戦慄
「久しいな、御前崎。」
突如現れた公衆電話で、僕は実家に掛けたはずだった。すると、聞き覚えの無い男の声でこの言葉が返ってきたのだ。
「あの…どなたでしょうか?」
僕は恐る恐る伺った。
「私だ。浅井野健四郎だ。」
僕はその名を聴いて戦慄した。なぜなら、浅井野健四郎は、
亡くなっていたからだ。僕が生まれる前にだ。
「あなたは、その、亡くなったはずでは…?」
受話器を持つ手が震え、指先が氷水を注入しているかのように冷えた。
「私は…そうだな、もう死んでいるが、そう言うそちらは御前崎とはどのような関係で?」
予想外の質問をされ、ぐらつく頭で僕は次の対応を考えつく。ここは正体を明かそう、と。
「あ、えと、その…僕はあなたの孫です。」
「ほう……面白い」
『僕の祖父』は低く蔓延るような声色を変えずに返事をした。
昔から威圧感のある人だったとは聴いていたけれど、やっぱり生だと怖い。いや、正確に言えば、彼はもう死んでいるのだから『生』では無いのか、と余計なことを考える余裕がなぜか生まれてきた。
「この公衆電話が見えるのなら、おそらく君はRubyの客だろう……ならば御前崎に伝言を頼むよ。そろそろ私のところに来ても良いでは無いか、とね。」
「わ、わかりました」
プツッと電話が切れる。
僕は異常な現象に巻き込まれて満身創痍になった体でとぼとぼと公衆電話を出た。
すると先輩が「体調が悪そうだな、Rubyで休むか。」と気を遣ってくれた。こんな珍しい対応に僕は虫のような声でしか反応できなかったことを後悔するだろう。
Rubyにようやく辿り着いた。が、そこには御前崎さんの姿はなかった。
「浅井野、キッチン探してこい。俺は2階をさがしてくる。」
「了解です。」
普段から客は多く来ないであろうRubyの店内は恐ろしく静かで、どことなく空気が冷え切っていたように感じた。一体どこに行ってしまったのだろう。
キッチンには怪しそうなものは特になく、僕が感じたのはアンティーク調のおしゃれな装飾とアイテムがとてもおしゃれだったということだけだった。
「来い浅井野。」と先輩がいつにも増して怖い顔で言ってきた。
2階へ続く階段へ着いていくと、おそらく自室のようなものがそこには広がっていた。窓はなく、ただ暗いだけの部屋を携帯の懐中電灯機能で無機質に照らすと、正面の机に手紙のようなものがあったのを視認できた。
手紙には、《御前崎はもういない。金庫の手がかりはここで尽きたということになる》とだけ書かれていた。御前崎さんのような丁寧な紳士の筆跡では考えられないほどに荒く、おそらく使ったであろう万年筆も折られていた。
「これさ、誘拐って捉えてもいいよな」
鷹見先輩が手紙を持ち上げ、再び内容を僕に見せる。
「というより、それ以外にないじゃ無いですか。」
「だよな」
僕たちは外に出た。だがこんな路地裏にはくる人影は当然見当たらなく、また気配もない。公衆電話も消えていた。
僕たちは取り敢えず会社に戻り、そこから作戦を練ることに決め、帰路に着いた。