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片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
27/226

23)イソラの町・1

 着替えを済ませたベルトルドは、足早に馬車専用地下通路へと向かう。

 すでに馬車は待機しており、リュリュが困惑気味に出迎えた。


「化粧を落とす寸前だったのよん」


 腕を組んで、腰をくねっと曲げる。

 馬車に乗り込みながら、ベルトルドは「フンッ」と素っ気なく鼻を鳴らす。今はリュリュの嫌味に、いちいち付き合う気分ではない。


「念話で伝えた通りだ」


 ドカッと乱暴に座り、腕を組んだ。


「小娘、かなり危険な状態みたいね。医者はアルカネットが?」

「うん。ヴィヒトリともう1人、外科医を連れて行くよう指示しておいた」


 忙しなく人差し指を動かすベルトルドを見て、リュリュはため息をつく。


「なら信じて待つしかないわね…。――ちょっと、ボサッとしてないで早く出しなさいよっ!」


 イラッと怒鳴ると、リュリュは組んだ右足で馬車のドアを蹴飛ばした。


「すっ、すみません!」


 慌てたように謝る御者は、すぐに馬車を発車させた。


「寝ぼけてンじゃないわよ、ったく」


 やや大きめの口を忌々しげに歪め、強く舌打ちした。

 恐縮しまくる御者の気配が、車内にまで伝わってくる。


「オカマは怒らせるモンじゃないな…」

「ぁあ?」

「ナンデモアリマセン」


 すいーっと目線をずらしつつ、ベルトルドは真顔で言う。

「オカマコワイ」の本音は、心の中で呟くにとどめた。


「ンで、どんくらい動かす気?」

「第二正規部隊とダエヴァ第二部隊、魔法部隊(ビリエル)を少々使う」

「判ったわ。編成や指揮はブルーベル将軍とアークラ大将にお任せで、ダエヴァと魔法部隊(ビリエル)も、ブルーベル将軍の指揮下に入ってもらうわね」

「うん」


 持っていた鞄から書類を数枚抜き取ると、リュリュはペンを走らせ書類に書き込んでいく。


「それにしても、調査がまだ不十分だけれど、ケレヴィルの連中に手を出してくれちゃったからネ。堂々と軍を送り込まれても、文句は言えないわねソレル王国」

「ああ。ライオンの連中が、無事シ・アティウスらを救出できたしな」


 腕組をしたベルトルドは、顔を馬車の外へと向ける。

 カーティスから見せられたキュッリッキの惨い姿が頭をよぎり、自然と表情が辛そうに歪む。


「リッキーの件がなければ、もう少し後になっただろうが…」

「そうね。今はとにかく、アルカネットを信じて任せましょ」

「そうだな…」




* * *




 髪は生乾きのまま、アルカネットは軍服に身を包む。

 身だしなみには人一倍気を遣うが、今はそれどころではない。夜勤の使用人たちにいくつか指示を出しながら、急いで(やしき)を飛び出した。

 地上のゴンドラも地下の馬車も使わず、魔法でふわりと身体を浮かせると、鳥が飛び立つように素早く宙を飛んだ。

 夜風が髪を乱暴に嬲っていくが、全く気にかけてもいない。この男にしては、珍しいほどの慌てぶりである。


「一刻も早く、リッキーさんのもとへ向かわねば…」


 心が急いて、胸を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 脳裏には、ベルトルドから見せられたキュッリッキの惨たらしい姿が、ずっと焼き付いて離れない。

 大きく切り裂かれた身体、血の気を感じさせない顔色、ぐったりと躍動の失せた気配。

 死の息吹を吹きかけられたような、あまりにも酷薄な状態。

 もう助からないのではと思うほどに、アルカネットの心をかき乱した。


「いえ、絶対に助けてみせます」


 目の前に迫ってきた大病院の建物を見据え、アルカネットは顎を引いた。

 建物の入口前にひらりと舞い降りると、足早に大病院へ入る。


「すみません、外来はもう」

「急ぎの用件です。ヴィヒトリ先生を呼んでください」


 呼び止めてきた受付の男に、アルカネットは遮るように言う。


「ヴィヒトリ先生でしたら、今夜は立て続けにオペをしている真っ最中です」

「なんですって?」


 普段温和な顔が、眉間に皺を寄せて険しく歪む。

 乱れた髪といい、鬼のような形相で睨まれて、受付の男は後ろによろけた。


「終わる予定は、何時くらいでしょう?」

「え、えっと」


 デスクに駆けていき、医師の予定表を確認した。


「未明には終わる予定となっています」


 アルカネットは壁掛時計に目を向ける。

 あと数分ほどで、日付が変わろうとしていた。

 僅かに俯いて考えるようにしていたが、険しい表情はそのままに、受付の男を振り向いた。


「ヴィヒトリ先生に伝えなさい。大至急の急患が控えています。予定のオペを、3時までには終わらせるようにと」

「は、はいっ」

「それとあなたは、この病院でヴィヒトリ先生の次に優秀な外科医に、今すぐここへくるように伝えなさい。これは、副宰相ベルトルド様からの、直々の命によるものです。急ぎなさい」


 連絡を取るため、受付の男が逃げていくように走り出す。その後ろ姿を見つめ、アルカネットは軍靴で何度も軽く床を叩いた。


「こうしている間にも、容態が……」


 まさかオペをしているヴィヒトリを掻っ攫うわけにもいかず、アルカネットはオペが終わるのを、最大級の忍耐で待たねばならなかった。




* * *




 総帥本部に到着したベルトルドを、ブルーベル将軍とラーシュ=オロフ長官が入口前で出迎えた。


「こんな遅くに招集をかけてすまんな」


 開口一番2人に詫びると、返事を待たずにベルトルドは建物に入っていった。


「軍とはそういうもの、お気になさらず」


 ベルトルドに続きながら、ブルーベル将軍はにこやかに答えた。これにラーシュ=オロフ長官が無言で頷く。

 24時間体制の総帥本部内には、夜勤の軍人たちが多く詰めており、ベルトルドの行く先々で敬礼が投げかけられた。

 過日キャラウェイ元将軍の不祥事を解決した功労者として、皇王から軍総帥の地位を下賜されたベルトルドは、国政と軍権を掌握する、並ぶもののない権力者になっていた。

 それこそ、キャラウェイ元将軍が夢見た、世界征服も夢ではない。

 しかしベルトルドにとって、世界征服とは『恥ずかしい夢』であり、腐敗し堕落しきっているならまだしも、せっかく上手くいっている体制を個人のちっぽけな夢のために破壊する気など毛頭ない。

 むしろ「仕事が増えて大迷惑だ!」という心境である。

 執務室に到着した御一行は、部屋の中央に位置する応接ソファに陣取り協議に入った。


「此度の招集の目的を、教えていただけますかな?」


 やんわりとした口調で、ブルーベル将軍が切り出す。


「将軍はアルケラ研究機関ケレヴィルのことはご存知かな?」

「はい。神の世界アルケラに関する学術的研究やら探求、それ以外にも、超古代文明と呼ばれる、1万年前の遺跡調査などにも手を広げている組織でしたね。閣下はそこの所長職も、兼任なさっているとか」

「うん」


 ベルトルドは満足そうに頷く。

 軍人というものは、知的方面には疎い者が多い。それが将軍といえど、頭の隅に置いているのは、副官の役目と言わんばかりに。

 幸いなことに、ブルーベル将軍はそのあたりの知識も、しっかり頭の隅に留めおいているようだ。


「ソレル王国でアルケラに関するものが出土したことから、ケレヴィルの連中が調査に乗り出していたのだ。だが、どういうわけかソレル王国が、研究者たちにちょっかいを出し始めてな。俺のハンコの押された書類を掲げても、効果ナシときたもんだ」


 それには、ラーシュ=オロフ長官が目を丸くした。


「モナルダ大陸の小国の一つでしたね。閣下のご威光が効かないとは、地方の驕りなのでしょうかねえ」


 おやおやといった顔で、ブルーベル将軍は肩を揺らした。

 それについて、ベルトルドは軽く肩をすくめるにとどまった。


「俺の権威が踏みつけられたところで痛くもないが、今回は研究者どもを不当に拉致、拘禁しおってな。さすがに見過ごすわけにはいかない」

「確かに」


 ブルーベル将軍は神妙に頷いた。


「研究者どもは、俺の子飼いの傭兵団に救出させ、遺跡も抑えてある」

「手回しがよろしいですな」


 にやりと口元に笑みを浮かべ、ベルトルドは2人を交互に見る。


「フッ。まあそんなわけで、将軍には第二正規部隊と、ラーシュ=オロフ長官のダエヴァ第二部隊、魔法部隊(ビリエル)から人員を割いて、首都アルイールを制圧していただきたい。そして、王族も全て捕らえて欲しい」


 ブルーベル将軍はつぶらな瞳を瞬かせたが、すぐに恭しく頭を下げた。


「承りました。早速準備に取り掛からせていただきます」


 ベルトルドはブルーベル将軍を見て、僅かに苦笑を浮かべた。


「まだ確証が得られてないので、詳細を話せなくてすまぬ」

「判っております。そのうちお話くださることですから。今は目の前の作戦に、全力を尽くさせていただきますよ」

「うん、頼んだ」


 ブルーベル将軍とラーシュ=オロフ長官は揃って立ち上がると、ベルトルドに敬礼をして執務室を後にした。

 2人が出て行ったあと、ベルトルドは肘掛にもたれてリュリュを見上げる。


「なあ、ブルーベル将軍をどう思う?」

「そうねえ…」


 天井に目を向け、リュリュは少し考える。


「信頼はあるわね。洞察力も優れているし、性格も温厚で良いわ」

「仲間に引き入れようと思っている」


 それについて、リュリュは返事をしなかった。

 難しそうな表情を浮かべ、グッと口を引き結ぶ。


「恐らく、将軍は乗ってくれるだろう。今回のことが終わったら、話をしてみる」


 そう言って立ち上がると、ベルトルドはデスクへ向かう。

 感情の伺えない表情のまま、リュリュは踵を返した。


「お茶を淹れてくるわ」

「ああ、頼む」




* * *




 街灯も道路もない真っ暗な場所を、魔法で作り出された灯りを頼りに、ブルニタルの完璧なナビゲーションで、皆迷わずイソラの町まで到着した。


「さすがブルニタル」


 ゲッソリとギャリーが褒めると、


「このくらいしか役に立ちませんしね」


 そう疲れた顔で、ブルニタルは応じた。


「後方支援も、大事な役割ですよ」


 カーティスはホッとしたように言って振り向いた。


「さて、こっからはお医者様探しです。元気の有り余ってる脳筋組の皆さん、早速散って探してきてください」


 パンパンッと掌を打ち、カーティスが顎をしゃくる。


「ヘイヘイ」


 不満を言う者は一人もいない。

 脳筋組は、すぐさま町内に散っていった。


「あたしたちも探しに行こう」

「そうだな」


 ファニーとハドリーも医者探しに加わった。




 2時間ほどの遠足を満喫させられた。

 魔法使い組は、キュッリッキの生命維持に魔力を全力消費し、ルーファスはキュッリッキを運ぶために集中している。

 暇を持て余していたのは、脳筋組くらいだ。

 ケレヴィルの研究者たちは、疲れきった顔でその場に座り込んでいた。

 拘禁されていた精神的疲労に加え、休憩なしの遠足だった。

 とくに疲れた様子でもないシ・アティウスだけは、静かにキュッリッキを見つめていた。




 大して広くもない町なので、すぐに病院が見つかった。

 見つけてきたのはヴァルトだ。




* * *




「たのもーー!! 死にかけのジョシが1人いるから開けろー!!」


 すでに灯の落ちている建物のドアを、破壊する勢いでヴァルトは叩く。静まり返る町内に、鈍く重い音が大きく鳴り響く。

 木製の古びたドアは、力を持て余しているヴァルトの拳に、叩き割られる寸前で開かれた。

 何事かとドアを開けた中年の女性は、ガウンの襟元を掻き合せると、やたらと背の高いヴァルトを見上げて、ギョッと目を剥いた。

 なにせ、内臓や血糊をべったりとその身にかぶっていて、乾いた今は赤黒く変色した、異様な姿だったからだ。

 美しすぎる顔立ちが、より残酷な姿を耽美化していたが、口を開くと全て台無しにしてしまう男である。


「おばちゃん、早く仲間を診てくれ!!」

「急患かい?」

「うん。かなりヤバイんだ。タブンあともうちょっとで死んじゃうから早くして!」


 ヴァルトは両手を腰に当てると、仁王立ちになって中年の女性を見おろした。

 この言葉をキュッリッキが聞いたら「勝手に殺すなあ!」と文句を飛ばしそうだ。


(この様子からして重傷者がいるのね)


 彼女は何やらと思ったが、状況から察し、すぐさまドアを全開にした。


「早く運んでおいで。主人を起こしてくるから」


 ヴァルトは「うん!」と元気よく返事をすると、回れ右して全力で走っていった。




* * *




「病院のおばちゃんが開けてくれたから、キューリ運べ、ルー!」


 近所迷惑も甚だしい大声が、通りを挟んだ向こうからいきなり聞こえてきた。

 ルーファスはクラッと眩暈を感じ、額を押さえた。

 元気に両手を交差させながら振り回すヴァルトを見て、ランドンもシビルもため息しか出ない。


「いち早く病院を見つけてきたんだから、まだマシか…。ま、取り敢えずヴァルトに案内してもらおうか」


 ルーファスはゲッソリ言って、ヴァルトのほうへ向かう。


「そうですね。ちゃんと見つけてきたんだから、褒めてあげないと」


 シビルは肩をすくませながら後に続いた。

 座り込んでいた研究者たちも、億劫そうに立ち上がり、その後に続いた。


「ああそそ、マリオン、脳筋組たちに連絡を入れておいてください」

「おっけ~い」


 カーティスから言われて、マリオンはすぐさま念話を飛ばす。


「案内よろー」

「おしゃ、モノドモ、着いてこい!」


 先頭に立って意気揚々と進むヴァルトに、皆、疲労感たっぷりにぞろぞろとついていった。




 ヴァルトに案内された病院は、こざっぱりした小さな診療所のようだ。

 木造の建物に白いペンキが塗ってあり、屋根は赤いペンキを塗っていて可愛らしい。

 玄関で出迎えてくれた中年の女性は、キュッリッキを見ると、瞬時に泣きそうな顔になり、身を乗り出して覗き込んだ。


「まあまあ、大変」


 中年の女性は、医者の妻兼看護師のマルヤーナと自己紹介した。

 マルヤーナはすぐさま、ルーファスを処置室に案内する。

 ルーファスは細心の注意を払い、清潔なベッドの上に、キュッリッキをそっと寝かせた。


「運搬完了……」


 そう言うやいなや、ふらりとその場に仰向けにぶっ倒れてしまった。


「大丈夫!?」

「ご心配なく。超能力(サイ)の使いっぱなしで、燃え尽きてるだけですから…」

「まあそうなの、大変だったのねえ」


 そう言いながら、マルヤーナはルーファスの腕を掴むと、自分よりも大きな男をヒョイっと軽々肩に担ぎ上げた。

 その逞しき光景に、シビルがギョッとする。


「入院患者用のベッドが空いているの。寝かせてくるわね」


 にこやかに言い置いて、マルヤーナとルーファスが出て行った。そして入れ替わるようにして、白衣を着た男が眠そうに入ってきた。


「ウリヤスと言います。よろしく」

「夜分遅くにすみません」

「急患ならしかたがないです。そちらのお嬢さんですね」


 ウリヤスはベッドの傍らに立つと、白いものが混じった眉を寄せて唸った。


「血液型を調べて、すぐ輸血しましょう。マルヤーナ」


 妻の名を叫んで、ウリヤスは棚からすぐに道具を取り出し準備を始めた。


「申し訳ないが、私の腕ではこのお嬢さんを助けるのは無理だ。輸血と点滴をするくらいしか、お役に立てそうもない」

「今こちらに医者が向かっています。たぶん外科専門かと思われます」


 シビルが慌てて説明する。


「うん。それなら助かるかもしれない。私はこの小さな町で、そこそこの病人や怪我人を相手にする程度の医療〈才能〉(スキル)しか持っていないのでね」


 自分を卑下するわけではない。それが事実なんだといった静かな表情(かお)でキュッリッキを見ていた。

 医療〈才能〉(スキル)にも得意不得意分野があり、技術の差も存在するのだ。


「せっかく頼ってくれたのに、大したことも出来ず、すまないね」

「いえ、ありがとうございます」


 シビルは心から頭を下げた。




 マリオンの念話の誘導で、町に散らばっていた脳筋組も病院に合流した。

 静かな町の小さな病院内には、幸い誰も入院患者はおらず、いきなりやってきた大勢で賑わっても大丈夫だった。

 キュッリッキの容態は相変わらずだが、医者のもとへ運べた安堵感から、皆の張り詰めていた緊張の糸がほぐれていた。




 ヴァルトはマルヤーナを見るなり「風呂入りたい!」と、子供のように駄々をこねた。


「あらあら、お風呂場はあっちよ」


 マルヤーナが通路の奥を指さすと、ドタバタ走って行って風呂場に駆け込んだ。

 ギャリーとタルコットも返り血が臭うのに飽き飽きし、一緒に風呂場に押しかけて大騒動だ。


「この狭すぎる空間で翼を広げるな翼を!!」

「お前らが勝手に入り込んできただけじゃないか! とっとと出てけよ!!」

「血を落とさせてくれ……、臭いんだ」


 風呂場からギャースカ聞こえてくる賑やかな声に、マルヤーナは面白そうにクスクスと笑い、濡れタオルを配っていた。

 タオルを受け取り、カーティスが申し訳なさそうに頭を下げる。


「本当にすみません。騒々しい連中で…」

「いいのよ。傭兵さんたちは大変ね」

「ははは…」


 穴があったら入りたい、という気持ちでいっぱいになった。


「あ、ところで、たぶん早朝か朝くらいに、数名追加でお邪魔することになると思います」

「お医者様が向かってらっしゃるんでしたわね。主人から伺ってますわ」

「はい。我々も少し休ませていただいたら、数名残して出ますので。通常営業のお邪魔はしません」


 立ち上がろうとするカーティスを、マルヤーナはやんわりと止めた。


「そんなことは気にしなくていいのよ。穏やかな町ですから、忙しくないの」

「すみません」


 恐縮するカーティスに、柔らかな笑顔が向けられた。


「細かいサービスはしてあげられないけど、ゆっくり休んでくださいね」

「いえ、ありがとうございます」




 ランドンとシビルは、キュッリッキに付き添い処置室に残っていた。


「僕が回復魔法を続けているよ」

「大丈夫? ランドン」

「これしか取り柄がないから。シビルは今のうちに身体休めてて。あとで交替頼む」

「おっけー。んじゃ、頑張って」

「うん」


 ベッドに横たわるキュッリッキの傍らに座り、ランドンは回復魔法をかけ続けた。

 ずっと魔法を使い続けるのは、相当の精神力と魔力を消耗する。しかしシビルもカーティスも、救出作戦で激しく消耗していた。

 少し休まないと手元が狂いそうだったので、シビルはランドンに全て任せることにした。

 超能力(サイ)を使いっぱなしだったルーファスも、キュッリッキをベッドに寝かせた直後、ぶっ倒れてしまった。

 作戦で念話や戦闘などもこなしていたので、疲労困憊だっただろう。

「遠距離念話ほど疲れるものはない」と、常々言っているくらいだ。




 一通り大騒ぎが収まると、みんな泥のように眠りに就いた。

 ヴァルトは元気に起きていて、濡れた頭をマルヤーナに拭いてもらっていた。

 そのあと渡されたホットミルクをもらって一気に飲み干すと、身体を丸めてすぐに眠ってしまった。


「まあまあ、子供みたいね」


 あまりにも無防備に眠るヴァルトを見て、マルヤーナはくすりと笑った。




 ザカリーは眠ることができず処置室の前まで来ると、遠慮がちに中を覗いた。

 キュッリッキの容態が気になってしょうがないのだ。


「キューリは大丈夫だよ」


 いきなりランドンに話しかけられ、ザカリーはちょっと驚いてサッと壁に隠れる。


「こっちにきて座りなよ」


 笑い含みに促され、少しためらったあと、中に入って隣の椅子に座った。


「……」


 やっとキュッリッキの姿を見ることができて、ザカリーはグッと息を詰める。

 輸血を受けているが、血の気を失った蒼白な(おもて)は変わっていない。それでも神殿の中で見たときよりは、多少落ち着いているようにも見えた。

 血で汚れた衣服は脱がされ、痛々しすぎる傷をあらわにし、裸の上に軽くシーツがかけられ眠っている。

 髪の毛は邪魔にならないよう束ねられ、血で汚れていた髪は、丁寧に清められていた。おそらくマルヤーナがしてくれたのだろう。

 回復魔法で痛みが和らいでいるからなのか、キュッリッキの表情は落ち着いて見えた。


「酷い傷、だな…」

「肩から胸の傷も酷いけど、背中も凄く大きな痣になってた。あの怪物に殴られたのかもしれない」


 肩にも打撲痕があり、擦り傷もいくつか見られた。


「でもね、ウリヤスさんがきちんと診てくれたけど、内臓類に損傷はないって。それだけは幸いだった。もし内臓類に損傷があったら、もう助からなかったから」

「そうか……」


 それだけでもホッとする。


「あんな短い時間で、こんな大怪我を負っちまったんだな…。どれほど怖かっただろう、痛かっただろうに。ごめんな…」


 独りごちるように、キュッリッキに向けてザカリーは呟いた。


「オレが怒らせなきゃ、神殿に入ることもなかったんだよな……。あんなふうにからかうんじゃなかった…」


 ほんの些細な喧嘩だった。


(それがまさか、こんな事態に発展しちまうなんて…)


 そう思えば思うほど、短慮だったと自分を責めた。


「へっ…、自分を責めたって、それは自己満足にしか過ぎねえよな。こいつはいまだ生死の境を彷徨ってるんだしよ…」

「キューリは死なない」


 ボソッとした声で、ランドンは断言する。


「僕が看てるし、こんな大怪我を負ってもこの子は死ななかった。だから大丈夫」

「……」


 いつもは口数の少ないランドンが、慰めるように言った。

 ランドンは常に影に徹して、けしてでしゃばらず、仲間を支えてくれる。いざという時どれほど頼りになる男だろうとよく思う。

 回復魔法を使い続けるだけでも大変な苦労なのに、ザカリーのことまで気遣ってくれる。

 その気持ちが嬉しく、救われる思いだった。


「ありがとな」


 ザカリーは俯いて、肩を震わせた。

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