第4話 歪む世界の境界線──敵か味方か、選ばれし絆
初夏の風がそっと館の庭を撫で、白薔薇の香りが甘やかに漂う午後。だが、その静けさは波紋の前触れに過ぎなかった。
リュミエールは書斎の窓に寄りかかり、遠くを見つめていた。十七度目の転生で初めて得た「普通」の兆しは、彼女の心に繊細な光を灯す。しかし、その光は決して長くは続かなかった。
「いつも通りではない……何かが、確実に動いている。」
アルヴィンが静かな足音とともに近づき、彼女の隣に立った。
「お嬢様、最近、周囲の加護の波が不自然に乱れています。これは通常の現象ではありません。」
リュミエールは小さく頷く。
「私の存在が変わり始めているのかもしれない……神の試験の先が、見えない。」
アルヴィンは険しい表情で言葉を継いだ。
「外部からの介入の可能性も危惧せねばなりません。お嬢様の“バグ”に気づいた者たちが、その脅威と感じて動いているかもしれません。」
「敵……?」リュミエールの目に迷いが一瞬浮かんだ。
「しかし、見方を変えれば、その“敵”たちもまた、世界の秩序を守るために動いているのかもしれません。我々の存在は一つの境界線。その境界線が揺らいでいます。」
その言葉にリュミエールは、心の奥底で長い孤独の闇に光が射すのを感じた。
「アルヴィン、もし敵がいても……私はもう、ひとりじゃない。」
彼女は以前のような虚ろな視線を捨て、毅然とした表情を取り戻していた。
「君がいる。それだけで、私は普通に近づける気がする。」
アルヴィンはか細く微笑み、そっと彼女の手に触れた。
「共に歩みましょう。敵を恐れず、恐怖に押しつぶされぬように。」
その瞬間、書斎の扉が激しく叩かれた。
「リュミエール様、緊急の知らせが……!」
駆け込んだ侍女の声に二人は緊張を強いられた。館の周囲で、不穏な動きが確認されたのだ。
リュミエールの目が鋭く輝いた。
「来るなら、来なさい。私はもう、何度も死ねなかった“バグ”ではない。」
彼女の言葉は決意そのものだった。
未来はまだ見えず、揺れている。しかし、たった一つだけ確かなこと――
リュミエールは、今度こそ誰かのために戦い、普通を勝ち取るために、その手を伸ばすのだった。