではなくて、わたしたちのやり方にしましょう?」

「僕たちの、やりかた?」

「そう。」


 頷いて笑ったティアが少しだけ背を伸ばして、その額に口付ける。そして、一度ふわりと包むようにクロウの頭を抱きしめた。

「私、貴方の髪が誰のものよりも好き・・・。」   

 そういって、イタズラっぽく笑いなが抱きしめてくる腕の暖かさに、クロウの胸にふわりと温もりが灯る。


「クロも、できる?」


 ぺたりと地面へ膝を付いた彼女が、子供ながらも促す様な上目遣いに、クロウがひくりと指先を震わせた。


 こくりと、喉を鳴らす様に、フランチェスカが冷や冷やと見守り、ともすればその場で斬り捨てると、言わんばかりに、青年が刀の束へと静かに手をかける。

 


 クロウが、ティアの前髪をそっと避けて、唇で触れる。


 そうして・・・



 離れる時に、本当の本当に、これが最後なのだと感じて、その頬を両手で包み、ポロポロと涙を零す。


「───・・・!」

「クロ・・・。」

 

 そのまま、くっとその、髪を撫でて、抱き締めるさまに、


「ありがとう、クロ。」

「ティア、ティア・・・!」

「とても、うれしい・・・」


 ティアが、クロウの腕の中で一粒だけ涙を流す。



 それでも溢れんばかりの笑顔は、



 クロウが、今まで見た中で、一番綺麗なティアの笑顔だった。








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