第2話 加護なき青年騎士と世界の秘密
侯爵令嬢リュミエールは、薄紅色に染まる夕暮れの広間で、じっと静かに考えていた。
「なぜ…アルヴィンだけが、私に加護を持たないの?」
これまでその答えは霧の中だった。しかし彼と出会い、初めて“普通の関係”を望めるその理由を、知りたくて仕方がなかった。
その時、広間の扉が開き、アルヴィンがゆっくりと歩み入った。彼の無表情な瞳は鋭く、それでいてどこか冷たさを湛えている。
「お嬢様、何かお考えでしょうか?」
その声は低く抑制されていたが、どこか優しさを感じさせる。
リュミエールは目を細めて答えた。
「あなたは、加護を持たない。なぜ?」
アルヴィンは少し間を置いてから、静かに言葉を選んだ。
「それは…“神”がこの世界に置いた、最終的な防衛線だからだ。」
リュミエールの眉が揺れた。
「防衛線…?」
「お嬢様が“バグ”であるなら、私の役目は、お嬢様がその力を暴走させぬよう監視することにある。加護を持たぬことで、私は世界の因果や法則に縛られず、特異点であるお嬢様に唯一対等に接することが許されている。」
リュミエールはその冷徹な言葉が胸に刺さった。
「あなたは…監視役?」
アルヴィンは静かに首を振る。
「そうではない。私はただ、お嬢様の存在を”異質”とは感じていない。ただ…誰よりも近い場所で、その重さを共有したいだけだ。」
「近い場所…」
彼の視線が遠くの窓の外へ滑る。夕陽に照らされて、彼の顔に影が揺れた。
「お嬢様の存在は、世界の『正しさ』の崩壊の象徴かもしれない。しかし、それは同時に、新たな可能性の扉でもある。」
リュミエールはぽつりとつぶやいた。
「私がバグなら、世界は壊れるの?」
アルヴィンは首を振り、優しく微笑んだ。
「壊れるのではない。変わるのだ。お嬢様は“バグ”ではなく、“進化”の兆し。世界が新たな段階へ進むための鍵だ――そう思う。」
彼の言葉がリュミエールの胸に温かな灯火をともした。
「あなたと話すのが、初めて怖くなかった。」
アルヴィンは少し照れたように笑い、窓辺へ歩み寄る。
「私もです、お嬢様。初めて—“普通”を感じています。」
沈黙が空間を満たす。二人は世界の秘密と未来の可能性を共有しながら、刻々と迫る運命にじっと向き合っていた。