第1話 死にたがり令嬢は今日も死ねない
侯爵令嬢リュミエールは、青白い朝の光を纏いながら、ぼんやりと館の大広間の窓辺にたたずんでいた。
「今日も死ねないのね」
彼女の唇は、わずかに震えた。向こう側の世界は鮮やかな朝焼けに染まっている。でも、その美しさを目にするたび、心は沈みこんだ。
リュミエールは十六回も転生を繰り返した。どの世界でも、彼女は死にたかった——だが決して死ぬことは許されなかった。
それどころか、誰もが彼女に手を伸ばす。侍女は彼女のあるがままを守ろうとし、敵対者はかえって自滅し、さえない騎士さえ無条件に心酔し、魔王までもがふとした瞬間心変わりしてしまう。
それは――神が設計した世界のバグ。
「存在してはいけない女」
孤独は深く、絶望は静かに胸を蝕む。だが、彼女は強さをまとう美貌の仮面の裏で、ただ一つの願いを抱いていた。
「今度こそ、普通に生きたい」
そう思うのに、全てが最強すぎて、普通の「普通」が遠すぎた。
そんなリュミエールの目前に、加護のないひとりの青年が現れた。彼の名はアルヴィン。彼だけが、彼女の力の外側にいる唯一の存在だった。
「お嬢様は、君だけには加護を与えない――」
彼の冷静な視線がその言葉を告げた瞬間、リュミエールの世界がひっくり返る。
「対等な人間……。それは初めてかもしれない」
震えながらも、小さな希望が胸の奥で光を灯した。