プロローグ 老人弟子と稽古
霧が深く、大きな森に隠れた家に住むわしは今日も腰を痛めながら弟子と人参と玉ねぎを混ぜ合わせた温かいシチューを頬張りながら他愛もない話をして過ごす。
空の色の髪でエメラルドの色をした瞳を持つ青年、我が弟子のシアンと出会ってもう13年になる、シアンは19になるのう。そろそろ女の一人や二人を連れて帰ってきて良い歳なのに全然旅立って行かんわい。
「そろそろお前もこの老いぼれから旅立とうと思わないのか?」
「いえ、全く。大魔術師スハン師匠の稽古がとても楽しいので。」
我が子の様に育てて来たスハンは嬉しさのあまりに泣きそうになった。
「ならせめて王都の魔術師試験を受けてみないか?資金も貰えるし、依頼もちょこちょこ貰えるぞ?」
「お断りします。もしかして俺が邪魔なんですか?」
捨てられた子犬の様な顔をしよって…昔からそうじゃったな。魔法も上手く行かないと鼻水垂らしながらギャンギャン泣くし、街へ買い物に行って帰って来ると机の下に隠れてナイフを構えて泣いておるし、結構面倒見るのが大変じゃったな。
思い出にしたっているとシアンがハッと声をかけてきた。
「あ、そろそろ稽古の時間ですね。食器片付けるのでスハン師匠は先に行って準備していてください。」
コクリと頷き、年老いた体ゆっくり起こしながら、ある一つの扉へと向かう。扉を開くとそこには霧の深い森ではなく、日光でキラキラと輝く草たちが広々とした草原になっている。この扉はスハンが草原へと繋げたどこでもドアの様な物だ。
「ふぅ…」
ここまで来るのにも精一杯じゃな。わしもそろそろ限界かのぉ?
収納魔法で閉まっていた、魔力測定機を取り出し、稽古の準備を進める。準備を終えると先程の扉に向かい、シアンに準備ができたと伝えると、寝間着から外出着に着替えてきたシアンが暖かい風に吹かれながらこちらに向かって歩いてきた。
「今日の稽古じゃが、今の力で攻撃の広範囲魔法を打ってみろ。」
「はい!」
その瞬間、空へ手を掲げたシアンの指先が徐々に光っていき、赤黒く光った大きな光の玉が出来る。その後、光の玉は上へ飛んでいき、群青色の空で弾け、空を赤黒く染め上げあたりが一瞬にして不穏な空になった。その後、鋭利な形をした雨が降り、地面に突き刺さり、地面は赤黒く変色し、草花達は全て枯れる。魔力測定機はビービーとエラー音を叫ぶ。
ほうほう、想像以上じゃな。やはり魔力測定機に計りきれなかったか…流石、わしの弟子じゃな!
「もう良いぞ」
「わかりました。」
シアンがふと息をつくと、雨はやみ、赤黒い空は消えた。地面はまだ変色したままだが、数分で消え、元の色鮮やかな草花が咲き初めた。
「スハン師匠どうでしたか?」
「うむ。前より、威力は同じじゃが、範囲が広くなったのう。魔力も年々増えているようじゃし、熟練魔術師と言っても差し支えないじゃろうな。」
「ありがとうございます!スハン師匠のおかげです!」
この子の力は人の役に立つ。こんな老いぼれの所より、王都へ行って、仕事して欲しいものじゃな。
「今日の稽古は終わりですか?」
「あぁ、そうじゃな。もう教えることもないしのう。自主練をするが良い。分からないことがあったら呼ぶんじゃぞー」
腰を押さえながら、近くにある大きな木の木陰に腰を降ろし、シアンを見守る。
心地よい風が髪と髭を撫で、スハンはつい、眠りそうになった。あれから数時間が経ち、太陽が沈みかけ、シアンの額から汗が流れ落ちた。
そろそろ終わりにするかのぉ〜
立ち上がろうと腰をあげると、突然東側の方から地面が揺れるほどの大軍がこちらへ一直線に向かってくる。
「な、なんじゃ…!?」
事の重大さにいち早く気づいたシアンがこちらに叫ぶ。
「スハン師匠!!早く転移扉へ逃げてください!」
突然の事に驚きながらも、立ち上がり、扉へ一目散に向かう。
「あっ…!」
こ、腰に反動が…!うぅっ…
「スハン師匠!!大丈夫ですか?あ、もう敵が近いな…すみませんが持ち上げますね、失礼します!!」
シアンは汗を流しながら駆け寄り、うずくまったスハンを片腕で持ち上げ、力を振り絞って扉へ走る。
「そこの者!止まれ!!」