電車
三題噺もどき―よんひゃくきゅうじゅうろく。
通り過ぎていく空は、曇天が広がっている。
雨こそ降ってはいないが、重苦しい灰色の空だ。
ようやく梅雨が明けたと思っていたが、そうでもなかったらしい。
天気予報では来週また雨予報が出ているし、いつになったら梅雨明け宣言されるんだろうか……まぁ、梅雨明けしたところでその矢先に大雨に降られるのが恒例になっている気がするから、そんなものあてにはならないんだけど。
「……!」
ガタン―と、大きく揺れる。
常に一定の間隔で揺れてはいるが、毎回ここは大きくなる。体が跳ねるんじゃないかというくらいの勢いで揺れるから、内心ヒヤリとしてしまう。
線路に何か問題があるんじゃないか……そんなことないんだろうけどさ。
「……」
数日ぶりの電車に揺られていた。
時間帯もあって、人は少ない。ラッシュ時の混雑が嘘のようにがらりとしている。
いつもこれぐらいだったら、通勤に通学に変な疲労を感じることもなかったのにな。
あぁでもこれは田舎の方だからなのかな……人が少ない時間帯があるなんてこと自体が。まぁ、そもそもこの時間帯の電車は二車両編成なのが常だと言うと、田舎なんだろうな。もう少し微妙な時間になると一両になることもある。停車しない駅だってあるし、点々と無人駅がある。これが当たり前だとおもって都会に行くと、迷うこと確定な気がする。
「……」
人が少ないおかげで、余裕をもって席に座れるのはありがたいので、捨てたもんじゃない。
少々長い時間揺られることになるので、その間中立っているのはなかなかにしんどい。
勤務している間は、パンプスを履いていたし、残念ながらたいして痩せているわけでもないので、自分の体が重いのなんの。踵も痛ければ、身長が低いからつり革を持つ肩も痛い。持たずに済むように端の方によったら他の客につぶされるし、降車時が大変。
「……」
通勤中はあれが当たり前だと思っていたが、こう考えるとアレはあれでそれなりの負荷がかかってたんだろうなぁ。今はもう絶対に出来ない。
電車に乗らない生活に慣れてしまうと、乗るのにもなんだかよく分からない不安に襲われるし、乗っている間なんだかそわそわしてしまう。
先週あたりからちょこちょこ乗ってはいるから、今日はもうそうでもないんだけど。
「……」
でも、車内の音はなかなかにうるさいし、時折聞こえる話声が気になってしまうのは、通学していた頃から変わらないままなもので。
イヤホンをして、今日は朗読を聞いていた。
普段は音楽を聴くか、ノイズキャンセリングだけをしておくかなのだけど。
「……」
数日程前から、怪談話を聞くのにはまってしまって。
これがなかなかに面白い。
「……」
出来ることなら読書に勤しみたいところではあったんだが、いかんせん乗り物酔いをしてしまうので、それが出来ないのだ。車内で本を開いたり、携帯をいじったりすると、気分が悪くなってしまう。あと、車内で食事をされたり、香水がきつい人も近くにいたりすると、さらに酔いやすくなるので、正直やめて欲しい。
「……」
まぁ、そういう気を紛らわすためにも、イヤホンは電車に乗るには必須アイテムだったりする。そうでなくてもイヤホンやヘッドホンをつけている人がそれなりにいるから、目立たなくていいよな。ただ、車内アナウンスが聞きづらいのは難点か。
「……」
今聞いているのは、吸血鬼が登場する話だ。
ホラーというよりかは、ファンタジー要素が強い気がする。
なんとなく適当に選んで聞いてみたものの、なかなかに面白いモノだった。機会があれば紙の本も手に入れたいところではある。電子書籍でもいいけど……あれはあれで必要以上に目が疲れるような気がしてならない。
慣れてしまえばそうでもないんだろうけど……ブルーライトカットとかすれば多少はマシになるのか?
「……」
電車に乗った後に、適当に選んだので、序章というあたりだが。
この時点でこの面白さなら、佳境に入った際にはどんな風になるんだろうな。
目的地に着くまでに全部聞き終える量ではないから、帰りもこれを聞きながら帰ろう。
俄然楽しみになってきた。
「……」
数日ぶりに電車に揺られていく場所は、苦手なあの人が居るところなので。
こうして少しでも、その後の楽しみを作っておくことはいいことだろう。
心の安寧を守ることは何よりも必要だ。
「……」
置きっぱなしにしていた荷物を取るついでに、足りなかった書類をもらうだけだから、すぐ終わるだろうけど。
……てかそもそも、書類が足りないってどういうことなんだって感じなんだけど。
これだから、あの人は苦手なんだ……。
あーもう、めんどくさいなぁ。
お題:曇天・電車・吸血鬼




