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片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
35/226

31)ベルトルド、本気で惚れる

「リッキー、リッキー」

「は…っ」


 何度も愛称を呼ばれ、荒い息を吐き出してキュッリッキは目覚めた。

 真っ先に目に飛び込んできたのは薄暗さ。喉の奥が渇き、状況が判らず視線が彷徨う。


「リッキー」


 暗闇に目が慣れてきて、ようやく声のほうへ顔を向けると、見覚えのない男が心配そうにじっと見つめている。

 自分の愛称を呼んでいたのは、この男だろうか。


「大丈夫か? 泣いているではないか」


 男はゆっくりと上半身を起こすと、大きな手を伸ばしてきた。

 それに驚いて、「いやっ」と言って、思い切り顔を背ける。


 ――ズキン!


 上半身に鈍い痛みを感じて眉を顰める。

 そして何やら固定されているようで、身体の動きが自由にならない。

 微かに感じる痛みに違和感を覚え、自分は怪我をしているようだと気づく。


「リッキー?」


 男は相変わらず愛称を呼んでくる。

 訝しみながら、キュッリッキは怯えた獣のような目を男に向けた。

 置かれている状況が判らず、この男に酷いことをされるのではないか、そう警戒心が強まる。


「ああ、なんという目をするんだ……」


 男は悲し気な声を発しながら、その顔は驚きに満ちている。


(コイツはイヤだ、逃げなきゃ……)


 隣り合って寝ているこの男に身の危険を感じて、キュッリッキは身体を起こそうと動いた。

 力の入らない右上半身は、きつく固定され自由にならない。

 左半身でなんとか起き上がろうとしたがうまくいかず、すぐに男に押さえ付けられてしまった。

 心がぞわりとして、キュッリッキは叫んだ。


「離せっ!」

「落ち着きなさい、動いたらダメだ」


 困惑している男に、キュッリッキは更に噛み付くような勢いで叫ぶ。

 身体の奥底から、冷たい恐怖がジワジワと蝕んでいく。


「お前たち大人なんか大っ嫌いだ! 触るな!」

「リッキー!」

「気安く呼ぶな! アタシは独りでも平気なんだ、離してよっ!」


 キュッリッキはとにかくもがいた。

 男の大きな手が、身体に触れていて気持ちが悪い。

 吐き気と怖気に襲われ、感情が迸った。


(ぶたれる、殴られる、蹴られる、酷い目に遭わされる!)

(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)


 鮮烈に思い出される過酷な記憶。痛みと苦しみ。


「お前はあの大人たちのように、アタシのことを鞭でぶったり、酷い言葉を投げつけてくるに違いないんだ。優しいフリをしているだけなんだろ! 騙されないんだから!」

「とにかく落ち着いてくれっ、動くんじゃない! このままでは傷口が開いてしまう!」



* *



 我を忘れた様子のキュッリッキは、信じられないほどの力で抵抗してくる。


「小さな身体のドコに、こんな力があるんだっ」


 ベルトルドは焦りながらキュッリッキを押さえつけた。

 今は絶対安静にしなくてはならない。これ以上動けば本当に傷口が開いてしまう。

 宥めても説得しても、少しもおとなしくならない。

 ベルトルドは小さく舌打ちすると、超能力(サイ)を使ってキュッリッキの意識に強く触れた。


「うっ…」


 キュッリッキは小さく呻くと、すとんっと意識を失った。

 ぐったりとなった身体をそっと寝かせ直し、ベルトルドは沈痛な面持ちでキュッリッキに頬擦りした。


「なんと惨い、幼い時分を生きてきたんだ、この子は…」


 ベルトルドの使える超能力(サイ)の能力全般で、相手の記憶や考えを視る力もある。

 強すぎるその力は、時に無意識に働くことがあった。

 近くにいる者の思考や記憶が、勝手に流れ込んでくることがあるのだ。

 キュッリッキが思い起こしていた過去の記憶が、眠っていたベルトルドに流れ込んできた。

 あまりにも強すぎると、相手の気持ちや想いに同調しそうになる。深く引きずられて、慌てて遮断したほどだ。

 苦いものが、胸中にこみ上げた。掻き毟りたいほど心と感情を圧迫する。

 切ないほど苦しく、どうしていいか判らず、叫びたい衝動にかられた。


「俺が、浅はかだったな…」


 自嘲するように呟く。

 考えていた以上に、キュッリッキの心の傷は深い。

 そのことを、ベルトルドはあらためて痛感した。



* *



 召喚〈才能〉(スキル)を持つ者が、フリーで傭兵をしていると聞きつけてきたのはアルカネットだった。

 ベルトルドもアルカネットも、宮中で召喚〈才能〉(スキル)を持つ者たちを何度も見ている。


「どうせその程度か、単に魔法使いが使い魔を呼び出しているところを目撃して、勘違いしたのだろう?」


 そう言って取り合わなかった。


「そもそも召喚士が、傭兵をしていること自体が有り得ないし、前例はない」


 何故なら、〈才能〉(スキル)判定が行われて召喚〈才能〉(スキル)と判明すれば、家族ごと国の保護下に置かれる。

 それは3種族共通のことだ。

 そうなると、一般の目に触れる機会などまずない。

 しかし凄い力を持っているという噂が、かなり出回っている。

 気になって、真偽をアルカネットに確かめさせた。

 すると、そのことは事実であり、興味を覚え徹底的に調査を命じた。




 生まれ落ちてすぐ、名前も与えられず、家族から捨てられた召喚〈才能〉(スキル)を持つ女児はアイオン族。

 その名を、キュッリッキといった。


「どんな理由があるにせよ、子供を捨てた事実が公になっていれば、人道的にも問題視されるだろう、普通」


 ハワドウレ皇国なら、親は投獄されるほどの重い罪だ。

 それなのに、イルマタル帝国は親の蛮行を賛美し、アイオン族総出で親の蛮行を称えた。


「異常過ぎて理解できん。この子を片翼に産んだのは、捨てた(おまえ)たちだろうに」


 アイオン族は美醜を非常に重んじる。

 ヴィプネン族やトゥーリ族からみれば、常軌を逸しているレベルだ。


「惑星ペッコのアイオン族は、非道な行いをした両親を賞賛したが、他惑星のアイオン族は当然軽蔑したがな」


 かつての悪習が撤廃された今でも、惑星ペッコのアイオン族の心に、暗く深く根ざし続けている。


「差別や蔑みを受け続ける中でもっとも残酷だったのは、両親から捨てられた事実と理由を、この子が知っているということだ」


 物心がつく頃から隠されることなく、周囲から言われ続けていた。


「それらの非道に、どれほど悲しい思いを味わわされただろうか……」


 アルカネットからの報告書を読んで、ベルトルドは底の知れないほどの怒りを覚えた。それはアルカネットも同様だった。


「これまで定住地(いばしょ)を得られなかったのも、過去のことが大きく影響していたのだろうな」


 それは容易に想像できることだった。

 過去のことを思い出しただけで、この有様である。

 傭兵団にスカウトされても、長続きすることなく、すぐ抜けていたことも調べてある。その原因がいまいちはっきりしなかったが、これで確信を得られた。

 この(やしき)に初めて来たとき、カーティスの「仲間」という言葉に喜びを感じていた。


「そばにいて、強く伝わってきたほどにな……」


 それだけ、居場所をずっと求めていたのだろう。

 いままで自分の過去を打ち明ける相手もおらず、受け止められるだけの度量を持った相手にも出会えなかった。

 ハドリーとファニーにも、そこまで深く話せていないだろう。

 必死に生い立ちを隠して生きようとしても、些細なことで蒸し返して、感情のコントロールがきかなくなる。


「何も知らない周囲の人間たちには、手の施しようもなく離れていくだけだ。 そしてまた心に傷を刻みつけ重ねていく」


 この18年間ずっと、キュッリッキは救われることなく生きてきたのだ。


「想像を絶する孤独……か」


 ベルトルドは眠るキュッリッキの頬を、優しく撫でる。

 初めて会った時の様子を思い出し、ベルトルドは痛いほど胸が締め付けられた。


「緊張していた顔、戸惑っていた顔、額にキスをされて真っ赤になっていた顔、無邪気に笑っていた顔、好奇心に心を弾ませていた顔……」


 そのどれもが眩しく、愛おしく、ベルトルドの心を狂おしい程騒がせた。

 美しい顔立ちもそうだが、心に深い傷を持っていると知っても、無垢なまでに純粋な魂に心を奪われたのだ。


「俺は、23歳も年の離れたこの少女を、心から愛していた」



* *



 幼い頃、密かに淡い初恋のようなものをいだいたことがある。それは実ることなく終わったが、ベルトルドは41歳になって改めて恋をした。

 今度こそはっきりと、恋をしたと自覚できる。


「これまで星の数ほど色んな女たちを相手にしてきたが、本気になったことも、本気になりかかったこともない。俺にとって女とは、極論、性欲のはけ口にしかすぎない」


 だからいちいち恋をしたいと思ったこともない。それなのに、キュッリッキには本気で恋をしてしまった。


「23歳も年下の少女を、どう扱えばいいのだろうか」


 ベルトルドには珍しく、自信が持てなかった。

 子供を持った経験もないし、身体の関係相手に未成年の娘はいなかった。

 今も酷く傷つき、幼い頃から心に深い傷を負い続けている。

 果たして、自分の愛で癒すことができるだろうか?


「いや、癒してみせるさ」


 腹の奥底から、無性にジワジワと熱いものがこみ上げてくる。


「この俺の海よりも深い愛で、リッキーの心の傷もすべて癒す! そして俺の愛でいっぱいに満たし、俺以外の男に見向きもしないほどガッチリ心をつかみ、毎晩俺だけを求め甘え濡らすほどに教育する!」


 握り拳をガシッと握り締め、真剣そのものの表情(かお)で、ベルトルドは明後日の方向へ強く頷く。


「胸がペッタンコだろうと愛の前ではなんの障害でもない! 膨らむくらいに揉んで揉み尽くせば、ちっぱいなど気にもならん」


 眠るキュッリッキの胸元に視線を貼り付け、ベルトルドは勝手に納得する。

 キュッリッキにとって『ちっぱい』が禁句だということは知らない。


「それにしても、本当に可愛らしい。全てが愛おしい」


 艶やかな金の髪も、白桃のように白い肌も、小柄で華奢な身体も。

 そして、あれだけ深い心の傷を抱えながら、愛らしい笑顔を浮かべることができる純粋さ。

 性欲を満たしたあと、捨てた女たちのようにする気はない。

 傷ついたこの小鳥を、嫌がっても抵抗してきても、籠に閉じ込め手元に置いておく。


「俺の愛に抱かれれば、もう2度と辛い思いをすることもない。悪い夢だったと思わせてみせるぞ、リッキー」


 キュッリッキの寝顔は、悲しみに満ちているように見えた。

 流れ込んできた幼い頃のキュッリッキの姿が重なり、抱きしめてやりたかった。そして静かな寝息をたてる、その柔らかな唇を見つめていると、吸いつきたい衝動に襲われる。

 顔を近づけては背け、再び向けては背けをしつこく繰り返す。


(アルカネットに先を越された、アルカネットに先を越されたっ!!)


 思い起こされる屈辱。そのことが、一番悔しい。


(あんにゃろおおおおお)


「何をしてるのです」

「いででででっ」


 いきなり耳を思いっきり引っ張り上げられ、ベルトルドは強烈な痛みに軽い悲鳴を上げる。


「アルカネットかっ! 痛いからヤメロ」


 自分の(やしき)でこんな無礼を平気で働くのは、アルカネットしかいない。

 さらに耳を引っ張られ、容赦なく身体が持ち上げられた。

 アルカネットは無表情のままベルトルドの耳を掴んでいたが、やがてパッとはなす。その拍子に、ベルトルドは顔面からベッドに倒れ込んだ。


「ふがっ」

「全く、目を離しているとすぐコレですから、困ったものです」

「……」


 ひんやりと冷気を纏った声が、ベルトルドの耳に突き刺さる。

 のろのろと身体を起こし、ベッドの上にぺたりと座った。そして傍らで腕を組んで見下ろしてくるアルカネットを見る。


「早かったじゃないか」

「嫌な予感しかしませんでしたから、文字通り飛んで帰ってきました」


 忌々しさを滲ませて、アルカネットはベルトルドを見下ろす。


「急いで帰ってきてみれば、案の定、不埒な真似をしようとして……。リッキーさんは重傷の怪我人なのですよ。可哀想に、イヤらしく迫られて、何をされたんだか想像するだけで怖気がします」

「あのな、俺はまだ、何もしてないぞ」

「何かする気だったんですか。あなた、最低ですね」

「……」


 確かに想いが熱く熱く噴出して、「キスをしよう、イヤだめだ」と自制心と葛藤している真っ最中だった。


「それに、何故寝間着姿のあなたが、リッキーさんの部屋にいるのですか?」

「もちろん、リッキーが寂しくないよう添い寝するためだ」


 さも当然のように大真面目に言い返されて、アルカネットの眉がぴくりと動く。


「あなたが添い寝したところで、リッキーさんの不安や寂しさが癒されるわけではありませんよ」

「否! この俺がいてこそ、リッキーの心の安心感が保たれるんだ!」

「寝込みを襲おうとしているような人が、何を世迷言を……」


 ングッとなりながらも、ベルトルドはひるまない。


「大体だな、お前ばっかり狡いんだ! リッキーのファーストキスを奪いやがって、ずーずーしーんだ、ずーずーしー!」

「ヴァルトみたいな口調にならないでください、みっともない。あのことは、混乱のあまり自分で薬が飲めないリッキーさんのために、口移しで飲ませて差し上げただけです。あなたのように端っからイヤラシイ思惑でしたことではありませんよ。一緒にしないで下さい」

「舌まで入れたくせに!」

「そのほうが、確実に口の中に含ませることができますから」

「ぐぎぎぎぎ、やっぱりズルい!」


 ベルトルドは泣きそうな顔でワナワナと口を震わせると、バッとキュッリッキの方へと身体を向ける。


「やっぱり俺も、リッキーとキスする!」


 そう身を乗り出したとき、間近に高温を感じて振り向いた。アルカネットの掌の上に、真っ赤な灼熱の球体が形成されていっている。


「こんなところでなにをしているっ!」

「ブラベウス・プロクス」


 灼熱の球体を投げるように構え、ベルトルドに超至近距離で放った。

 ベルトルドは寝転がった姿勢のまま、両掌を前方にかざした。

 灼熱の球体はベルトルドの掌の前で、空間に吸い込まれるようにして消えていく。


「あちちちち」


 超能力(サイ)を持つ者の中でも、ベルトルドしかできないと言われている空間転移で、ブラベウス・プロクスの灼熱の球体を飛ばす。

 手を下ろしながら、ベルトルドは激高した。


「お前はバカかっ! リッキーが巻き込まれたらどうする!」


 怒号をあげるベルトルドを冷ややかにみやって、アルカネットは目を細めた。


「そんなこと大丈夫に決まっているでしょう。アナタが身を呈して守るんですから」


「そのくらい織り込み済みでやっているんです」と言い置いて、アルカネットはフンッと鼻を鳴らす。


「それでは、さっさとベッドから降りて、出仕の準備をしてくださいな」

「出仕って……おい、まだ3時すぎだぞ?」


 テーブルの上の時計に目を向けると、出仕の時間にはまだまだ早かった。


「今から行けば、半分くらいは片付きそうです。問答している時間が無駄です。あなたの部屋に行きますよ」

「宰相府の仕事はリュリュに頼んである。別に、普通に出仕すればいいだろう? 俺もまだ寝足りない」


 きょとんとするベルトルドに、アルカネットは軽蔑の眼差しを注ぐ。


「寝込みを襲おうとしているから寝不足になるのです」

「そうじゃなくってだな…」


 呆れたように顎を引き、アルカネットは片手を腰にあてる。


「あなた、最近お仕事が増えたことを自覚していないのですか? 宰相府はリュリュに任せておけても、総帥本部でのお仕事は誰が決済するんです」

「あ…」


 そういえば、とクチパクで言って、アルカネットの顔を見上げた。


「正規部隊をソレル王国に派兵した、その件でも書類が溜まっているはずです」


 反論を許さない態度でまくし立てられ、観念したベルトルドは渋々ベッドから出た。


「あ、行ってきますのキスを…」

「しなくてよろしい」


 ベルトルドはまた耳を掴まれ、グイグイと引きずられながら、キュッリッキの部屋を後にした。

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