戦争中の国家の王子
「何の用ですか?」
「マーヴィン・クロフ。エドワードだな?」
「何のことだかさっぱり分かりませんが?」
「分かっている。お前があの黒いローブを着た男だったことをな。」
やはり予想通りだ。
この男は、あのとき自分を助けたのが俺だと気づいている。
「黒いローブを着た男って誰のことですか?」
「とぼけ続けるつもりなら勝手にしろ。でも、コロッセオは諦めろ。」
「諦めろって、どういうことですか?」
シャルロットが頷く。
「お前に興味をお持ちになったのだ。エクセルシア王女が。」
『エクセルシア王女と言えば……』
ザルファラの王女は一人しかいない。
コロッセオを開催した人物に違いない。
「それが何だって言うんですか?」
「エクセルシア王女は、一度興味を持った人を絶対に見逃さない。たとえお前でも……」
シャルロットが真剣な表情で見つめてくる。
「死ぬよ。」
『死ぬ……』
死が怖くないと言えば嘘になるだろう。
一度死んだ後、この世界に再び生まれ変わったものの、頭に銃弾が撃ち込まれたあの瞬間に感じた強烈な恐怖は、今でも頭の中から消えない。
『だが……』
この世界では、死ぬことなく普通の生活を楽しんで終えるのが目標だ。
コロッセオも本意ではないが、それを目指して参加したものだ。
こんな場所で死ぬつもりは毛頭ない。
「忠告はマーヴィン・クロフさんにしてあげてくださいね~」
どうせ逃げられないのなら、注意するのも無駄だ。
そんなことを気にして、かえって事態が悪化する可能性もある。
&&&
夜更け。
赤いローブをまとった人々が、街を巡回する衛兵の目を避けて動き回る。
彼らが路地に入り、地面にチョークで魔法陣を描いているときだった。
「ここで何をしているんだ?」
一人の男が現れる。
顔には仮面をつけ、身体には真っ黒なローブをまとった男。
それは他でもない、俺、エドワード・エステルだ。
赤いローブを着た男たちは驚いて立ち上がり、腰に差した短剣や剣を抜く。
「誰だ!」
「今描いているのは魔法陣みたいだが……どんな魔法陣だ?」
「はあっ!」
ただ聞いただけなのに、奴らはすぐに俺に向かって飛びかかってきた。
「ロープ・バインド。」
腰からワンドを取り出した俺が小さな声で呪文を唱える。
透明なロープが虚空から現れ、奴らの腕と脚を縛り上げた。
「何だ、これ!?」
短剣の刃を動かして縛られたロープを切ろうとするが、ロープ・バインドがそんなに簡単に切れたら、ハーメルンが斧で俺に襲いかかっていただろう。
「もう一度聞くぞ。何を描いているんだ?」
「くっ……」
奴らは歯を食いしばり、黙り込むだけだ。
ならば仕方ないな。
シュバッ。
俺の短剣が一人の男の首を貫く。
「こいつみたいになりたいか?」
次の奴は怯えた様子で俺を見つめているが、今回も答える気はなさそうだ。
俺はためらうことなくまた一人の首に短剣を突き立てて殺し、最後の一人に歩み寄る。
「俺は人を殺すのを楽しむタイプじゃないんだ。だからお前にはちゃんと答えてほしいな。」
「あ……わ、わかりました!お、お話しします!」
「じゃあ、一度聞かせてもらおうか。」
「こ、これは……」
シュッ。
顔をわずかに傾けると、一本の矢が俺の顔の横をかすめて飛んでいく。
「チッ……」
俺の顔をかすめた矢は、目の前で縛られているカオスウェイブの男の顔にそのまま突き刺さる。
顔を向けてみると、一人の女性が立っている。
『ルアナ……じゃないな……』
そいつも同じくカオスウェイブらしく、赤いローブを着ている。
「お前は誰だ?」
「それはこっちのセリフだ。なんで私たちの仕事を邪魔してるの?」
女は俺に向かって弓を引き絞る。
「俺だってこんなことしたくないんだよ。でも、放っておいたら俺も被害を受けるだろ?なぁ?」
シュッ。
引き絞った手を放すと、一本の矢が素早く俺に向かって飛んでくる。
俺は短剣で矢を弾き、そのまま女に向かって駆け寄り短剣を振るった。
ガキン!
予想外の音が弓から響く。
『鉄製の弓か?』
俺が何度短剣を振っても空を切り、女は後ろに飛び退いて距離を取りながら連続で矢を放ってくる。
矢を弾きながら俺は再び距離を詰めようとした。
「アローシャワー。」
女が空に向かって一本の矢を放つ。
どこを狙っているのかと思い空を見上げた俺の目に、一本ではなく数十本の矢が見えてくる。
「くそっ!」
俺は前に進むことを諦め、その場で後方にジャンプして距離を取る。
地面に突き刺さった矢は光となって消え、一本だけが地面に残る。
「なんだそれは!?」
衛兵たちが路地に入ってくる音が聞こえる。
女は振り返って衛兵たちが駆け寄ってくるのを見て、舌打ちをする。
「長生きしたいなら、私たちの邪魔をしないことね。」
その言葉を最後に、女は建物の上に高く飛び上がり、屋根を伝って逃げるように走り去る。
「なんでみんな屋根を使って逃げるのが好きなんだ?」
逃げ道がないのは分かるが、ニベアやクラークと路地で出くわした時もそうだし、このカオスウェイブの奴もそうだ。
どうしてみんな屋根に逃げたがるんだか。
「あそこだ!」
「やれやれ。」
ここで衛兵に捕まれば、この死体たちを殺した罪を全部俺が背負うことになる。
『もちろん二人は俺が殺したけどな……』
もう一人の奴は俺が殺したわけじゃないからな。
「誰だ……ぐっ。」
断末魔の叫びと共に兵士たちが倒れる。
殺したわけではない。首筋を叩いて気絶させただけだ。
「さてと……」
このまま外に出れば怪しまれるのは明らかだ。
俺は着ていたローブを脱ぎ、つけていた仮面を包み込んで持ち、路地を出て歩き出した。
「ここ以外にもまだあるだろうな。」
初日から予選を突破したおかげでしばらく時間はたっぷりある。
しばらくの間、夜ごとこの周辺を歩き回り、あの魔法陣について調べてみることにしよう。
「おはようございます、観客の皆さま!コロッセオの2日目が明けました!」
イアンの声が競技場内に響き渡る。
学生たちは明るい笑顔を浮かべながら競技場内を見つめている。
「今日は生徒会の人たちと一緒にいなくてもいいのか?」
「今日はお前と一緒に見るって伝えておいたよ。」
「男爵のくせに一応気は使えるんだな。友達が待ってるってこともわかるなんて。」
「気を使うのは爵位とは関係ないだろ。それにお前は、自分に見合った伯爵たちと遊べばいいのに、なんでわざわざ俺たちと一緒にいるんだ?」
「そ、それは私の勝手でしょ!」
こいつめ。
俺たち以外のやつには親切に接しているってのは、ニールからよく聞いている。
学校内でも評判がかなり良い方らしく、一緒に遊ぶ友達も多いはず。
そっちに行って俺にちょっかいをかけないでくれれば助かるのに、絶対に行かない。
「まあ、いいさ。今日の観戦中、俺を邪魔するなよ。本気で懲らしめるぞ。」
「男爵が伯爵を?それも魔法も使えないお前が?バカなことを言うな!」
「じゃあなんでシャーロット先輩が俺を生徒たちを守る臨時生徒会員に選んだと思うんだ?」
「そ、それは……先輩の目が節穴だったんだろうよ!」
『おいおい、本気でそう言うつもりか?』
昨日、あんなに目一つで震え上がっていたくせに、シャーロット先輩がいないからって「目が節穴だった」なんて言いやがるとは。
「後で告げ口するからな、それ。」
「やめろ!」
「今日お前の様子を見てからだ。」
アリアは歯ぎしりしながら俺を睨みつけたあと、ぷいっと顔を背けて鼻で笑う。
「さあ、今日の幕開けを飾る第一試合!モンスターごとき相手にならない!冒険者ライアン・ブラスト!その相手は貴族の気概を見せてやる!シュテルト・デ・バートマン!」
二人が競技場に歩み出て、開始の合図と共に沸き上がる歓声の中で戦いが始まる。
&&&
「本当に惜しいですね!もう今日の最後の試合だけが残りました!」
イアンの声が響き渡る。
『やっぱり見ているだけなのは性に合わないな。』
戦うことに中毒になったわけじゃないが、見ているだけだと体がムズムズしてくる。
つまらないわけじゃないが、なんというか……。
自分ならもっと上手くできるんじゃないか、そんな気がしてくる。
もちろん実際に俺が戦ったとしても勝てる保証なんてないが、戦っている奴が時折ミスをするたびにもどかしい気持ちが湧き上がる。
これが直感で見る楽しみってやつなのか?
「次の試合は誰だろうな……」
「次の試合は……」
ニールが紙を一枚取り出して眺める。
「なんだ、それは?」
「さっきトイレに行ったら対戦表のパンフレットがあったんだよ。それで持ってきた。」
「おお、そんなのがあるのか。」
「今日の最後の試合は……」
ニールが対戦表を見ながら、だんだんと驚きの表情に染まっていく。
「どうした?」
「次の試合は……『ゼルムート・ヒューデル・フォン・プル・エスペルド』……」
「なんだって……?ニール、もう一度言ってくれ!」
アリアも驚いた目でニールを見つめる。
「ゼルムート・ヒューデル・フォン・プル・エスペルド……様だ!」
「ありえない……!」
「誰なんだよ、それは?」
「エドワード、エスペルドという名字を聞いてわからないのか?!」
一人の男が競技場に入ってくる。
金色の髪に鋭い目。
唇の下にあるほくろ、青い礼服、腰にはシャーロットと同じレイピアを帯びた、鋭い印象の美男子。
「あの方はエスペルド王国の王子様なんだよ!」
「ふうん……」
どうして王子たちはみんな高貴でイケメンなんだろうな。
「ニール、昨日王族は参加できないって言わなかったか?」
「俺もそう聞いてたけど……」
「変わったんだろうな。」
「そんなはずないだろ……ここに来る前に調べた時も王族は参加できないって聞いたのに……」
そうじゃないとしたら、王族が王族の名前を掲げて参加するわけがない。
今重要なのは、あの王子様が冒険者相手にどれだけ持ちこたえられるかだ。
「王城の中で大事にされていただけの王子様が、本当に戦闘経験豊富な冒険者に勝てるのかね……」
「お前、本当に何も知らないんだな?」
「何がだよ?」
「エスペルド王国は今、ヘトリア公国と戦争中なんだ。そして……第3王子様は……」
アリアは緊張した表情でエスペルド王子を見ながら言う。
「国王陛下の命令で先鋒隊長を務め、一度も敗北したことのない、無敗の神話を築いている方なんだよ。」
「冒険者は人間よりもモンスターとの戦闘経験が多いが、対人戦の経験で言えばヒューデル王子様が優勢だ。」
「そんな人がなんでコロッセオに参加してるんだ?」
戦争中の国なら、今も敵国と戦っていなければならないはずだ。
どうしてこんな祭りに来てコロッセオに参加しているんだろうか。
「それは俺にもわからないけど……今回のコロッセオでヒューデル王子様に勝てる人は多分いないだろうな。」
「勝てる人がいないだって……」
イケメンなだけでなく、戦いまで上手いなんて。
まさに絵本の中の王子様そのものじゃないか。
「キャーッ!ヒューデル王子様!」
近くで多くの女性たちが悲鳴に近い歓声を上げながらヒューデルを応援している。
その応援を聞いて、ヒューデル王子は手を振って応える。
「さすがエスペルド王国の王子様!女性の方々の声援がとても熱いですね!さあ、それでは女性観客の皆さんのご期待通り、試合を早速始めましょう!」
競技場にいた王子の対戦相手が槍を持ち構える。
一方、ヒューデル王子は特に構えも取らない。
「試合、始めます!」