Mirai's Café Story
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夫の帰りが遅い──。
最初はそれだけの事だった。
気が付いた時には──話は大きく転がり始めていた。
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※このお話は、フィクションです。実際の団体や事実とは一切関係ありません。
~紫紺の瞳~
ヴィオラ・トワイライトの事件簿
気が重い。
旦那の帰りが遅い日が続き、モヤモヤした日々を過ごしていたところ、
つい目に入った探偵事務所へ素行調査を依頼してしまった。
今日はその調査結果の報告日。
指定されたカフェの扉の前で、一つ溜息をつき。
意を決して中へ入る。
──カランカラーン
響くベルの音。
入店し、中を見渡す。
目的の探偵はすでに到着しており、こちらの姿を見かけると手を挙げ、席へ促す。
カウンターの中から「いらっしゃい」と声を投げかけてくれたマスターと思しき男性へ軽く
会釈をし、促された席へと歩みを進める。
席へ着くなり、「飲み物は頼んでおいたんで、是非どうぞ」と紅茶を勧められる。
しかし──正直気が逸り、飲み物に意識が向かない。
「いえ、そういう気分でもないので。 早速ですが──」
そう返答すると、探偵は肩をすくめてやれやれといった様子で、手元の封筒から資料を取り出した。
「単刀直入に言いますと、──クロです。」
そう言いながら広げる資料には、旦那と少し自分より若い女性が映る写真。
ショッピングモール、レストラン、路上を歩く姿、──そしてホテルへ入るところも。
―─何故?という気持ちと、悲痛と、怒りで目の前が真っ暗になる。
目の前の探偵が「ひどい旦那さんだ─」「きっとこの女性と毎日のように─」
「私だったら貴女の様な奥さんがいたら放っておかないのに─」と、
何か喋り続けているが、自分の口から出るのは適当な相槌ばかり。全く言葉が耳に入らない。
どれくらいの時間が経ったか。
不意に探偵がこちらの手を握り、
「大丈夫ですか? まずは落ち着きましょう。」と
優しい眼差しで訴えかけてくる。
──キモチワルイ。
反射的に手を振り払い、「ご調査ありがとうございました。費用については
こちらの請求書に基づき、お支払いさせていただきます。」と機械的に返答し、
不満げな探偵を視線で黙殺し、帰らせた。
一人、席に座って改めて調査結果を見る。
相変わらず思考がぐるぐるめぐり、考えがまとまらない。
不意にテーブルに水滴が落ちる。
──あぁだめだ。
テーブルに広がった資料を集め、逃げる様に店から出ようとしたとき、
ふと足元に何かが飛び出した。
驚いたと同時に、手に束ねていた書類を落としてしまい、床に散らばってしまう。
慌ててかき集めていると、伸びてくる手に気づく。
「手伝いますよ」
そう声をかけてきたのは、絵画から抜け出てきたような、西洋人形を思わせる、
ゴシックな様相をした美しい女性と、その付き人と思しき人物。
「ごめんなさい─ッ」
慌てて資料を拾い上げ、拾っていただいた資料も受け取ろうとした時。
「随分と仲の良さそうな兄妹のお写真ですね」
と、その女性は見えてしまったのか、写真に写る2人を見てそう言った。
「なんで……そう思ったんですか?」
思わず口から漏れる言葉。
すると女性はさぞ不思議そうに少し首を傾け、こう言った。
「目、ですかね。お互いを見る目が情愛ではなく親愛…それも兄妹に向けるものです。」
続け様に女性は言う。
「もう一つは恰好ですね。二人とも気心の知れている、恰好をつけなくても良いラフさがある服装です。
──あぁ、最低限は整っていますが。」
そう言われ、改めて写真を見る。
言われてみれば…そう……なのか?
そうして女性は私を真っ直ぐ見つめてから、こういった。
「──もしよろしければ、少しお話しませんか?」
改めて同じテーブルに案内され、椅子に座る。
そうすると、お店のマスターが「これはサービスだ」と紅茶を出してくれた。
そういえば、少し喉も乾いたなと口をつけると、フワッと香る紅茶の香りと、
その温かさが体に、心に染みわたる。
ほぅ…っと息を吐くと、優しい笑顔でこちらを見つめる女性と目が合った。
改めて見ても、美しい──という表現では足りない気品を感じる。
ウェーブのかかった髪は透き通る様な白から紫にかけての艶やかなグラデーション。
ゴシック感あふれる黒を基調とした洋装に、白磁器を思わせる透き通る肌。
そして何より、その瞳は何もかもを見通す様な紫紺で──。
気づいた時には経緯を含めて全てを吐き出していた。
幼少より親から見放され、一人だった彼との馴れ初め。
愛を紡ぎ、結婚。穏やかながらも平凡な日々。
そしてそんな日々に差した影──。
ひとしきり話し終え、溢れる涙を拭っていると、
ただゆっくりと、時に相槌を打ちながら聞いてくれたその女性は一つ呼吸を置いた後、
「改めて、ここまでお話をお聞きしておきながらで恐縮ですが…。
是非に旦那さんと一度しっかり話し合うことをお勧めします。」
と、その女性は確信めいた顔でそう告げた。
「自己紹介がまだでしたね」と、その女性は自身の紅茶に口をつけ、コクリと飲んだのち、
柔和な笑みを浮かべながら、こう語り始めた。
「私の名前はヴィオラ・トワイライト。僭越ながら、探偵というものをしています。
そしてこちらに控えているのが、助手である…そうですね。「従者さん」とお呼びください。」
探偵──。
今日の出来事のせいで、どうしてもマイナス感情が先走るが、
目の前にいるヴィオラさんを見ていると、自然とそういった感情が凪いで、穏やかな気持ちになる。
そして「従者さん」──柔和な笑みでヴィオラさんの後ろに控えている。
男性なのか女性なのかが読み取れない、中性的な雰囲気をまとっており、
その佇まいからはヴィオラさんを長年支え続けていたのだろうという空気感がある。
少しの逡巡の後、改めて先ほどの言葉の根拠を聞いてみたくなった。
「どうして── あなたはこの写真の女性が、主人と恋仲ではなく兄妹であると・・?」
そう尋ねた私に、ヴィオラさんはこう語った。
「先ほども申し上げた通り、目が第一の根拠です。読み取れる感情が情愛よりは親愛ですね。
そして改めて資料とお話を伺って、思った事もあります。」
「思った事?」
「はい。そうですね──例えば、この写真。」
そう言ってヴィオラさんは1枚の写真を示した。
「ショッピングモールのお写真ですが、ここに写っている看板。これは3日間限定イベントの開催中のものです。
たしかこの期間は、中の洋菓子屋さんで限定ブラマンジェが食べられると話題でした。」
え?
「次のこの写真、レストランですが、確かこちらは本場から取り寄せた様々なチーズが有名で、
最近チーズケーキの新作が出ていたかと。」
ん?
「そしてこの路上の写真。ここは確か近くに有名なフルーツタルトを出す喫茶店がありましたね。」
……。
「最後、こちらのホテルの写真──こちら入口がいかがわしいホテルに見えますが、実は中はシックで落ち着いた雰囲気のホテルです。」
え…?
「期間限定で有名店がケーキバイキングを出店されていましたね。」
「えぇと……つまり?」
「恐らくですが、ご主人は甘味目的でお出かけされていたと思われます。
──正確には、こちらの同行している女性…恐らく妹様だとおもいますが、そちらがその発案者かと。」
「なんで──」
「──そちらについては言及は控えます。」
そう語ったヴィオラさんの推論に、虚を突かれて動揺する。
「そんな……夫は甘味が苦手だったはずです。それなのに甘味屋を巡るなんて──やっぱりこの女性と…」
「それはありません。」
きっぱりと否定するヴィオラさん。
「この二人に男女の関係は無い。それだけは断言致します。
──私としては、是非旦那様へ、貴女から直接問いかけてご確認いただきたいです。」
そんな―—なんでそれを断言できるの?と思う反面、ヴィオラさんは恐らく自身の推測から何かが見えている。
しかし、それを言う気が無いというのは……
そう考えていると、表情を読み取ったのか、ヴィオラさんは申し訳なさそうに目を伏せながら、
紅茶を口に運んだ。
「私からは申し上げられないのです。きっとそれは──そう、勿体ない。そんな表現が適切かと。」
勿体ない…? ますます良く解らない。
ただ、ヴィオラさんの表情からは真摯に私の事を考えてくれている事が伝わってくる。
「そう…ですか。」
そう、出会ったばかりの私にこんなに真摯にも。、
「わかりました。──今夜、夫に全てを教えていただこうと思います。」
──今日という日はなんて日だったんだろう。
不安な気持ちでやってきた待ち合わせ先の喫茶店。
どん底に叩き落される様な証拠資料の数々。
弱みに漬け込もうとする男。
底知れぬ虚無感。
それを救いあげてくれた紫紺の瞳を持つ女性との出会い。
心の休まる紅茶の味…。
ここまできたら、毒を食らわば皿まで。
全てを今日に詰め込んでしまおう。
きっと最初から回りくどすぎた。
探偵に頼むという事自体が、今思えば勿体ない。
「よかった。」
「え?」
「最初にお声がけした時より、少し目に力が戻ってきているので。」
「あはは…その節は。おかげ様で、少し前向きになれました。」
そう答えた私に、出会った時のような優しい笑みを浮かべながら
「やっぱり…貴女、とても素敵な笑顔。
…無責任で申し訳ありませんが―—どうか頑張って。」
そう言ったヴィオラさんに深く感謝をし、決意を心に宿して店を後にした。
── 一週間後。
──カランカラーン
変わらず鳴るベルの音を聞き、入店する。
「いらっしゃい。」
カウンター越しに声を投げかける店主に、軽い既視感を覚える。
「あっちで待ってるよ。」と、言われて目を向けると、以前と変わらぬ席に佇む女性、
「──ヴィオラさん…っ!」
近づく私に、あの日と変わらぬ素敵な笑みを称えながら、彼女は私を席に促した。
「ヴィオラさんの言う通り、夫に尋ねて良かったです。」
──そう。あの日帰った私は、探偵の資料は一先ずしまい込み、開口一番に夫にこう聞いた。
「最近夜が遅いし、休日にはどこかへ出かけて行っては帰りが遅いけど、何をしているの?
──それと、ご近所さんから「あなたが女性と歩いているのを見た」と言われたんだけど、
それは本当なの?」──と。
すると夫は、目を泳がせながらどう誤魔化そうかと思慮を巡らせ始めたようで、
眉間に皺を寄せながらゆっくりと空を見上げるように上を向き──ガクリと項垂れた。
「バレてしまったか。」
そう口火を切った夫に、背筋が凍る様な不安が駆け巡った。
やはりあの探偵の資料が正しかったのか──
「ちょっと、待っててくれ」
きっと不安でひどい顔をしている私を後目に、夫は自分の部屋へと入っていった。
そうして1分ほど待った後──夫は小さな袋を抱えて戻ってきた。
「まずはこれを見てほしいんだ。」
そう言って私にその小袋を差し出す。
これは……なに? と、目で訴えると、
「開けてみて?」と促される。
小袋を開けると、綺麗な包装紙に包まれた箱が入っていた。
「本当は明後日に渡したかったんだけどさ」
そう言いながら、更に開けるよう誘導する夫。
──私が何かの記念日を忘れている?誕生日はまだ先、結婚記念日は少し前…。
一生懸命記憶をたどりながら包装紙を剥き、中から出てきた箱を手に取る。
そうしてその箱も開けてみると……中にはレザーと宝石を組み合わせたネックレスと、
一枚のメッセージカードが入っていた。
メッセージカードを手に取ったと同時に、夫から声がかかる。
「──改めて。僕と出会ってくれてありがとう。」
そこには口に出された言葉と、《2人が出会った記念日》という文字が書かれていた。
余りにも虚を突かれ固まった私を脇に、夫はそのネックレスを手に取り、私の後ろに回り着けてくれた。
「僕はね。本当に君と出会えて人生が変わったんだ。その感謝を形にしたくて。」
──夫が言うにはこういう事だった。
結婚式で指輪の交換はしたけど、新婚生活中に初めて私の金属アレルギーが発覚し。
指輪を外すしかなくなり、それに対して私がとても申し訳なさそうな顔をしていたのが最初の発端。
そこで、何かできないかと考えていたところ、動画配信サイトで金属アレルギーの方へ向けた
アクセサリーの宣伝をしている方がいて。
詳しく見てみると、自身の店舗も構えている方で、それがたまたま近場だった上で「訪問の上で製作までできる」と。
そういえばもうすぐ出会った記念日があるし、これは何かできないか相談してみようか…となり。
仕事の帰りに一度見に行ってみようかねと伺ったところ……
「いや、本当にびっくりしたよね。」
なんとそこにいたのは小さい頃に離れ離れになった、夫の妹さんだったと。
これが全く夫の方は気づかず、妹さんの方から諸々の昔の話を聞いて、ようやく確信に至ったんだとか。
そこからは、長い時を埋めるかのように、話をする時間を作っては、この贈り物を作りながら
色々な話をしていて。
その話の流れで、妹さんが甘味が大好物で、「甘味フェアがあるところには行かない選択肢はない!と
いう生活を送っているとのことで、更には「奢ってくれたら良い石と革を仕入れる!」っていうものだから…
「自分が甘味苦手なのに頑張っちゃったと…。」
「はい…」
本当は私も誘って行きたかったし、早く妹を紹介したかったみたいですが、作っている物の都合上
それが出来ず、微妙な距離間まで生まれてしまって…。
「バカね…。」
「返す言葉もない…。」
私も貴方もよ。
全てを夫と話して、諸般の事情がひと段落した後。
大恩あるヴィオラさんへも顛末を伝えたいと思い、「探偵」であるとお聞きしていたから
探偵事務所を調べ、連絡を取り、今回お会いできる機会を設ける事が出来た。
「──という事がありまして。」
紅茶を飲みながら話を聞いてくれていたヴィオラさんが、なるほどと相槌を打つ。
「本当に、良かったです。」
「本当に。──きっと私はあの日ヴィオラさんに会っていなかったら…
夫に、探偵に調査してもらった調書を叩きつけて、離縁を訴えていたんじゃないかって思います。
そしてそうしてしまったら…きっと夫は何も言い訳せずにそれを受け入れていたんじゃないかって。」
「そうですね…。お会いした事はございませんが、お写真から読み取れる人物像ではそう行動しそうな気がします。」
「紙一重でした…。そう、そういえば結局、私もその妹さんにお会いしまして。
本当に気の良いお方で、夫の妹と言われれば納得しかない…そんな方でした。」
「なるほど。…確かに。貴女のそのネックレスを見て、私も一度お会いしたいと思いました。」
そうヴィオラさんは興味ありげに言った。
なんでも、本当に素晴らしい素材が使われているそうで、さらにはその素材の加工技術も一級品だとか。
「私、自然素材にも目が無くて……」
うん、いつか絶対紹介しよう。
「そういえば……ヴィオラさんは写真を見て、夫が何をしていたのか勘づいていた感がありましたが…」
そう、あの時ヴィオラさんが言っていた「自分から告げるのは勿体ない」という台詞。
「あの時は一体何が見えていたんですか?」
そう私が問いかけると、ヴィオラさんは、しばし思い出す様に宙に視線を漂わせた後、こう語った。
「そう…ですね。女性の方が何かしらの生産職に従事されていることは、何となく。
写真に写っていたお手を見るに、細かい作業をされているのか爪の手入れが万全でした。
そうでありながら何かを日常で握っている様な跡などが指に残っていて。
あぁ、これは手に業有りな職人さんだな…と。
そうしてそんな女性と一緒に行動しているとしたら、何かを作っている…つまり贈り物である可能性が高い。
そうなると…貴女に贈る何かをプレゼントしようとしているのではないかと思ったのです。」
――凄い。「探偵」を生業にしていると伺っていたけど、まさかあれだけの情報でここまで…。
そして、そこまで推測をしていながら、敢えて伝えなかったという気遣いまで──。
「いやぁ…改めてヴィオラさんの凄さがわかりました。」
そんな私の返答に、ヴィオラさんは恥ずかしさを隠すためか、少し目を伏せて紅茶をまた飲み始めた。
「そう!ヴィオラ様は凄いのです!」
うわっびっくりした。「従者さん」が急に声を上げた。
「ヴィオラ様は非常に「視る」力に優れており、その才は唯一無二だと常々思うのです!
探偵をすると伺った時、とうとうヴィオラ様才能が如何なく発揮される!と、私めこと「従者さん」も
気を引き締めてヴィオラ様の隣に立ち支え、それを見守り続けると誓いました。 ……しかしヴィオラ様は──」
「従者さん。そこまで。」
あ、ヴィオラ様から突っ込みが入った。確かにこのままだと暴走して喋り続けそうな雰囲気が…
「ヴィオラさんは普段探偵として、どんなご依頼を受ける事が多いのですか?」
そう聞いてみると、ヴィオラさんは伏せていた目を上げ、従者さんは急に遠くを見つめ始めた。
「私は…失せ物を探し当てるのが得意です。」
「なるほど…確かにそれは得意そうですね。」
そう返答するや否や、「従者さん」がぐるんと目線を戻し、「猫ちゃんです」と言った。
ん?なんて?
「ヴィオラ様は猫ちゃんを探すのが得意です。具体的には、依頼の9割が猫ちゃん探しです。」
なんと。
「猫ちゃん探しにはその観察眼を活かし、猫ちゃんの行動範囲と集まりやすいポイントなどを予測し、
この地域を網羅する独自のマップを作っています。
それにより、発見までの速さはこの地域一であると私は思います。」
「す、すごいですね…!! 納得です。 …でも気になる表現ですが、「発見までの速さは」とは?」
「ヴィオラ様は──猫ちゃんを捕まえるのが致命的にへ…苦手なのです。」
え? 今、下手って言おうとしたか従者さん?
「従者さん?」
ヴィオラさんもその点は納得いかなそうだ。
「ヴィオラ様は猫ちゃんを追いかけ始めると…なんていうかこう…視野が急に狭くなってですね。
猫ちゃんしか通れないような道に突っ込んでいったり、高い木の上に逃げた猫ちゃんを木登りで捕まえようとしたり…」
思ったより脳筋寄りだ…。
「そんな訳で、一生懸命に追いかけているうちに当然ながら体力が尽きてしまって。
一息を入れるために近所の公園や喫茶店などで休憩を入れるのですが……そんな姿を見かねてか、
大体その休憩の間に、追っていた猫ちゃんが憐憫の感情を持ちながらヴィオラ様に寄ってきてくれるので、無事に確保&依頼達成となるのです。」
「な、なるほど…。」
「従者さん。それは違います。猫ちゃんが私の魅力に気づいて寄ってきてくれるのです。愛情です。親愛です。」
あ、ヴィオラさんの紫紺の瞳がちょっと揺れている。
「まぁそういう訳で……。もし失せものや猫ちゃん探しの案件があれば、是非ヴィオラ探偵事務所まで連絡を下さいませ。」
そう締めくくった従者さんは、満足気にひと息深呼吸を入れたのち、また傍へ控える態勢に戻った。
……ヴィオラさんが、なんか複雑な顔をしている
しかし…あぁなるほど。あんなにスイーツを出している店舗にに詳しかったのも……
「お察しの通りです。」
従者さんが告げる。
え?私口に出てた?
「更に言うならば、あの日このお店にいたのも同様の理由です。」
あ、やはりそうなのね。
「ついでに申し上げると、──あの日あなたが資料をぶちまけた理由。
あの時、貴女の足元に飛び出してきたのは、ヴィオラさんに駆け寄ろうとしてきた、
その時探していた猫ちゃんでした。」
え!?
「ヴィオラ様が貴女と資料を拾っている間に、私の方でケージに入れさせていただき、
店長さんに協力いただいてお店の事務所に一時的に置かせていただいておりました。」
「従者さん。」
ヴィオラさんが、そこまでは言わなくて良いです…と、恨みがましい視線を従者さんに向けている。
いけない、話を変えよう…。
「そういえば、例の調査依頼をお願いした探偵さんなのですが…」
「例の男性ですか。」
「はい。実は費用をお支払いしようとしたら、何故か口座が凍結されているとかで振込が出来ず…。
確認を取ろうと電話も掛けてみたのですが、そちらも完全に不通で…。」
「彼なら、この町から出ていくと言っておりましたよ。非常に慌てた様子でした。」
「え?」
どいういう事?と何故ヴィオラさんがそれを知っているの?を合わせた目線を向けると、
ヴィオラさんが溜息をつきながら、「同業の繋がりもありますので…」と答えた。
「その費用は、是非旦那様との生活や今回のお返しに使えばよいかと。」
い、いいのだろうか…?
「……しばらく様子を見てから、そうしようと思います。」
そう伝えると、ヴィオラさんは満足気に微笑んだ。
──相変わらずその紫紺の瞳は美しく。
「今回の件、本当にありがとうございました。この大恩一生忘れません!!」
「どういたしまして。──私も貴女の瞳の陰りが太陽の様に輝く様を見られて、
とても喜しく思います。」
そう伝え合い、お互いに微笑みあった。
「さて。折角ですしお茶を楽しみましょう。マスターの作るパンケーキが絶品なんですよこちらのお店。」
「はい、是非そうしましょう!」
そうして一連の事件は幕を引き、残った余韻をお茶と楽しみながら──
また日常は巡っていく。
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人物紹介
【ヴィオラ・トワイライト】
ウェーブのかかった髪、透き通る様な白から紫にかけての艶やかなグラデーション。
ゴシック感あふれる黒を基調とした洋装に、白磁器を思わせる透き通る肌。
その瞳は何もかもを見通す様な紫紺で彩られ、優雅な雰囲気を纏う。
一人称は、「私」。
職業は「探偵」。
観察眼や人を見る目に長けており、感情の機微に敏感。
人物の瞳から感情の色を読み、その目線に込められた思いを見る。
その能力を如何なく発揮しようと現職についているが、何故か仕事は「猫ちゃん探し」が多い。
それもそのはず。その実績は驚異の発見率99%を誇る。
落ち着いた語り口とお声は、相対する者の心を自然と癒し、気を静める。
歌も得意で、たまに口ずさむ歌は、喫茶店マスターのお気に入り。
意外と最短距離を一気に詰める脳筋思考をすることもあり、不思議なバランスを取っている。
後述する「従者さん」とは長年連れ添っており、お互いに目線で会話ができる関係。
──彼女はこれからもその紫紺の瞳で数々の難事件を解決していくことだろう。
【従者さん】
ヴィオラ・トワイライトと共に歩む、同志であり同士。
中肉中背。かっちりした服装を好む、性別・年齢ともに不詳な人物。
本人曰く、「些細な話です」とのこと。
一人称は「私」。
彼女が歩む道が光明に満ち溢れるように…。
そう有るように己の力を振るう。
非常に多彩で、そのサポート力は正に一騎当千である。
実は甘党で、猫探しの度に行きたい店にヴィオラさんを誘導している節がある。
【主人公の女性】
今回のお話の主役。アパレル業界に努める。結婚2年目。
急に旦那の帰りが遅くなり、不安に駆られていたところ、
目に入った興信所の広告が目に入り、軽い気持ちで相談してしまう。
身持ちは固く、一途。だからこそ不安であった。
一人称は「私」。
今回の一件で、更に夫LOVEに磨きがかかる。
ヴィオラさんに救われ、感謝をしている一方、
その魅力故に、夫を合わせる事に若干の抵抗がある。
今回の事で発覚した旦那の妹さんとは家族同然の様な付き合いをし、
幸せに溢れる日々を送っている。
【主人公の夫】
割と全ての元凶。サプライズとか企むからこうなる。
一人称は「僕」。
幼少から不遇な環境で生きてきたが、それをバネに前向きに、
そしてその原因を作った環境を憎む事もなく反面教師として
真摯に捉えて、己の糧として育ってきた。
それ故に我は少し弱く調和を重んじ、相手が望むなら身を引き
流れに合わすといったような立ち回りをしてしまいがち。
嫁さんには一目惚れ。嫁LOVE。
今回の件の後、更に嫁LOVEさが増し、より忠犬感が増した。
でも本人は幸せだから良いと思っている。
【興信所の探偵】
今回依頼を受けた探偵。
実は素行調査の時点で、兄妹の関係であることはわかっていながら、
敢えて歪めて調査結果報告を行っていた。
実は最初に勧めた紅茶には……。
因果応報。
自分の店の飲み物に何かをされたマスターの怒りと、一部始終を見ていた
従者さんにより、街から姿を消した。
【喫茶 Mirai's Caféのマスター】
Mirai's Caféのマスター。
珈琲、紅茶、に大層拘りがあり、最近はハーブティーにも手を出している。
お客さんの好みが何となくわかり、実は人により調合を変えて飲みのを提供している。
パンケーキ作りも得意としており、蜂蜜とバターの香る生地は程よい甘さで、絶品。
お店に来るようになったお嬢さんを見ながら、最近の若い子の服装は変わってるな~と思いつつ、似合っているから凄いと思っている。
最近名前を知った常連さんのイメージで、店の前の花壇にヴィオラを活けた。
従者さんとよく情報交換をしており、今回もお互いの利害が一致し、《閲覧禁止》した。
急に書き物がしたくなり、あるインスピレーションをきっかけに書き散らした初作となります。
いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです。