ばれてしまった秘密
壊れた石像。
道に沿って一定の間隔で並べられた柱の上に紫色の炎が激しく燃え上がっている。
その道を数分歩くと、巨大な神殿が目の前に現れる。
形が判別できないほど壊れた石像や、かつての栄光の歴史を物語るように神殿の壁には進化の様子を描いた絵が描かれている。
神殿の奥に進むと、大理石で作られた巨大な彫像が建てられている。
長い髪、上半身に服を着ていないまま座って顎に手を添える姿をした彫像。
その彫像の前には赤いローブを着た男が立っている。
「アヴァンチェがどうなったって?」
ローブを着た人物の口から低い女性の声が流れる。
「アルセルの領主に捕らえられたため、殺しました。」
「そうなの~?」
彼女の背後で片膝をついて頭を下げている、彼女と同じ赤いローブを着た女性は、殺したという話を感情の変化もなく伝える。
「今回もあいつが邪魔したの?」
「はい。」
石像の前にいた赤いローブを着た女性が舌打ちする。
「ラヴリンス近辺にしか現れないと思っていたのに……。」
黒いローブを着た男。
彼がずっと彼らの計画を妨害してきた。
『アヴァンチェ・ドリグナル程度なら勝てると思って特に問題視しなかったけど……』
「その男についての調査はどうなっているの?」
「ラヴリンス以外の村で見かけた人がいるかどうか調べていますが、ラヴリンス以外の村に現れたのは今回のアルセルが初めてだと思われます。」
ラヴリンス村とアルセル村。
この二つに共通点があるのだろうか。
「今の学校の状況は?」
「休みのため、生徒たちは全員故郷に戻っています。」
「故郷……?」
その言葉に少し考え込んでいた女性はニヤリと笑った。
「はあ……。」
赤いローブを着た女性が振り返ってフードを取る。
つややかな黒い長髪。
わずかに吊り上がった目と右下の涙ぼくろ、真っ赤な唇、ローブからわずかに見える豊かな胸部と臀部が印象的な女性。
彼女は神殿の外へ歩き出しながら言う。
「私が直接動くしかないみたいね~。」
「そ、それでも教主様は謹慎しろと……。」
「私たちカオスウェーブがずっと妨害されているのに、私が黙っていられるわけないでしょう~?自分で動くしかないわ!」
慌てる女性はその場から立ち上がり、彼女の後を追う。
「では、私もご一緒します!」
***
「本を開けろ、この野郎ども!」
ミューズエルがドアを蹴破って教室に入ってくる。
「おはようございます~。」
「おはようだと?昨日飲みすぎて二日酔いで死にそうだってのに……。」
「どなたと飲まれたんですか?」
ある生徒の質問に、ミューズエルが鋭い目で睨みつける。
「お前が知ってどうするってんだ?」
『どう見ても一人で飲んだに違いない。』
年齢に見合わない幼い顔立ちのせいか、かなり若く見えるため人気がないのだろう。
いや、性格のせいかもしれない。
「さあ、授業を始めるぞ。」
休暇前と同じように授業が始まる。
休み明け最初の授業が、比較的面白く教えてくれるミューズエル先生で良かった。
もしミューズエル先生ではなく、アレイラ先生だったら即座に寝落ちしていただろう。
『それにしても、どうしたものか……。』
数日前、部屋に押し入ってきたマリア。
本来なら今ごろアルセルにあるエステル家の屋敷に到着しているはずだが、いまだに私の部屋で眠っている。
『なんで行こうとしないんだ?』
行かない。
無理に送ろうとすると、駄々をこねる。
離れたくない、と。
まあ、不安なのは理解できる。
私が助けるまで、牢屋のような馬車にずっと乗っていたのだから。
しかし、今私がここで彼女をずっと一緒に置いておくわけにはいかない。
ここは学校だ。
健全な異性交流までは許されるが、不純な異性交遊は絶対に許されないという話だ。
もちろん、私にとっては異性交遊ではないが、部屋に生徒でもない女の子が一緒にいる?
完全に誤解されるのに絶好の状況ではないか。
ヒューズテラさんに属性がないわけではないという話を聞いて、もう家に帰る名目すらなくなった状況で、異性交遊で退学になる日には、本当に箒で叩かれながら家から追い出される。
「召喚魔法で最も重要なのは契約だ。契約には全部で三種類が……。」
カツ、カツ。
チョークの音が教室に響き、生徒たちの息遣いだけが聞こえる。
なんて素晴らしい。
こういう何事もない平和な生活。
こうした悩みも平和だからこそできるもので……。
「……。」
何かがサイレンス・ヴィジランターのセンサーに引っかかった。
モンスターか?人間か?
いずれにしても、生徒ではない外部の存在であることは確かだ。
『このまま放っておくと……。』
これまで何度も学校で事件が起きてきたのに、今回は学期が始まった途端に事件が起きる?
そうなったら、本当に平凡な学校生活はそのまま終わりだ。
「どうした?」
隣にいたニールが私を見て首をかしげる。
「いや、ちょっとね。先生。」
「なんだ、エドワード?」
「ちょっとトイレに行ってきてもいいですか?」
「大か小か?」
「それセクハラですよね?」
「くだらないこと言ってないで早く行け。」
「はい~。」
私はドアを開けて外に出た。
&&&
『確かこの方向だったけど···』
寮に立ち寄り、黒いローブと仮面を着用して、私はナルメリアの森に入った。
ここはカオスウェーブの連中がよく利用する通路。
ひとまず私が使わなければならないから放置しているけれど···
「これを伝えるべきか···」
伝えた瞬間に村へ通じる道がなくなるから、すごく迷う。
「こんにちは~」
低い女性の声が聞こえた。
通路の横にあった木から二人の人影が現れる。
全員、赤いローブをまとい姿を隠した人たちだ。
シュルン。
一人が剣を鞘から抜き取る。
「挨拶しておきながらいきなり剣を抜くのか?」
「黙れ!」
「静かにしなさい。」
隣にいた女性が剣を抜いた女性の頭を軽く叩いて言った。
「それでも少しは考えているようね。すぐに飛びかかってこないところを見ると。」
「考えるのは誰でもするでしょう?君だって考えているじゃないか。」
皮肉を言うと、剣を持つ女性が歯を食いしばる。
「よくも···」
「静かにしろって言ったでしょ!」
パシッ。
「いった!」
頭を拳で殴られると、女性は剣を落としながら頭を撫でる。
「ここに遊びに来たのか?」
「違うわ。ただ、私たちの仕事を邪魔する人がいるって聞いて、興味が湧いて来てみただけよ。」
「そうか。それじゃ、興味はもう満たされたか?満たされたのなら静かに帰ってほしいんだが。」
女性は肩をすくめた。
「それは君次第よ。」
「私次第?」
「そう。とりあえず一緒に出かけようか?」
女性が通路を指差す。
「これ、ちょっと時間がかかりそうだな···トイレじゃなくて、頭が痛いって言って抜け出せばよかった···」
こうなると成績はまた底を打つだろう。
底を打てば冬休みに補習授業を受けることになるし···
「楽な日なんてないな。」
ラブリンスの外の森。
風が吹き、ローブがはためく。
「それで、ここに連れてきた理由はなんだ?」
「それはデートよ。」
「デート?」
眉間にしわを寄せて見つめると、女性がうなずいた。
「君にちょっと興味が湧いてね。こうして連れてこないと会えないじゃない。そうでしょ?」
初対面でデートか。
お見合いなら可能かもしれないが、これはお見合いではない。
「それは申し訳ないな。私は今、時間がないんだ。」
私は腰から短剣を取り出して手に持った。
「そう?残念ね。もう少し歩きながら、お互いの本音を語り合いたかったのに。」
瞬間、彼女が私を見たその瞬間、背筋が凍った。
一瞬だけ、殺気を感じた。
「雌狐みたいに尾を振るのはやめて、本当の目的を話したらどうだ?」
「う~ん、それじゃあそうしようかな?」
女性がフードを脱ぐ。
漆黒の長い髪が風に揺れる。
20代前半くらいだろうか。わずかに吊り上がった目元と、右目の下にある涙ボクロが印象的な美しい女性。
「はじめまして、エドワード・エステル。私はルアナ・シルバーウィンドよ~」
体が硬直した。
どうして私の名前を知っているんだ?
「まぁ、図星だった?ただの思いつきで言ってみたんだけど~」
「思いつき?」
私はクスリと笑った。
既に全てを知った上で名前まで挙げておいて、思いつきとは。
「卑怯だな。他人の裏を調べて歩くなんて。」
「好きな人がいれば当然調べるものじゃない~相手がどこに住んでいるか、何が好きか。そして···」
ルアナが魅惑的な笑みを浮かべる。
「何をしているのか、ね。」
本当に厄介だ。
「ひとまず話を聞こうか。」
「やっと興味が湧いたの?私が誘惑しても興味を示さなかったくせに~ひどい!」
「早く戻らないといけないから、早く言いたいことを話してくれ。」
ルアナは長い爪を見つめながら言った。
「君に私を手伝ってほしいの。」
「手伝う?」
「そう。そうしてくれれば、君が黒いローブの男だということは誰にも言わないわ。どう?」
「もう言ったんじゃないのか?」
「何のこと~まだ言ってないわよ~」
見た目からして信頼できない相手だ。
そんな相手の言葉を信じるよりも、むしろ始末したほうが良い選択ではないだろうか。
「表情を見ると、信じていないみたいね?それなら信頼を示さなきゃね。」
ルアナは考え込むような表情を見せると、「あっ!」と声を上げ、隣にいた別の赤いローブの女性を見た。
「ごめんね~バルバロッサ。」
シュパッ。
悲鳴を上げる間もなかった。
彼女の手が隣の女性の心臓を貫いた。
手を引き抜くと、女性は倒れる。
理由を問うように彼女を見つめるが、ルアナは微笑むだけで答えない。
「私以外に君を知る人はこの子だけだったからね~この子を殺したから、もう君の正体を知るのは私だけよ。どう?これで少しは信頼が生まれたんじゃない?」
全然信頼は生まれない。
目の前で裏切りを見せつけられたのに、どう信じろと言うのか。
「それなら君も殺せば、私の秘密は永遠に守られるんじゃないか?」
「それも方法の一つではあるけど、私ならその方法は使わないわ~だって···」
ルアナの目が赤く輝く。
瞬間、周囲からモンスターの鳴き声が聞こえた。
「このモンスターたちが学校に押し寄せるのを見たくないでしょう?君だって見たくないはず。君の友達が傷つくところを。」
「結局、人質か?」
「味方にならない人間は敵だからね。」
どれだけ強くても、自分を分身させられるわけでもない限り、すべての生徒を守るのは無理だ。
ひとまず相手の話を聞くしかない。
「とりあえず何を手伝えばいいのか、話してくれないか?」
「心配しないで、大した依頼じゃないから~」
「それなら教えてくれてもいいんじゃないか。」
私の言葉に、ルアナは人差し指を唇に当て、「どうしようかな~?」とつぶやきながら私に言った。
「君、この近辺にあるバートレイヴンという国、知ってる?」
「バートレイヴン?」
エルハウンドと国境を接する同盟国、ザルファラの首都。
地理を勉強したときにちらっと聞いた気がする。
「知ってる。」
「とりあえずそこに行ってほしいの。」
「バートレイヴンへ?」
「そう。そこへ行けば、君に何をすべきか教えてあげるわ。」
「それはどう考えても現実的に無理だが。」
「え?どうして?」
「君が僕の名前を知っているなら、今の状況も知っているはずじゃないか?」
最初は僕の言葉の意味が分からないのか首をかしげていた彼女も、やがて理解したのか微笑みを浮かべた。
「あぁ、学校のこと?」
「ここは寄宿学校だろう?僕が抜け出す理由なんてないんだ。」
「それじゃ、できないっていうことね?じゃあ、『カオスウェーブにいる黒いローブの男の正体はエステル家のエドワード・エステルだ』って言いふらしてもいいの?」
「それは···」
『好きにしろ、ってことか···』
バートレイヴンまで行くには、馬車で急いでも少なくとも一週間はかかる。
休学届を出して一か月ほど学校を離れればなんとかなるだろうが···
この魔法学校に休学届なんてあったか?
「冗談よ!」
彼女は指を唇に当てて、クスッと笑った。
「その部分は心配しなくていいわ。近いうちに君に良い知らせがあるから~」
「待て、それはどういう意味だ?」
「この話はここまで!それじゃあ、私はこれで失礼するわね~」
僕の質問には答えず、彼女は言いたいことだけ言うと、光で作られた魔法陣と共に姿を消した。
「良い知らせ」と言うのなら、僕がバートレイヴンに行ける方法を教えるということだろう。
つまり、それは教会以外にも、学校内にカオスウェーブの仲間が潜んでいるという意味になる。
「はぁ···」
いっそのこと退学して、父さんに叱られるだけで済ませたほうが、僕の平穏な人生には良いのではないかと思えてくる。
もちろん、ルアナに正体を知られた以上、逃げ出すのは無理だが。
「人生、すっかり狂ってしまったな!」
「エドワード!!!!さっさとクソみたいに這ってでも戻ってこい、このバカ野郎!!!!」
「うわっ、びっくりした!」
ミュズエルの怒った大声が学校から響いてくる。
本当に、いろんな意味で頭が痛い。