繋がった人
Rubyに行った次の日の昼下がり。
僕は脳を休めるために自席の背にだらんと体を預けていた。こうしていると、心の中に無意識のうちに溜め込んでいた感情が浮き彫りになっていき、それを捕まえて熟考する。
しかしながら今日はそんな余力もない程に疲れ切っていた。
「そんなぁー」
天井に目を向けてはいるが「見ている」という感覚がない。脳が疲れ切っているからだ。
疲れた――。
ゆっさゆっさ、と背中が揺れる感覚がする。程よい刺激が心地よい。まるでゆりかごのように眠りに誘われる。
すると今度は、ユッサユッサ!と強い振れ幅で揺らされた。僕の目はぱっちりと覚め、暖かくなっていた体も冷めてくる。
「うおあ!」
僕は突然来た振動に耐えられず、ロール椅子からずり落ちた。机に端に体をぶつけ、少し痛む体をなんとか立て直した。すると真後ろに先輩が仁王立ちしていた。揺らしていたのは先輩だったようだ。
「さっきから呼びかけてるのに返事ないからさ。」
先輩はさらに眉をかしげた。
「すみません」
「Ruby行くよ。」
間髪入れず、先輩の息をも踏みにじられるような声色は、ふわふわとした感覚を纏い火照った体に痛く響く。だがいつものことだ。
「はい」
僕は去っていく先輩を追った。
初夏の日差しに反した薄暗い路地裏に沿ってRubyへと向かう。
僕はその道中で見るからに使い古されていそうな公衆電話を見つけた。
「こんなところに公衆電話なんてありましたっけ?」
僕は先輩に聞いた。すると細い道をスタスタと歩いていく先輩がその場で停止し、左上に顔を逸らして言った。
「確かに」
そしてまた先ほどのような歩みで公衆電話へ直行した。そして四隅へ視線を動かし、まじまじと観察してから何かに気がついたように、
「これ、まだ使えそう」
と僕の目を見つめた後、『掛けてみろ』と、ジェスチャーで僕に伝えるのだった。
「わかりましたよ」
特に怖いものが存在する訳でもないが、僕は若干の躊躇いを感じていた。言い表わすなら、未知への恐怖心だろう。僕は普段通りではない何かが嫌いだ。何が起こるかわからないからだ。だがここは上司からの命令。そして‘冷徹美男’とも評されるあの鷹見先輩からのもの(なぜか僕だけ慕っている)。
つばを飲み込んだ。
「じゃあ、行ってきますね。」
重々しく錆びたドアを開けると、溜まっていた空気が吹き抜けてくるような感覚がした。
汚れた窓からは、先輩が怖い面接官のような顔でこちらを見つめてくるのがわかる。普段通りなのだが、この状況ではそれを痛く感じてしまう。
蜘蛛の巣が張られた受話器を取り、試しに実家にかけてみた。
硬貨は現在のもので使用できた。あまり長く話すつもりではなかったので大した金額は入れていない。
受話器を取る音が聞こえた。中年ぐらいの男の声が聞こえた。
「久しいな、御前崎君」