25)イソラの町・3
狭い診療室は、鼻を突くような消毒液の臭いに包まれた。
清潔な白い台の上には、ランプの光を弾く手術用器具が並ぶ。
手術台の周りに、大人たちが静かに立つ。
アルカネットが回復魔法で細胞の状態を保ち、流血を防ぐ。ヴィヒトリとドグラスは処置に集中。ウリヤスとマルヤーナは2人のサポートだ。
「始めるよ」
ヴィヒトリが宣言して、キュッリッキの手術が、始まった。
* * *
ライオン傭兵団とハドリーとファニーは、手術の邪魔にならないように、病院の外でだべっていた。
研究者たちは近くの宿に泊まっているようで、この場にはいない。
先ほどルーファスと入れ替わるように、ランドンが眠りについた。
スッキリしない顔で目をこすり、疲労感を肩に漂わせながら、ルーファスは積まれたレンガの上に座った。
「じめじめと暑くて寝てらんない…」とぼやく。
「それにしてもビックリだよねえ…。アルカネットさんのあの格好、魔法部隊の軍服じゃん」
ルーファスのぼやきに、カーティスが肩をすくめた。
「しかも長官におなりで」
「魔法部隊でもいいけど、古巣の拷問・尋問部隊じゃねーのな」
タバコを吹かしながら、ギャリーが上目遣いで言う。
「つか、軍に復帰したのかよ…」
「ベルトルド卿から何も話がなかったので、急なことだったんじゃないでしょうかねえ。どうにもきな臭い」
首を捻るギャリーに、カーティスは神妙に頷いた。
「アルカネットさんが魔法部隊の長官になっているってことは、問答無用で現職の長官を降格させ、地方に飛ばしたのでしょうねえ。誰がやったかは明白です」
「酷い……」
ファニーがぼそりと呟く。カーティスは苦笑した。
「本当に。でも、魔法部隊の長官に据えたのは正解かもしれません。あの方の右に出る魔法使いなんて、どこにも居ないですからね」
「ボクの魔法なんて、子供の火遊びみたいに思えるほど、雲泥の差があるもんなあ」
悔しそうに言って、ハーマンは尻尾をそよがせた。
「世界中どこを探しても、あの方に勝てる人はいないでしょうね」
「そんなに凄いんですか?」
カーティスの言葉に、ハドリーは目を瞬かせる。魔法分野は専門外だ。
「あんたも戦場とかで、魔法使い見たことあんだろ。あんなの幼児レベルだと笑うくらい差があるぜ」
「攻撃・防御・強化・速度の全てにおいて最高位。比較対象者がいないくらいです」
「……それ、人間なんですか?」
ギャリーとカーティスの説明で、『凄い人』ということだけは判った。
時間が経つにつれ、気温もどんどん上昇していく。
会話が止み、蒸れた熱気がジワジワと肌に侵食していった。
「手術、どのくらいかかりますかね…」
沈黙に音を立てるように、あえてメルヴィンが口にした。
みんなが意図的に、避けていた話題だ。
簾のような前髪を払い、カーティスが応じる。
「アルカネットさんが連れてきた中にヴィヒトリがいた時点で、キューリさんの生存は100%保証されました」
「…そうですね」
メルヴィンは小さく頷く。
血だまりの中、痛みに耐えながら動けずにいたキュッリッキの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
メルヴィンは己の無力さを、骨身に沁みて痛感していた。
(何もしてあげられなかったことが、本当に悔しくてならない……)
気持ちは皆同じで、とくにザカリーの落ち込み度は半端なかった。慰める言葉すら見つからないほどである。
「終わるのは、何時頃でしょうかねえ…」
どこまでも青い空を見上げ、カーティスは壁にもたれて目を細めた。
* * *
10時間以上にも及ぶ大手術になった。
空はすでに夕闇に染まり、することもなく待ち続けていた一同は、マルヤーナから手術成功の報を受けて、張り詰めていた緊張を解いた。
「よかったあ~~」
「キューリちゃん助かったあ」
ハーマンは愁眉を開いて息を吐き出し、マリオンは嬉し涙を浮かべる。
2人は背中合わせに、ずるずると地面に座り込んだ。
無事を祈る緊張感が長かったのもあり、みんな静かに喜びを噛み締めていた。
手術に立ち会い、手伝いをしてくれていたマルヤーナの顔には、疲労の色が濃かった。しかしそれ以上に、キュッリッキが助かったことを喜ぶ表情に満ちていた。
術後の経過はウリヤスが見ることになった。
医師2人は近くの宿で休むよう指示を受けて、すでに向かっている。
あまり大勢で押しかけるのもなんだしということで、カーティスとメルヴィンの2人が代表で見舞うことにした。
静まり返る院内に、廊下の板を踏みしめる靴音が鳴り響く。
カーティスは大きく息を吸い込み、吐きだしながらノックをしてドアを開けた。
薬の臭いが鼻を掠め、薄暗い部屋の中にはベッドに横たわるキュッリッキと、その傍らに座るアルカネットがいた。
「お疲れ様です。キューリさんはまだ目を覚ましませんか?」
伺うように、そっとカーティスが口を開く。
ランプに照らされたキュッリッキの顔は、だいぶ落ち着いて顔色も良くなってきている。
あの細い体を包帯で固定されている姿は、見ているだけで痛々しかった。
「じきに目覚めるでしょう。本当に、よく頑張りましたよ」
アルカネットは手術中魔法をかけ続けていたのもあり、顔に僅かな疲労感を滲ませていた。
小さな左手を両手で包み込むように握り、アルカネットはキュッリッキの顔を見つめている。
「こんなに細い身体で…。さぞ、怖かったことでしょう」
責めるように言われて2人は黙り込む。
事の次第は、ベルトルドから聞いているようだ。
「予期せぬ事故とはいえ、あなた方の責任ですよ」
「申し訳ありません」
地の底から唸るような怒気を含んだ声に、カーティスとメルヴィンは咄嗟に頭を下げた。
穏やかな表情をしているだけに、声とのギャップが際立っている。
その時だった。
アルカネットの手の中で、か細い指が微かに動く。
やがて小さく呻いたあと、キュッリッキはうっすらと目を開いた。
「リッキーさん」
アルカネットが顔を覗き込む。カーティスとメルヴィンも、それぞれ身を乗り出した。
「……アルカネットさん?」
「はい。よく頑張りましたね」
柔らかく微笑み、慰撫するようにそっとキュッリッキの額にキスをした。
「アタシどうしたんだろう…」
迷うように呟くと、まだ記憶が定かではないようで、目だけをゆっくり巡らせていた。
「カーティス、メルヴィン」
足元の方に立つ2人を見つけ、キュッリッキの表情が和らいだ。
「酷い怪我でしたが、もう大丈夫です。ただ、当分は絶対安静にしなくてはいけませんけどね」
「怪我……」
キュッリッキは、ぼんやりと繰り返す。
(どうして……怪我……)
記憶の蓋が徐々に開けられ、ぼやけていたものがフラッシュバックした。
渦を巻くように、おぞましい記憶の断片が襲い掛かる。その瞬間、キュッリッキの顔が強張り、大きく見張った目からは涙が流れ出した。
大きく開いた口から、か細い悲鳴が溢れだす。
「――助けていやあっ!」
「リッキーさん!!」
左半身で身体を仰け反らせて暴れだしそうになるキュッリッキを、アルカネットが慌てて抑え込んだ。その拍子に傷口に触ってしまい、
「ンぐっ」
身体を刺し貫いた痛みのあまり、顔を苦悶に歪めてキュッリッキは唇を噛んだ。
「すみませんっ、落ち着いてください、もう大丈夫です、大丈夫ですから」
いつになくアルカネットは慌て、カーティスとメルヴィンもどうしていいか判らず、傍らで困惑の表情を浮かべるだけだった。
アルカネットは片手でキュッリッキの頭部をそっと抱え込み、もう片方の手で頭を撫でてやる。
「怖い…助けて…」
泣きじゃくるキュッリッキを、安心させようとなだめる。
「身体に障りますから…」
ウリヤスは一旦部屋を出ると、小さな器を持って急いで駆けつけた。
「これをお嬢さんに飲ませてあげてください。即効性の精神安定剤です」
「すみません」
アルカネットは器を受け取ると、キュッリッキの口元へあてがった。しかし泣いて混乱しているため、キュッリッキは器に気づいていない。
「リッキーさん……、失礼しますよ」
呟くように言い、アルカネットは薬を口に含むと、キュッリッキの顎に手をあてる。そして素早く口移しで薬を飲ませた。
傍らで見ていたカーティスとメルヴィンは、「うそっ」という表情で絶句する。
キュッリッキの喉が、小さく動く。
薬を飲み干したことを確認して唇を離すと、涙目できょとんとするキュッリッキに、アルカネットは輝く笑みで口元をほころばせた。
泣くことも忘れたキュッリッキは、暫く無言でアルカネットを見ていた。そしてようやく今の状況がはっきりしてきたのか、みるみるうちに顔がトマト色に染まっていく。
耳まで染め上げて硬直したキュッリッキを見て、
(可哀想に…)
とカーティスは色んな意味で内心同情した。
キュッリッキの頭の中は、怖かった遺跡での記憶が一瞬で吹き飛んで、アルカネットに口移しされた事実が、ぐるぐると旋回している。
(舌まで入ってきた……舌まで……今のってもしかしなくっても初めての――)
枕元に座っていたフェンリルが、同情するように小さく鳴いた。
(アタシのファーストちゅーは、アルカネットさんっ!?!)
雷鳴のごとき絶叫が、脳内に轟き渡っていた。
すっかりショートしてしまったキュッリッキに笑顔を向けながら、アルカネットは椅子に座りなおす。そして肩ごしに、カーティスとメルヴィンに視線を向けた。
キュッリッキに見せていた優しい表情はなりを潜め、紫の瞳には静かな殺意がこもっている。
「今回の件の原因は、ザカリーでしたね?」
穏やかな口調だが、明らかに怒りをはらんだ響きを含んでいる。
アルカネットがこのように露骨に怒りを見せることは珍しく、メルヴィンは生唾を飲み込み、カーティスは渋面を作った。
(このままでは、間違いなくザカリーは殺される…)
なんとか命乞いをと、カーティスは忙しく思案を巡らせる。
2人の返事を待たず、ゆっくりとした動作でアルカネットは立ち上がった。しかし、
「ザカリーは悪くない!」
アルカネットのマントを掴み、キュッリッキが叫んだ。
「アタシが自分で招いたことなの。誰も悪くないの、信じてアルカネットさん!」
左半身だけでなんとか起き上がろうとして失敗し、ベッドからずり落ちそうになったところを、アルカネットが慌てて抱きとめる。
アルカネットは心臓が跳ねるくらい驚いて、彼女をベッドに戻しながら大きく息を吐きだした。
「動いては駄目ですリッキーさん! 傷口が開いてしまう」
「お願い、ザカリーになにもしないで! お願い、お願い…」
怪我の痛みを堪え、声を振り絞るようにしてキュッリッキは必死に懇願した。アルカネットの殺意と怒気は、キュッリッキも気づいている。
「誰も悪くないの、アタシが悪いの。ごめんなさい、だから…」
「落ち着いてください、判りましたから。さあ、休んで下さい。絶対安静にしていなくてはいけないのですよ」
言い募るキュッリッキを寝かせ、シーツをかけ直してやる。
「お願い、誰も…」
「判りました。もう泣かないでください。さあ、安心して眠って」
どこまでも穏やかに優しく言うアルカネットの背を見つめ、カーティスは本気でまずい展開だと焦っていた。
薬が効いてきて、キュッリッキは重くなった瞼をゆっくり閉じた。
それまでずっとアルカネットにすがって、喉を嗄らすまでザカリーの嘆願をやめようとしなかったのだ。
アルカネットは約束すると何度も言い含めたが、キュッリッキは信じようとはせず食い下がった。
身体を起こそうとし、動く左手でマントを掴み、泣きながら必死に訴えた。
手術をしたばかりの身体を、無理矢理動かしすぎたせいで傷口が開きかかり、包帯にじわりと血が滲みだす。
見かねたウリヤスは激怒し、アルカネットを叱り飛ばした。
「術後の患者を興奮させてどうするね!」
「…すみません。配慮が足りませんでした」
カーティスとメルヴィンは、ウリヤスの物怖じしない態度に肝を冷やす。
止血のために回復魔法をかけ、ウリヤスとアルカネットの2人がかりで、新しい包帯を巻き直した。
その間に、薬の効果でキュッリッキはおとなしくなり、完全に眠った。
「やれやれ…」
ウリヤスは首を振って、疲れたように腰を軽くさすった。
アルカネットは申し訳なさそうに詫びながら、あやすように何度もキュッリッキの頭をそっと撫でていた。
フェンリルも落ち着かなく枕元で足踏みしていたが、やがて寄り添うようにして丸くなった。
「メルヴィン、彼女についていてください。私が戻るまで」
「は、はい」
「フェンリルも頼みましたよ」
フェンリルはアルカネットに目を向けて、小さく喉を鳴らした。
「ウリヤスさん、容態が急変したら報せてください」
「しっかり看ておくよ」
ウリヤスに丁寧に会釈する。
顔を上げたアルカネットの表情からは、一切の優しさも穏やかさもなくなり、剣呑な色だけが浮かんでいた。
「ザカリーはどこですか? 案内しなさい、カーティス」
* * *
銀砂をまいたように夜空を埋め尽くす星々と、柔らかな光を放つ月は、夜の闇に落ちた地上を優しい光で照らしていた。
柵にもたれかかってぼんやりと空を見上げていたザカリーは、真っ直ぐ叩きつけられる殺気に、ビクリと肩を震わせた。
病院を背にアルカネットが佇み、こちらを向いている。
逆光で顔は陰っているが、ザカリーの視力なら、その表情も易々と見通せる。
柔和な顔には凄まじい殺意が満ち、強烈な冷気を纏っていた。優しい顔立ちだけに、より一層無情さが際立つ。
(おいでなすった…)
ザカリーは喉を鳴らして唾を飲み込む。アルカネットの殺気にあてられ、掌がじんわりと汗ばんだ。
外の異変を感じ、ライオン傭兵団の仲間たちが玄関から飛び出してきた。
ザカリーはアルカネットの顔を見つめ、そして項垂れた。
(今度の件は、明らかにオレの咎だ。アルカネットさんもそう思っているから、こんな激しい殺意をオレに向けるんだ)
だから、今更弁明する気もなければ、釈明する気も起きない。
「アルカネットさん、今回のことはどうか――」
追いすがったカーティスはアルカネットに手を伸ばしたが、何かに身体を弾かれ後方へ吹っ飛んだ。
カーティスは背中を地面に強打し、息が詰まって表情を歪ませる。
血相を変えたマーゴットが駆け寄って、そっとカーティスを起こして支えた。
アルカネットはカーティスなど意に介さず、ザカリーへの殺意は更に鋭くなった。
「あなたになにもするなと、傷ついた小さな身体で、彼女は必死にすがってきました。自分が悪いのだと言って」
虚を突かれたようにザカリーは顔を上げた。握りしめた拳が、動揺するように震えた。
(オレなんかを庇って…)
「彼女があんな思いを味わうきっかけを作ったあなたを、私は許すつもりはないのですよ、ザカリー」
冷たい響きを含んで言い放ち、アルカネットはゆっくりと手を上げる。
「あなたは、彼女に許される資格などないのです」
ザカリーに向かって、掌が向けられた。
カーティスとシビルは、同時に防御魔法の呪文を低く唱える。ザカリーの周りに巡らせるためだ。
「逃げろザカリー!!」
「イアサール・ブロンテ」
ギャリーの叫びをかき消すように、その場に突風が吹き荒れた。
風は急速に旋回し、渦を作り出してザカリーに襲いかかった。
「発動が早すぎるっ」
「こちらの詠唱が…」
極小の竜巻だった。
(オレは……逃げねえ)
彼女に大怪我を負わせた責任を取る。その覚悟でザカリーは動かず、襲い来る竜巻に自ら飲み込まれた。
「あのバカなんで逃げねえんだ!」
ギャリーは舌打ちすると、荒れ狂う風の中をもがいて、アルカネットに掴みかかろうとした。だが風に身体が巻き上げられ、ギャリーはその場から数メートルも吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまった。
アルカネットの身体の周りには風の結界が張られているようで、触れようとする者を、吹き飛ばすか切り裂くようである。
「イアサール・ブロンテはマズイよ、カーティス!」
ハーマンが悲鳴のような声をあげる。
風属性と雷属性を合わせた、最高位の攻撃魔法の一つだ。
病院前を中心に、町中に強風が吹き荒れる。おもてに出ていた町民は、驚いて家屋に避難した。
建物は風に叩かれ軋んで揺れる。唯一病院だけはそよ風すら当たらない状態だった。
アルカネットの微細なコントロールの賜物である。
竜巻は次第に威力を強めていき、やがて渦の表面に稲妻が発生し始めた。風の壁で中の様子は見えない。
「アルカネットさん! 何もここまでする必要はないでしょう、ザカリーは我々の仲間なんです!」
「私の知ったことではありませんよ」
「キューリさんがこれを知ったら悲しみます! 彼女はザカリーを許すように、あなたに願ったじゃないですか」
「彼女は術後で、気が動転していただけです」
取り付く島もない。
「ちょっと待ってもらえませんか!」
ふいに割り込んだ大きな叫び声に、アルカネットとカーティスが同時に顔を向ける。
「オレ、リッキーの友達です」
ハドリーだった。隣には困惑を顔に浮かべたファニーも並んだ。
眉間に力を込めて、ハドリーは一歩前に足を踏み出す。
「あいつ、今までどこ行っても馴染めず苦しんでました。でもライオン傭兵団に入って、新しく出来た仲間を喜んでた」
ハドリーは拳を握り締める。
こんな恐ろしい力を奮うアルカネットを止めるために勇気を振り絞るのは、ザカリーという男のためなんかではない。
今も怪我で苦しむ、キュッリッキのためだ。
「今回のことで仲間が粛清されたなんて知ったら、あいつ立ち直れなくなっちまう。また居場所を失うことになる!」
「あたしからもお願いします! リッキーを悲しませないで下さい!」
ファニーはハドリーにすがって、アルカネットに頭を下げた。
轟轟と唸る風の中、息を呑むようにしてライオン傭兵団のメンバーたちがその様子を見守った。
アルカネットは2人を見て、すっと目を細める。
暫しなにか沈思するように俯くと、肩で息をつき、やがて手をおろした。
激しい風と稲妻がぴたりと止み、竜巻も消え失せてザカリーを解放した。
すぐさまギャリーとランドンが駆け寄り、ぐったりと倒れるザカリーを助け起こす。
全身激しい大小の裂傷で、血みどろのズタボロになっていた。だが息はあり、雷の攻撃は喰らわず間に合ったようだ。
ザカリーたちの姿を冷ややかに見やって、アルカネットは軽く頭を振る。
「三文芝居で気が削がれました」
アルカネットは素っ気ない口調でそう言いおくと、踵を返してゆっくりと歩を進めて病院の中に消えていった。
「ぷはー…、めっちゃ怖かった…」
ハドリーは長い息を吐き出しながら、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「あたしも、一生分の勇気を奮い起こした気がするわ」
同じようにファニーも座り込んで、ハドリーにもたれかかる。
「お2人共、ありがとうございます」
心底安堵した表情を浮かべたカーティスは、2人のほうを向いて頭を下げた。
「いや、本当のことを言っただけなんで」
ハドリーは苦笑を浮かべて肩をすくめた。
大事な友達のキュッリッキのためにしたことだ。
「我々だけでは、止められなかった…」
カーティスは全身から力が抜けて、胡坐をかいて地面に座り込む。
自分の足の先を凝視しながら、カーティスは眉間を寄せた。
まさか、あそこまでアルカネットが激怒するとは、正直思っていなかったのだ。
(確かにキューリさんを気に入っている様子ではありました。でも、あんなにはっきりと怒りを露わにするほど、本気で好きになっているとは…)
美しい容姿の純粋な少女。
レア中のレアである召喚〈才能〉を持っているとは言え、キュッリッキへの入れ込みようには、首をかしげるものがある。
今回のことは、ザカリーとキュッリッキが喧嘩をして、偶然起こってしまった不幸な事故。
当人たちも喧嘩をしただけで、こんな事態を引き起こすとは思ってもみなかっただろう。だから、キュッリッキはアルカネットを必死で止めていたのだ。
(この先彼女が誰かと喧嘩をすることもあるだろうし、危険な目に遭うかもしれない。怪我だってするかもしれません。しかしその度にこれでは、仲間たちはたまったもんじゃない)
団に馴染もうと必死なキュッリッキを、傷つけることにもなってしまう。
(リーダーとしては、頭の痛いことですね…)
カーティスは天を仰ぐ。湿気を含んだ温い風が吹き、それが妙に心地よく感じた。
「おいカーティス、宿の医者に縫ってもらっちゃダメか? これはウリヤスさん一人じゃ縫う箇所多すぎてよ」
肩に担いだザカリーを、ギャリーは指さした。
「急患だからと言えば、縫合してもらえるんじゃないですかねえ。――ヴァルト」
「ぬ?」
屈伸運動をしていたヴァルトは、呼ばれて顔を上げる。
「宿までひとっ走りして、ヴィヒトリを呼んできてください。ザカリーの縫合を頼みたいので」
「おう、マカセトケ!」
元気よく跳ねて立ち上がると、ヴァルトは走り出した。そして回れ右をすると、ダッシュで戻ってくる。
「なあ、宿どこだ?」
「バカかおめーは!!」
思わずギャリーがツッコミ怒鳴る。
「初めてきた町だぞ、知ってるほーがオカシーだろ!」
確かにその通りではある。
「なら、走り出す前に確認してから行けよ……」
そうカーティスはひっそり呟いた。
「オレ知ってますよ、案内します」
見かねてハドリーが声をかけた。
「おう! 頼むぞヒゲにーちゃん!」
両腕を広げて喜ぶヴァルトに、ハドリーは薄く笑った。
「なんだかお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございます」
「い、いえ」
カーティスに恐縮気味にお礼を言われ、ハドリーは更に薄く笑った。
ヴァルトとハドリーが連れ立って宿へ向かう後ろ姿を見送り、カーティスは立ち上がる。
「さて、手の空いてるひとは、この辺りを片付けましょう。ハリケーンが襲ってきたような有様で、ご町内に申し訳ないですから」
カーティスが周囲を手で示すと、病院前から数メートル付近がゴミ捨て場のように変わり果てていた。アルカネットがしでかしたとはいえ、自分たちにも責任はあるし、町にしてみたら迷惑をかけられたに過ぎない。
「片付けが終わったら、パブに行って何か食べてきましょうか」




