表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
25/226

21)キュッリッキの危機

 あれだけ怯えていた神殿に駆け込んでいってしまった、キュッリッキの後ろ姿を皆が唖然と見やる。

 辺りは静まり返り、何とも言いようもない空気だけが、無遠慮に空洞の中に流れていた。

 誰もが言葉を探すように沈黙を続けるその場に、突如地震のような振動が襲った。立っていた者たちが、思わずよろけるほど揺れが大きい。


「あわわっ地震!?」

「きゃあああああ」


 シビルが声をあげるとほぼ同時に、神殿からキュッリッキの悲鳴が聴こえてきた。


「キューリ!」

「キューリさん!?」


 キュッリッキの悲鳴に弾かれ、何事かと全員神殿に駆け込み、そこで一様に目を剥く。


「おい、なんだこれ!?」


 ギャリーは驚いて声を上げた。

 それまで何もなく、奥に向かって縦長一直線だった暗い神殿の中には、壁や柱が出現していて、奥が見えなくなっていた。

 突如様変わりした神殿内部に、唖然と驚く一同に、更にキュッリッキの切羽詰まった悲鳴が届く。

 ハッとしたように、カーティスの急いた指示が飛ぶ。


「ケレヴィルの皆さんは外に出ていてください。キューリさんのお友達とブルニタルも。捜索は我々だけでやりましょう」


 みな黙って頷いた。


「作戦のときの班で別れて探しましょう。ルーファスとハーマンとランドンは、メルヴィンの班へ移って。急ぎますよ!」


 カーティスの指示で3班に分かれると、それぞれ神殿の内部に突入した。




* * *




 キュッリッキは生まれて初めてだと思うくらいの悲鳴を、喉から絞り出した。

 突如目の前に、巨大な怪物が現れたからだ。

 柱の影から現れたそれは、あまりにも異様な姿をしていた。

 生臭い息と唾液を滴らせ、黄色く濁った眼球には、血のような紅い瞳が斑点のように張り付いている。

 大きな口は耳まで裂け、黄ばんだ鋭く太い牙が、何本ものぞいていた。

 愉悦を浮かべるその顔は、まるで下卑たイヤラシイ人間の男の顔のように見える。

 顔の周りはごわついた黒い毛で覆われ、人面をした巨大なライオンのような怪物は、仰け反り見上げるほどに大きい。硬い甲羅に覆われたサソリに似た長い尾が、せわしなく揺れ動く。


「アタシを獲物として捉えた目だね…。あんな気持ち悪いのなんて、フェンリルでやっつけちゃうんだからっ」


 すぐさまフェンリルで応戦しようとしたとき、足元にいたフェンリルが声も発せず、突然何かに吸い込まれるようにかき消えた。


「えっ、フェ、フェンリル!?」


 キュッリッキは飛び上がるほど仰天した。


「どういうことなの? なんで消えちゃったのフェンリル! ア、アタシは、アルケラへ還していないのに……どうして??」


 辺りを急いで見回し、キュッリッキは生唾を飲み込んだ。


「あんな…あんないきなり現れた怪物といい、勝手に消えちゃったフェンリルといい、どういうことなの……」


 しかし悩んでいる暇はない。

 戦うために素早く気持ちを切り替えた。すぐさまフェンリルを再召喚しようとして、目を凝らしたが何も視えない。


「う、嘘、アルケラが視えない……な、なんで?」


 視線を前方に彷徨わせ、キュッリッキは激しく狼狽えた。

 こんなことは、初めてだ。

 怪物は距離を取って、ゆっくりと前脚を動かしている。

 キュッリッキは意識が飛びそうになるほど困惑を深めながらも、ジリジリと壁際に後退した。

 諦めず何度も召喚を試してみたが、その目に映っていたアルケラが、完全に視えなくなっている。

 ただただ目の前の怪物の姿を、その神聖な(まなこ)に映し出すだけだった。


「どうしよう…、アタシこのままじゃ…」


 召喚が使えなければ、キュッリッキには戦う術が何もない。

 武術も剣術も使えない。まして護身用の短剣すら持ち歩いていないのだ。

 自分の身を護るのはフェンリルをはじめ、アルケラの住人たちだ。それなのにフェンリルは消えてしまい、アルケラも視えない。

 これでは、逃げることしか出来ない。


「に、逃げられるの…?」


 心にスッと冷たいものが差す。そして急激につま先から這い上ってくる恐怖で、脚がガクガク震えだし、腰が砕けそうになる。


「こんな…トコで、弱気になってる場合じゃない…、しっかりしろアタシ!」


 手をギュッと握って、自らに喝を入れる。

 ギッと睨むように怪物を見据えた。


「アイツ、すぐには襲いかかってくる感じじゃない…? アタシの出方を探ってるのかな。本能だけに従うなら、あんな風に距離なんてとらない。――もしかして知性があるのかも…。それなら、タイミングを見て逃げ出せばいいんだわ」


 諦めるにはまだ早い。

 逃げて逃げて、仲間たちの処へ――


「いまだ!」


 怪物が足を止めた瞬間、キュッリッキは素早く翻って駆け出した。

 不意をつかれた怪物も、すぐさま前脚を跳ね上げ走り出した。




 花崗岩で作られた神殿には、どこにも窓がない。もっとも山中を掘った空洞の中に建てられているのだから、明かりなど射すはずもなかった。


(ブルニタルが言ってた……、だだっ広い長方形のような、一つの長い部屋しかなかったって)


 それなのに地震の直後、一瞬にして様変わりした。

 あちこちを石の壁で区切られ、大小様々な部屋が出来た。そして通路の壁に設えられた(かがり)には、小さな灯りが点っているのだ。

 壁には幾何学模様のようなレリーフが埋め込まれ、カビ臭さは一切なく、石はじっとりと冷気を含んで湿っていた。

 その中をキュッリッキは、闇雲に走り逃げ回った。時折石畳の切れ目に足を取られそうになるが、たたらを踏みながらも転ばずひたすら走った。


「どうして、どうしてなの…」


 怪物は追いかけっこを愉しむかのように、わざとキュッリッキとの距離を取って追いかけてくる。

 明らかに遊んでいた。 

 キュッリッキの頭の中は、混乱してぐちゃぐちゃだった。

 訳も判らない事態の連続、仲間たちと出会えない、見たこともない怪物に追いかけられている。

 息が上がって胸が苦しくなり、噴き出した汗で視界が曇る。


「初めてアタシのところに来たときから、一度も消えることなんてなかった。ずっとそばにいてくれたのに、黙っていなくなっちゃうなんてフェンリル…」


 喧嘩しても、我儘を言っても、けっして傍を離れなかったのに。


「それに当たり前のように視えてたアルケラまで、視えなくなっちった。どうしよう、どうしよう」


 キュッリッキの強みは、無敵の住人たちを召喚する事だ。それができないということは、今のキュッリッキはただの無力な女の子。


(怖い……怖いの……)


 心の中に、どんどん不安と恐怖が広がっていく。訳が判らない事態にどうしていいか判らず、涙が溢れて視界を曇らせた。

 ついさっきまでザカリーと喧嘩をしていたことなんて、頭の中から完全に吹き飛んでいた。

 怪物はゆっくりとだが、確実にキュッリッキを追いかけてきていた。獲物を追い詰め、弄ぶかのように。

 その行動が、キュッリッキの精神(こころ)をより追い詰めていく。

 大きく開けた明るい場所に出て、そこで石畳に滑って転びそうになる。前につんのめり倒れそうになったところを、追いついてきた怪物に激しく背中を強打された。


「うぐっ」


 数メートルほど吹っ飛ばされ、石畳に打ち付けた肩から背中で、滑るように倒れて息が詰まった。鋭い痛みが全身を駆け抜けて、小さく呻く。

 逃げるために急いで起き上がろうとするが、思うように身体が動かない。意志とは裏腹に、手足に力が入らないのだ。


「ガクガクしちゃう…」


 急に全力で走ったこともあり、筋肉が震えている。

 大きく息を吸い込むと胸が軋んだ。肋骨にヒビでも入ったのだろうか。痛みで一瞬視界がぐらりと揺れた。


(逃げ…なきゃ)


 か細い腕に力をこめて、それでも身体を起こして立ち上がろうとする。だがすでに、怪物は目の前に立っていた。

 足元の小さな獲物が逃げられないことを悟ったように、裂けた口がイヤラシく歪んで広がった。

 どす黒い長い舌が牙の隙間から垂れ落ち、鼻を塞ぎたくなるほどの異臭を含んだ唾液が、床に滴り落ちた。


(誰か……)


 痛みと恐怖で、涙が止まらなかった。


(お願い…誰か、助けて……)


 怪物は目を細めると、鋭い爪を備えた前脚を上げ、勢いをつけて振り下ろした。




* * *




(こんなに広いものなのか?)


 複雑に入り組む神殿の中を走りながら、ザカリーの頭の中は、後悔の文字でいっぱいになっていた。


(ほんの少しからかって、あいつとひと時の会話――喧嘩になったが――を楽しみたかっただけだなんだ)


 金色の髪の毛が見えないか、薄暗い前方に目を凝らす。


(うっかりあのことを口走りそうになって…。傷つけるつもりはなかったんだ。弾みで口にでちまったとはいえ…大粒の涙まで流させて…泣かしちまったチクショっ)


 ザカリーは巻き戻せない時間を思い胸が痛む。そこへあんなに切羽詰まった悲鳴が聞こえてきて、もうどうしていいか判らない。


「場所とタイミングが、わ~るかっただけだよ」

「ちょ! 心の中を読むなよ!」


 横に並んで走るマリオンに、ザカリーは顔を真っ赤にして怒鳴る。マリオンはのんびり笑った。


「早く、キューリちゃん見つけてあげよ~」

「……うん」




* * *




「どうやったら一瞬で、こんな複雑構造に作り変われるんですかねえ」


 どこをどう走ったものか見当もつかず、手当たり次第走りながらカーティスはぼやいた。

 そこに突き刺すような頭痛が走り、念話が割り込んできて顔をしかめた。


(おいカーティス、そっちの状況はどうなっている?)

(ベルトルド卿)


 今回の依頼主でもある、副宰相ベルトルドからの念話だ。


(リッキーから預かった小鳥が消え失せた。一体どうしたんだ?)

(え?)


 カーティスは己の肩に目を向けて息を呑む。張り付くようにしてとまっていた赤い小鳥が、消えているではないか。


(私のほうの小鳥も消えていますね…。ちょっと、マズイかもしれません)

(? さっぱり意味が判らんぞ)


 不快げに眉を寄せる顔が、目に浮かぶような声だった。しかし今はそれどころじゃない。


(とにかく物凄いたてこんでまして。状況がまとまり次第、早急に連絡を入れますから、もうちょっとお待ちください!)


 強引に念話を打ち切り、カーティスは走る脚を速めた。




* * *




「ねえハドリー、あたしたちも探しに行ったほうがよくない?」


 神殿を見つめ、ファニーが急かすように提案する。


「そうしたいが、中で何が起こっているか判らねえ。二次遭難になったらシャレにならない。足でまといになるから、じっとしてたほうがいい」

「むぅ…」


 ファニー同様すぐにでも駆け込みたかったが、ハドリーはその衝動を必死で堪えた。努めて冷静さを装ってはいるが、嫌な胸騒ぎがしてならなかった。


(あんなに怖がっていた神殿に入っちまった。ザカリーとかいう男と喧嘩していた感じから、以前話していた秘密がバレた相手のことだろうな。――何を口論してこんな事態になったのかは判らんが、怖いと言っていた神殿に、駆け込んじまうほど傷ついたんだとしたら…)


 穴があくほど、神殿を凝視する。


(クソッ、すぐさま飛んでいってやりたい)


 妹のように思っている、大事な親友だ。

 ハドリーはチラッと、ブルニタルに視線を向ける。


(でも今のリッキーには、新しい仲間が出来ている。ここにその仲間たちがいる)


 仲間との間で起こった問題なら、親友といえどしゃしゃり出ることじゃない。そうハドリーは考えていた。

 仲間たちと共に解決することが、キュッリッキのためになると思ったからだ。


「無事でいてくれよ…」


 祈るように小さな声で、ハドリーは呟いた。




* * *




 叩きつけられるような重みと衝撃が走り抜けたあと、焼けるような痛みに刺し貫かれ、キュッリッキは大きく目を見開いた。

 悲鳴をあげた気がしたが、実際は引き攣れた掠れ声が、小さく発せられたに過ぎない。

 怪物の爪はキュッリッキの右肩から、胸までを深く切り裂いた。

 肉が抉り取られ、骨があらわになり、大量の鮮血が噴き出す。血飛沫と金色の長い髪が宙を舞い、キュッリッキは仰向けに倒れた。

 あまりの痛みに気を失うことも許されず、目を大きく開いたまま、キュッリッキの身体はビクンッ、ビクンと痙攣した。

 自らの血だまりの中に身を浸し、心の中で必死に叫ぶ。


(痛い…助けて!)


 口の中も血で溢れかえり、僅かに開いた口の端を、唾液と血が伝う。

 全身が急速に、凍え冷えていく感じがした。

 右上半身には激しい痛みはあるのに、他の部位の感覚が麻痺している。手足を動かそうと思っても、ぴくりとも動かない。

 閉じることもできない目からは涙が溢れ出し、薄暗い天井を凝視していた。

 キュッリッキは怪物を見ていなかった。張り付いたように動かない目は、天井を見上げるのみだ。

 やがて意識が混濁し始め、視界がぼやけだした。




* * *




 怪物はキュッリッキが流した血の匂いに鼻腔をくすぐられ、なんともいい気分になっていた。

 己の爪にこびりついた肉片と血を舐めとると、嬉しそうに目を細める。新鮮で甘い芳しい香りが、口内から鼻を突き抜けていった。

 ずっと欲しかった味と匂い。

 小さな獲物を見下ろし、怪物は生臭い息を吐き出した。もう動くこともできず、血だまりの中で、息も絶え絶えになっている。

 ぬらぬらと濡れ光る赤黒い肌からは、興奮のためか脂が滲み出し、よりテラテラと光沢を強めた。

 怪物は想像する。

 腹を切り裂いたら、今度は何が見えるだろうと。急に興味が沸いて、それがよりいっそう、残忍な興奮につながった。

 怪物はキュッリッキの腹に爪先を向ける。

 前脚を振り下ろし、キュッリッキの腹を切り裂こうとした。瞬間――


「ぐっ!」


 低い唸り声がして、何かに動きを止められた。

 怪物は怪訝そうに足元を覗き込む。そして突然周りが賑わいだし、なにやら足元に、小さい生き物が集まり始めて首を傾げた。




* * *




「リッキーさん!! なんてことに」

「キューリちゃん!」

「ランドンさん早く回復魔法を! このままではリッキーさんが」

「判ってる!」


 ランドンはキュッリッキの傍らに膝をつくと、両手を肩口にかざした。


「土に流れた毒は 二度と身体に戻らない

 胸から流れ出た苦痛も

 戻ることなく去らしめよ」


 掌から柔らかな光が溢れ出し、傷口を優しく包み込んだ。


「キューリさん…」


 ハーマンは為す術もなく、キュッリッキの周りをほたほたと歩いた。

 魔法〈才能〉(スキル)はあるが、回復魔法は得意ではない。この状態で無理に使うのは、かえって危険だから手が出せなかった。




 寸でのところで怪物の攻撃を止めたガエルは、交差させた腕で怪物の前脚を押しとどめながら、肩ごしに振り向く。


「キューリを動かせるか?」

「この様子じゃ今すぐは無理だ。戦う向きを変えてくれ、ガエル」

「了解だ」


 ありったけの力を両腕に込め、ガエルは怪物の身体を前方に思い切り押し出した。

 怪物は後ろによろけて転がり、壁に衝突した。

 そのままガエルは怪物を追い、キュッリッキたちから離れる。

 ルーファスはハーマンに、ガエルのサポートにつくよう指示をすると、すぐさまカーティスに念話を送った。




(それは…)


 映像付きの念話を送られ、カーティスは愕然とその場に立ち止まった。ヴァルトらが何事かと足を止める。


(ヤバイぞ、かなりの重症過ぎて。ランドンに止血させてるが、このままじゃ死んじまう)

(わ、我々もすぐに向かいます)

(ああ。ギャリーにはオレから連絡を入れておく)

(判りました)


 いつになく狼狽えるカーティスとの念話が終わると、ルーファスはすぐさまギャリーに念話を送った。




 急に辺りが騒がしくなり、キュッリッキは小さな声をあげる。


「……だ…れ?」

「リッキーさん!」


 ランドンの反対側に膝をついていたメルヴィンは、キュッリッキの顔を覗き込んだ。

 キュッリッキはぼんやりとする意識の中、メルヴィンに気づいて声を振り絞る。しかしその声は弱々しく、か細くメルヴィンには聞き取れない。メルヴィンは顔を近づけた。


「助け…て」


 言葉を発するのが苦痛なのか、血を溢れさせながら小さく唇を動かした。

 蒼白なキュッリッキの顔を覗き込みながら、メルヴィンは必死に叫ぶ。


「もう大丈夫ですから、助けに来ましたからね!」


 力なく床に置かれていた左手を、そっと取ってメルヴィンは励ました。驚く程手は冷たくなっていて、それがよりメルヴィンの不安を煽る。

 口を動かしたことで喉に血が流れ込んだのか、むせて激しく咳き込み、キュッリッキは血を吐き出した。

 メルヴィンは慌ててキュッリッキの口元を、そっと拭ってやる。


「動かないで!」


 額に汗を滲ませ、ランドンが悲鳴のように叫ぶ。


「回復魔法は得意で専門だけど、こんなに酷い怪我人を診るの、ボク初めてのことだよ!」

「おし、みんなに連絡はついた。もうちょっと一人で頑張ってくれランドン。シビルがこっち向かってるから」


 まだ遺跡内を走り回る仲間たちに、連絡を付けていたルーファスが、必死のランドンを振り返った。


「うん」


 回復魔法では怪我や病気自体は治せない。痛みや疲労を和らげ、止血をし、細胞の壊死を防ぐくらいだ。

 それはどんなに高位魔法を操る魔法使いにも、それ以上のことは不可能なのだ。

 怪我や病気をある程度治せるのは、医療〈才能〉(スキル)だけである。

 キュッリッキの状態は深刻で、一刻も早く、医者による治療が必要だ。


(こんな大怪我で、よくショック死しなかったと、褒めてやりたい…)


 ランドンは今にも死にそうなキュッリッキを見つめ、いつもは無表情な顔を複雑な色で覆った。


「メルヴィン、キューリに君の外套をかけてあげて。血が流れすぎてて体温が急激に下がってる」

「そうですね」


 頷いてメルヴィンは外套を脱ぐと、そっと下半身にかけてやった。そして再度手を取り、温めるようにそっと握った。




 ランドンの回復魔法を受けて痛みが和らいだのか、キュッリッキはどこかホッとしたような気分になっていた。でも意識は、混濁していてはっきりしない。

 身体中が寒くて寒くて、仕方が無かった。


(みんなが…来てくれた…)


 全身が冷え切っていく中、片方の手だけがほんのりと温かい。それが心に、小さな安堵感をもたらしてくれていた。


(メルヴィンが…)


 騒々しい音も、沈み込むようにして聞こえなくなっていく。

 仲間たちの気配を僅かに感じながら、キュッリッキの意識は深い闇へと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ