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第十五章 大政奉還

一 二条城広間


慶応三年十月十四日。

京・二条城。大広間に幕臣と公家が並ぶ。

障子の外は冷たい秋雨。空気は張り詰め、針一本落ちても響くほどの静寂だった。


徳川慶喜はゆっくりと立ち上がり、朗々と声を響かせた。


慶喜「余は政権を天子様にお返し申す」


広間は一瞬凍りつき、その後、ざわめきが爆ぜた。


老中A「な、何を申されます!」

老中B「三百年の権威を、御自ら棄てられるおつもりか!」

若い幕臣は蒼白になり、座敷の畳を爪で掻いた。


公家たちも顔を見合わせ、御簾の奥で囁いた。

公家A「徳川自ら政を返すとは……」

公家B「敗北ではなく、いや、大義か……」



二 慶喜の独白


慶喜はざわめきを制するように扇を掲げ、静かに言った。


慶喜「徳川の威を守るために血を流せば、異国が介入する。

 それは日本の滅亡に繋がるであろう。

 余は徳川を守るより、まず日本を守らねばならぬ。

 そのための政権返上である」


その声は震えず、ただ冷徹な響きを帯びていた。



三 幕臣たちの反発


井伊直憲(彦根藩主)が立ち上がった。


井伊「殿! 井伊家は桜田門で血を流し、幕府を支えてまいりました。

 ここで政を返すは、先祖への裏切りにございます!」


老中たちも続く。


老中C「薩摩や長州はこれで満足せぬ。必ず討幕の兵を挙げましょう!」

老中D「大政奉還は敗北宣言に等しい!」


慶喜は静かに答えた。


慶喜「敗北か、大義かは後世が定めよう。

 だが、この場で血を流せば、日本は異国に呑まれる。

 我が決断は、徳川のためにあらず。――日本のためである」



四 薩摩・長州の影


その頃、京の薩摩藩邸。大久保利通と西郷吉之助が報せを受けていた。


大久保「慶喜、政権を返したと申すか……」

西郷「ふむ。じゃっどん、それで薩摩が兵を収めるわけではなか」

大久保「帝の名のもとに、討幕の密勅を得れば、戦は避けられぬ」


二人の瞳には、すでに次の戦の火が宿っていた。



五 孤独な将軍


広間のざわめきが収まった後、慶喜は独り、二条城の庭に立った。

秋雨に濡れる松の枝から滴が落ちる。


慶喜(独白)

「これで徳川は潰えるやもしれぬ。

 だが、血を流さず国を守る道を選んだのだ。

 後の世が余を愚将と罵ろうと、構わぬ。

 戦で国を失うよりは、はるかにましだ」


その姿は孤独であった。

だが、その孤独こそが「最後の将軍」の宿命であった。



✍ 補足(史実+疑念)

•大政奉還(1867年10月14日)

 徳川慶喜が二条城で政権返上を宣言。江戸幕府は実質的に終焉を迎えた。

•奉還文

 「政権を天皇に奉還し、朝廷のもとで議政を行うべし」と記され、慶喜は「討幕の大義」を失わせる意図があった。

•幕臣の反応

 多くは猛反対。徳川の権威を自ら放棄する行為と見えたため。

•薩摩・長州の反応

 大政奉還後も討幕運動は止まらず、のちの鳥羽伏見の戦いへと雪崩れ込む。

•孝明天皇の崩御(1867年1月30日)

 享年36歳。公式には天然痘とされたが、症状や経過の不自然さから毒殺説が当時から囁かれた。

 孝明天皇は公武合体を望み、慶喜を信任していたため、倒幕派にとって最大の障害であった。

 彼の急逝によって14歳の明治天皇が即位し、公家・薩長が天皇の名を利用して「討幕の錦の御旗」を掲げる道が開かれた。

•疑念の影

 もし暗殺であったなら、それは日本人自らが「帝」を手にかけたという最大の裏切り。

 そしてその結末が、のちに「幕府=賊軍」とされる悲劇を生んだ。

 真相は闇の中だが、あまりに都合のよいタイミングでの崩御は、後世もなお強い疑念を残している。

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