第十章 血と資本の幕末
一 生麦事件の衝撃
文久二年、薩摩藩主・島津久光の行列。
英国人四名が馬で横切り、藩士たちに斬りつけられた。
一人が即死、三人が重傷――「生麦事件」である。
江戸城。老中らは顔を曇らせた。
老中A「英国公使より賠償金要求にござる。総額十万ポンド……」
老中B「薩摩が払うべきものを、なぜ幕府が……!」
慶喜は沈黙を破った。
慶喜「……幕府が支払うのは、薩摩を守るためではない。
異国の背後には“金”を操る者がいる。
賠償金の名の下に、日本の富を吸い上げる仕組みが出来ておるのだ」
勝海舟が低く言った。
勝「薩摩は攘夷を叫びながら、結局は異国の金で武器を買っている。
正義の旗を振っても、金の流れに勝てはしない。
これはもう志の戦ではなく、資本の戦です」
慶喜は目を細めた。
慶喜「志を叫ぶ者ほど、異国の金に縛られている。……これが現実か」
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二 下関戦争
翌年、長州藩が下関で攘夷を実行。
外国船に砲撃を浴びせたが、米・仏・蘭の連合艦隊が報復し、砲台は焼かれ、町は焦土と化した。
長州藩邸。
高杉晋作「これが攘夷の現実か……異国に抗えば、我らは踏みにじられるばかり」
久坂玄瑞「だが、この屈辱こそ討幕の旗に変えねばならぬ!」
報せを聞いた江戸城。
慶喜「攘夷は空論だ。力を尽くせば尽くすほど、異国の資金の罠に落ちる。
血ではなく策で国を守るしかあるまい」
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三 横浜の銀行
慶応元年、横浜。
居留地に英国の銀行が支店を開いた。
英国商人「日本の銀は重く扱いにくい。銀行で紙の信用を発行すれば、取引は容易になる」
薩摩藩士「……借りれば武器が手に入るのだな」
こうして薩摩も長州も外国銀行を通じて借財し、武器を買った。
倒幕資金の裏に、国際金融資本が深く食い込んでいった。
江戸邸にて。慶喜は報告を受け、苦笑した。
慶喜「尊皇攘夷の志士どもが、異国の金で剣を振るう……。
これを“資本の支配”と呼ばずして何とする」
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四 京の緊張と新選組
京の御所では尊攘派浪士が集い、騒乱の気配が濃くなっていた。
松平容保(会津藩主)「殿、浪士どもが御所を脅かしております。警備の強化を」
江戸からの報せを受けた慶喜は静かに答える。
慶喜「志を旗に掲げる者は、いずれ暴発する。
容保殿、御所を守るには容赦なき武力が必要だ。――新選組を預けよう」
こうして会津藩配下の新選組が御所警備に加わり、尊攘派の監視を強めた。
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五 池田屋事件
元治元年六月。京・三条木屋町の池田屋。
尊攘派浪士が密談していた。
浪士A「御所に火を放ち、公家も幕府も皆討つ!」
浪士B「異国を追い払うために血を流す! これぞ大義!」
その刹那、階段を駆け上がる足音。
近藤勇「御用改めである!」
沖田総司「逆らう者は斬る!」
刀が閃き、血飛沫が舞う。
池田屋は修羅場と化し、多くの浪士が斬られた。
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六 慶喜の分析
江戸邸。報せを聞いた慶喜は目を閉じた。
家臣「浪士ども、池田屋にて討たれました。新選組が斬り伏せた由」
慶喜「……暴発は必然だ。志だけで国を変えようとすれば、必ず血に沈む。
資本の流れに目を閉ざした者たちの末路よ」
勝海舟が続ける。
勝「幕府は一息つけましょう。ですが、血は血を呼ぶ。次は薩摩、長州が表に立つでしょう」
慶喜は筆を握り直し、低く呟いた。
慶喜
「血を避ける策こそ肝要……だが血を恐れるあまり、国を明け渡すわけにもいかぬ。
資本と血、その狭間で政を選ばねばならぬのだ」
第十章 完
第十一章に続く、
豆知識・補足(第十章)
•生麦事件(1862年)
薩摩藩士が英国人を斬殺。幕府が賠償金を支払い、薩摩は逆に英国から武器を購入。
•下関戦争(1863〜64年)
長州が攘夷実行 → 米・仏・蘭連合艦隊に敗北 → 幕府が賠償金を肩代わり。
攘夷の非現実性を示す転換点。
•横浜外国銀行(1865年〜)
香港上海銀行が横浜支店を開設。薩摩・長州・土佐が武器調達のため利用。
注: 倒幕資金の裏に国際金融資本があったことの証拠。
•新選組と池田屋事件(1864年)
御所放火・要人暗殺を企てた尊攘派浪士を新選組が急襲、壊滅させた。
尊攘派は「志士」から「賊徒」と見られるようになり、長州は禁門の変へ突入。