第十六章 鳥羽伏見の戦い
一 開戦前夜
慶応四年正月二日。大坂城。
幕臣たちは怒りと恐怖に揺れていた。
老中A「薩摩は京で浪士を匿い、江戸屋敷から砲撃まがいの挑発を繰り返しておる!」
幕臣B「大坂でも商家を襲わせ、幕府の威信を貶めております。もはや看過できませぬ!」
慶喜は黙して耳を傾け、扇を膝に置いた。
慶喜(独白)
「薩摩の挑発……討てば討幕の口実を与える。
退けば幕府の権威は崩れる。
余の奉還は、やはり無に帰するのか」
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二 火蓋
正月三日、鳥羽街道。
幕府軍が進む先に薩摩兵が立ちはだかった。
薩摩藩士「ここを通すわけにはいかん!」
幕府兵「我らは公儀の軍である! 道を開け!」
一触即発――その刹那、薩摩側から発砲が走った。
銃声「ドンッ!」
幕府兵が崩れ落ち、戦端が開かれた。
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三 戦場の差
鳥羽口では薩摩兵がエンフィールド銃を構え、規律正しく斉射。
伏見口では長州兵がアームストロング砲を放ち、砦を粉砕した。
幕府兵「銃の届かぬうちに撃たれてしまう!」
別の兵「鉄砲も火縄では話にならぬ……!」
兵たちの動揺は広がり、列は崩れていった。
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四 錦の御旗
四日、薩長軍の陣に錦の御旗が掲げられた。
黄金の光が曇天に揺れる。
薩摩兵「帝の御旗ぞ! 我らは官軍!」
長州兵「幕府こそ逆賊なり!」
その瞬間、幕府軍の士気は瓦解した。
幕臣「逆賊……我らが逆賊……」
旗本の顔から血の気が引いた。
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五 大坂城
大坂城に敗報が届く。
幕臣A「鳥羽口敗走!」
幕臣B「伏見も壊滅!」
別の幕臣が叫ぶ。
「殿、ここは将軍自ら馬を駆け、御旗に抗うべきにございます!」
「いや! 退き、江戸にて再起を図るべき!」
慶喜は目を閉じ、長い沈黙の後、言葉を発した。
慶喜「……余は戦場に出ぬ」
幕臣「な、なぜでございます!」
慶喜「帝の御旗に刃を向ければ、日本は終わる。
余が退けば、まだ道は残る。
戦って国を滅ぼすより、退いて国を残す」
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六 退却
五日夜。
慶喜は小舟に乗り込み、ひそかに江戸へ退いた。
大坂城の灯が遠ざかる。
慶喜(独白)
「余は臆病者と罵られよう。
だが血を避けることこそ、最後の将軍の役目……」
冷たい川風が頬を打ち、その声を飲み込んだ。
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✍ 補足・豆知識(史実ベース)
•薩摩の挑発
慶応三年末、江戸の薩摩藩邸は浪士を匿い、幕府に挑発行動を繰り返した。
・幕府の役所を襲撃させる
・市中で放火騒ぎを起こさせる
→ 幕府を「無力」と見せつける狙いだった。
•西洋式兵器の差
・幕府軍:火縄銃が主力。射程・連射速度とも劣る。
・薩摩:英国製エンフィールド銃。射程約600m。
・長州:アームストロング砲(最新の後装砲)。破壊力絶大。
注 : 幕府兵は近づく前に撃ち抜かれた。
•士気の差
幕府軍:寄せ集めの兵が多く、士気は低下。
薩長軍:討幕を「正義」と信じ、さらに英国支援の最新装備を持つ自信があった。
注 : 武器と思想の両面で圧倒的な差が出た。
•錦の御旗の意味
朝廷は薩摩・長州に官軍の証=錦の御旗を下賜。
・孝明天皇が生きていればあり得なかった決定。
・明治天皇即位後、公家(岩倉具視ら)が朝廷を掌握していたため実現。
注: 幕府軍は「逆賊」とされ、戦意を完全に失った。
•慶喜の退却
大坂城から江戸へ退く。
将軍自ら戦わなかったことで「臆病」と非難されたが、のちの「江戸無血開城」へつながる布石となった。