1)護衛依頼のはずじゃ?
(うーん…、ザっと見積もって30人くらいかなあ。――よくもまあ大勢で、ゾロゾロ山登りしてきたわね)
キュッリッキは両手を腰に当て、露骨に嫌そうな顔をした。
見据える目の前には、如何にもガラの悪そうな人相をした男たちが群がっている。
(簡単な護衛依頼、って話だった筈なんだけど。どう考えても”簡単”レベルに見えない。ちょっと敵が多すぎるんじゃない?)
内心面倒そうに肩をすくめたところで、1人の男が前に出てきた。
「遺言状受け取ったら、速攻バルモタに逃げ込みやがって、忌々しいクズだなアトロよお。やっと町を出てくれて感謝するぜえ」
嫌味を体現したような初老の男は、子供くらいの背丈しかなく、丸々と太っている。そして向かい側には、今回の依頼人であるアトロが、初老の男――ハンプスと口でやりあい始めた。
「てめーみてーな豚野郎に、しつこく追いかけ回されてっからな、当然だろうが! パロの警備隊は、全部てめーの息がかかってるしよ」
握り拳でいきり立つアトロとは対照的に、ハンプスは余裕の態度で鼻先で笑った。
「もう夜になっちまうし、とっとと遺言状寄こせよアトロ。娘と仲良く獣の餌にしてやる」
「てめーなんぞに渡したら、リスベツ子爵夫人に顔向けできねー!」
ハンプスは嘲笑った。
「わははははっ、俺たちに歯向かおうっていうのか? 小娘2匹連れて何ができるっていうんだ、物乞い風情が!」
夕焼けに染まる山の中に、下卑た男たちの笑い声が木霊する。
「笑ってろ豚どもが! こちとら無駄にバルモタで時間潰してたんじゃねえ」
怒りのために顔を真っ赤にしたアトロは、キュッリッキの細腕を掴むと、自分の前に引っ張り出した。
「見やがれコイツを!」
「きゃっ」
「てめーらを片っ端からぶっ殺してくれる、ギルドの傭兵サマだぜ!」
アトロの言い草に、キュッリッキはムッと表情を顰めた。
(小娘だの傭兵に見えないって、道中散々バカにしてきておいて今更”様”扱い…。いざとなれば、とんだ見栄切りじゃない)
しかしアトロの行動は、ハンプスたちには逆効果だった。
「オイオイ、そんな貧弱そうな美少女が傭兵!? 大丈夫かアトロよお」
「凹凸もナイ残念そうな身体にひょろっちぃ細腕で、俺らに何をしてくれるのかなあ~?」
「カワイソウなぺたぺったんな、まな板ちゃ~ん」
「顔だけは上玉だけど、あんなガキじゃあな」
「おちびちゃん」
ハンプスが笑いツッコミ始めると、モブたちも一斉にキュッリッキを小馬鹿に罵り始めた。
確かにキュッリッキの体型は、スレンダーというより、ガリガリの域である。
山間に禁止ワードが飛び交いまくる。聞き流せる我慢の限界点を超える言われ放題に、キュッリッキのこめかみに筋が走り抜けた。
(凹凸が乏しいだの、ぺたぺったんのまな板だの、乙女に向かって散々好き放題言ってきて、チョームカつくんだからっ!)
引き合いに出された挙句、気にしていることを無遠慮にツッコミまくられる不愉快さ。
(仕事だからって我慢して聴いてればチョーシに乗って! こいつらグーで超ぼっこぼこにしてやりたいところダケど! この後エイニとアトロをハーツイーズまで送り届けないとだし。手間暇かけずに一発で消しちゃうんだからっ!)
小さな拳を力いっぱい握りしめる。
「アトロ、こいつら殺しちゃっても大丈夫?」
「おっさん言うな! つか、思う存分ぶっ殺しチマえ!」
「判った」
飽きずにぎゃーすか言い合うアトロと雑魚をほっといて、キュッリッキは意識を凝らして前方を見据えた。
キュッリッキの黄緑色の瞳が、虹色の光彩の輝きを強めた。
前にいるハンプス達は目に入っていない。ここではない、遥か遠くを見ている。
意識は真っ白な空間の中を、どんどんスピードを上げて突き進む。やがて黄金色の雲が垂れ込め、紫電の雷が踊り狂う中を通り抜けて、深い闇の中に入っていった。
何も見えない真っ暗闇の中で、「ちゃぷんっ…」と水音がする。
(ありがとう。キミが手伝ってくれるんだね)
水音がした方へ意識を向けて、キュッリッキは優しく礼を述べた。すると闇が歓喜するように”ぶるるん”と震撼した。
ゴオン、ゴオン…
突如、辺りに不気味な音が鳴り響きだした。
「な…なんだ?」
キュッリッキを罵り、アトロに暴言を吐いていたハンプスたちは、いきなり鳴り出した不気味な音に悪態を止めた。
「なんの音だ…?」
思いつく限りの悪態をついていたアトロも、辺りをキョロキョロと見回して呟く。
「キュッリッキちゃん?」
これまで静かに状況を見守っていた、アトロの娘エイニが、ジッと動かないキュッリッキの腕をそっと掴む。
音は間隔を縮めて鳴り響き、やがて辺りの空間に、波紋のようなものがいくつも現れだした。
あまりの急展開に皆が押し黙る中、キュッリッキだけはニヤリと口の端をつり上げて、片手を高々と上げた。
「さあ! ご飯がいっぱいだよ! おいで、闇の沼!」
元気よく叫ぶ。
すると「ヒュオオオォォォ」と、何かが落下してくるような音が近づいてきて、
ズドオオオンッ!
「うおっ!」
「きゃあ!」
キュッリッキたちの目の前に、黒い大きな塊が落下してきた。
「………」
「はわわ…」
形の定まらない黒い塊は、着地したときの衝撃にビクともせず、何度も何度も”ブルルン”と揺れ動く。コールタールのようなテカリが、夕焼けに照らされ不気味だった。
「満足した?」
恐れる様子もないキュッリッキは、花開くような素敵な笑顔を黒い塊に向ける。その笑顔に応えるように、黒い塊は大きく揺れた。
「そっか、満足できて良かったね。うん、とっても助かったの。ありがとう。ふふっ。キミはホントに食いしん坊だね」
黒い塊に手をついて、キュッリッキは声を発していない塊と会話をしていた。
「もう帰ってイイよ。お疲れサマ」
すると黒い塊は黄金の光に包まれ、粒子となって天へと消えていった。
黒い塊が消えた後には、何も残っていなかった。
「よし、終わったよ」
先ほどの黒い塊に語りかけていた声とは、似ても似つかないほど淡々とした声音で2人を振り向く。
「ん? どうしたの?」
黙り込むアトロとエイニに、キュッリッキは首を傾げた。もっと喜んだ反応が来ると思っていたので、ちょっと気分が白ける。
「どうしたのっておめえ…」
青ざめた顔で、アトロは振り絞るように声を出す。
「さっきのあの黒いのはなんだ!? ハンプスの豚どもはどこへ行った!」
「あれは闇の沼よ。無礼者たちは、闇の沼が全部食べちゃった」
「たべ!?」
「一人ずつ相手にしてると手間だし面倒だし…。一発で葬れるものを探していたら、闇の沼が手伝ってくれるって言うから呼んだのよ。闇の沼は雑食で、いっぺんに始末する時は便利なの」
あっけらかんと言われて、アトロはあんぐりと固まる。
「アタシの持つ〈才能〉は召喚。アタシは召喚士。アレがアタシのやり方だよ」
ふふん、と天狗になるキュッリッキに、エイニが嬉しそうに拍手した。
「凄いわ、凄いわ、キュッリッキちゃん。さすがに驚いたケド」
娘とは反対に、アトロはキュッリッキに対して恐怖心を抱いたようだ。
「ハンプスたちをぶっ殺せと言ったのは俺だがよ、本当にやってのけるとは正直思っていなかったぞ。しかも見たこともないやり方で。――ったく、悪びれた様子もなく、淡々としてやがる。さらには得意げじゃねーかよ。なんちゅーオソロシイガキだ!」
声を顰めて吐き捨てた。
急に静かになった山は、もう闇の帳を下ろそうとしていた。
「夜になっちゃうね。さっさとハーツイーズへ帰ろう」
* * *
(――そもそも、この依頼はこんな物騒な話じゃなかった)
アタシはフリーで傭兵をしているキュッリッキ。
登録してある傭兵ギルド・ハーツイーズ支部に呼び出されたのは、昨日の昼頃。
ギルドの傭兵たちに仕事を差配している、ホーカンから回ってきた護衛の依頼。
難易度はCと低くて、誰でもできるガキの使いのようなもの。
「サーカスのランタネン一座を、山間の町バルモタから、皇都イララクスの街の一つ、ハーツイーズまで護衛する」
っていう内容。
の、筈だった。
サーカスの団員たちは先に立っていて、座長のアトロとその娘エイニ2人だけが待っていた。
そしてアトロは、
「俺たちを囮にして、遺言状を狙うハンプスと一味をおびき出す! そしてあんたに始末させるんだ」
という勝手な依頼内容変更が、アトロの真の狙い。
これは明らかにギルドに対する違反行為。だって、ギルドは客からの依頼内容を精査して、それに見合う傭兵を送り込む。
ホーカンはアタシには、難易度CやDの簡単な依頼しか回してこない。わざと危険な任務から遠ざけようとしているの。
護衛している最中に襲ってくる者がいて、それを退けるために戦闘になるのは仕方がないこと。
でもアトロがギルドに依頼した内容は、
「道中不安だから護衛が欲しい」
そういう”付添人程度”の簡単なものだった。
それなら戦闘は起こらないだろう、危険度はかなり低い。そう判断したからこそ、ホーカンはアタシに依頼を回してきたのに。
意図的に誘き出して戦闘をさせる行為は、ものすごーく契約違反。難易度で言えばAかSランクになっちゃう。そもそも依頼料の金額が跳ねあがるしね。
以上のことから、アタシを初めて見たアトロの反応は、
「ふざけんなよクソが! これのドコが傭兵だってんだよ!」
だもの。
「腕力も筋力もなさそうな華奢すぎるガリガリな身体、武器も携帯せずお出かけの私服姿、これでどうやって俺らを護衛するんだってハナシなんだよ!」
ってブチ切れられたし。
低料金で高額依頼料並みの仕事をさせようとしていたから、アタシの見た目に難癖付けてきていたけど。
送り込まれた傭兵がアタシだったから良かったのよ? これで当初の依頼内容通りの、別の弱い傭兵が送り込まれていたら、今頃エイニと2人で獣に餌になってたんだから。
いっぱい感謝してほしいくらいよ。
依頼内容の詐欺については、アタシから十分に脅しておいた。
ハーツイーズに着いたら、ギルドで正規の金額を支払うようにって。そうじゃないと、ギルドの執行人に首ちょんぎられちゃうもの。
モチロンこれは脅しではなく、本当のことね。
大体、傭兵ギルドを謀ろうなんて、怖いもの知らずを通り越してるんだから…。
* * *
「お父さん、ハーツイーズへ着いたわよ」
「おほしさまが~…」
「もう、しっかりしてよ!」
娘のエイニは、父アトロの頬を何度も引っ叩く。
その様子を見ながら、キュッリッキは特大のため息をついた。
「おっさん元に戻るの? 魂が迷走してるって…」
「うふふ、大丈夫。一晩寝たら忘れちゃってるわ」
「そうなんだ…」
それはそれで複雑かも、とキュッリッキは心の中で呟く。
ハンプス達を始末した後、新たに召喚したモノに2人を乗せて、ハーツイーズまでひとっ飛びしてきた。
闇の沼に続いて大型のモノを召喚したので、あまりの非現実にアトロの意識は、現実を手放して夢の世界へ逃げ込んだままだった。
「エイニは大丈夫なの? あんまり怖がってナイ気がするけど」
「突然黒いものが落ちてきて、ハンプスたちを食べちゃったってこと?」
「うん」
「そうね……とても驚いたけど、でもそうさせたのはお父さんだし、キュッリッキちゃんはお仕事をしただけだものね」
にっこりとエイニは笑う。
「サーカスなんて仕事をしていると、いろんな人たちに出会うし、奇麗ごとじゃないこともいっぱいあるから。だから、いちいち気にしてられないわ」
「そっか…」
「召喚〈才能〉を持っている人を初めて見たけど、噂通り本当に凄い力なのね。可愛い女の子が傭兵だって現れたときは、どう私たちを護衛してくれるんだろうって、ちょっと心配にはなったけど。あんな凄い力があるなら、どんな依頼でもパパッとこなせちゃうね」
「うん」
道中彼女からは、色々と質問攻めにあったが、エイニは理解も早く頓着していない。あのしつこ過ぎる質問攻めがなければ、イイ人かもしれないとキュッリッキは思っていた。
「お父さんはこのままほっといていいわ。メッセンジャーボーイを捉まえて、カスペル君に連絡をつけなくちゃ」
「遺言状を渡す子?」
「ええ。まだオーベリソン子爵家の後継者に選ばれたなんて、知らない筈だから。――弁護士を雇って、カスペル君とハーメンリンナの役所で手続きをしてこないと。それに、傭兵ギルドへ行って、謝罪と料金の支払いも済ませないとだわ」
「やることいっぱいだね…」
「まったくよ、もう」
フゥ、とエイニは疲れたようにため息をこぼした。
「アタシこれからギルドに報告に行くけど、一緒に行く?」
「行くわ。場所判らないし、助かる」
「……ホントにおっさん、ここに置いてくの?」
傭兵ギルドの近くの路地裏だが、この辺はあまり治安が良くないのだ。
「大丈夫よ。出自はもともと町のゴロツキだもの。金目のものは私が持っているし、身ぐるみはがされても、せいぜいが服だけよ」
うふふ、と容赦なしなエイニは、妖艶な笑みを浮かべた。
これにはさすがのキュッリッキも、
(エイニってちょっと怖いかも…)
口の端をひきつらせるだけだった。




